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56. 悪役令息 vs 公爵
しおりを挟む(───勝ったわ!!)
私は大きなショックを受けて膝から崩れ落ちたジメ男を見ながらそう思った。
……本当はこういうことは比べるものではないと分かっている。
それでも、まだ犯した罪を償えていないジメ男よりリシャール様を想う気持ちに私は負けるわけにはいかないのよ!
私は、ふふんっと誇らしげな気分で部屋の中を見渡す。
(あれ? ……なんで?)
相変わらず憤慨して喚き散らしている公爵の存在はとりあえず無視するとして、なぜかお父様とお兄様までそれぞれ頭を抱えて崩れ落ちている。
しかも、二人揃って私の名前をうわ言のように呼びながら、「何かが……何かが違う気がする……!」と嘆いている。
(何が違うの?)
「……?」
「フルール……」
そんな二人の様子に気を取られていたら、リシャール様がそっと私の肩に自分の頭を乗せた。
「リシャール様、どうしました?」
「うん……そう言ってくれてありがとう、嬉しい」
リシャール様の言葉に私は嬉しさと恥ずかしさで照れてしまう。
「でも、少しだけ弟には同情してしまう……かな」
「え?」
同情──その言葉にうっすら危機感を覚える。
リシャール様は優しいから、弟が私をライバル宣言してしまうくらい自分のことを好きだったと知って絆されてしまったのかも!
(それはダメ! まだ早いわ!)
「──いいえ、リシャール様。今は彼に同情など無用です! そんな簡単に気を許してはいけません」
「フルール?」
ここは私がしっかりしなくちゃ! ライバル牽制よ!
そう思ってリシャール様と向き合う。
「そうか……フルールはきっちりしているんだね?」
「当然ですわ! だって変な期待を持たせてはいけませんから」
ジメ男に対してリシャール様が情けをかけることで、自分は罪を償わなくても許されるかも……なんて期待をジメ男にさせてはいけない!
「フルール……」
どこか嬉しそうな様子のリシャール様に私はにっこり微笑んだ。
「───えぇい! これはいったいどういうことなんだ!?」
そんなほっこりした気分を壊したのは、ここまでずっと無視され続けた公爵だった。
実はずっと喚き声もうるさかった。
「リシャール! ようやく姿を見せたと思えば……! 一言も口を聞かずにそこの小娘とベタベタし始めおって!」
「……」
「どうやら話は聞いていたのだろう? そこの娘はお前には相応しくない! 別れろ!」
公爵はリシャール様に私と別れるように迫る。
「素直に言うことを聞けば公爵家にも戻してやる。そして再び嫡男はお前だぞ! リシャール」
「……」
「安心しろ。今からでももっと身分のある令嬢をお前には紹介してや───ひっっ!?」
なんと、リシャール様は無言で睨みつけて公爵を黙らせた。
(冷気! 私の後ろから並々ならぬ冷気が漂っているわ!!)
「黙って聞いていれば…………いい加減に静かにしてくれませんかね?」
「リ、リシャール?」
リシャール様の静かな怒りに公爵は目を丸くして驚いている。
こんなことで驚くなんて、これまでのリシャール様がどれだけ感情を抑制されて来たのかと悲しくなった。
「ここまでのフルールの言葉を聞いても、なお身分のある令嬢を勧めようとするあなたを心底軽蔑しますよ」
「なんだと!?」
公爵はリシャール様を睨みつけながら怒鳴る。
「何を言っているんだ! 父親として息子の幸せを願うのは当然のこ──……」
「ふざけるな! 今更、父親面?」
「……何?」
リシャール様の怒鳴り声とその言葉に眉をひそめる公爵。
「ああ、すみません。あなたから父親らしいことなんて一切された記憶がなかったもので取り乱しました」
「~~っ! リシャール!!」
憤慨する公爵を鼻で笑ったリシャール様。
「本当にバカだった。頑張れば……期待に応えさえすればきっと褒めてくれる、愛してくれる……そう信じていたのに」
「リ、リシャール?」
「そんなものは幻想だった…………僕はあなたにとって単なる道具でしかなかった」
リシャール様は私から離れると公爵の元に一歩、また一歩と近づいて行く。
そんな彼の異様な雰囲気に危険を感じたのか、公爵は青い顔で逆に一歩ずつ後ろに下がっていく。
「僕の話も聞かずにあんなにあっさり捨てておいてよくもまぁ、帰って来いなどと言える」
「っ……」
「そのうえ、僕の見つけた一番大事な人まで散々バカにして……」
(リシャール様……)
そこでリシャール様は冷たく笑う。
放たれている冷気と冷たい笑顔に私のドキドキが止まらない。
「───今、モンタニエ公爵家の評判は最悪のようですね?」
「……っっ! 何でそれを……」
「はは、そんなのちょっと調べればすぐに分かることだ」
リシャール様がわざと小バカにした様子で笑ったので、公爵は屈辱で顔が赤くなる。
「ああ、お得意の怒りを撒き散らしますか? それとも殴りますか? どちらでも構いませんが、残念ながら僕はもう大人しく泣き寝入りするような子供ではありません」
「ぐっ……貴様……」
「そうそう。そんな最悪の評判なモンタニエ公爵家を立て直すとっておきの方法を教えて差し上げますよ?」
「なに?」
公爵の目がクワッと大きく開く。
リシャール様はそんな公爵の顔を見て冷たい顔のままにっこり微笑む。
「とっても簡単ですよ?」
「……簡単だと!?」
(すごい、食いつき……)
公爵にとって今のこの状況がかなり耐え難いことなのがよく伝わって来る。
「そうです。それは害虫のあなたが退くことですよ」
「は? が……いちゅう?」
「ははは! すごい顔ですね。害虫──もちろん、あなたのことですよ?」
リシャール様はスバッと言い切った。
「リシャール! 貴様、ふざけるなよ? 言っていいことと悪いことが……」
「何を言っているんですか? 昔、あなたが散々僕に向けて投げつけて来た言葉と何も変わらないですよ?」
「……な、に?」
何を言われたのか瞬時に理解出来ていなさそうな気の抜けた公爵の顔を見たリシャール様は、小さくため息を吐く。
「僕が王女殿下の婚約者に選ばれる前によく言っていた」
「……?」
「婚約者になれなかったら、なんの価値もない虫以下だと」
公爵ははっとした様子をみせたので思い出したのだろう。
必死になって弁解を始めようとする。
「そ、それは……そう、お前にやる気を出してもらうために、な? 少しきつい言い方を」
「……」
「だから、本心では無───」
「そんなことはもう今更、どうでもいいんですよ。僕はあなたの方こそが虫ケラだったのだと、ようやく分かりましたから」
リシャール様はゾクゾクするくらいの冷たい声でそう言い放った。
「さあ、さっさと公爵の座から退いて下さい」
「待て、リ、リシャール……! ゆっくり話そうではないか、な? きちんと話せば分か……」
「ははは、何を言っているんですかね?」
「……ぐっ」
冷たく睨まれた公爵は押し黙る。
これはもう完全にリシャール様に押されている。
「ご安心ください? あなたが壊したものは、僕が立て直してみせますよ?」
「な、んだと!?」
「そう───ここにいるあなたが散々バカにした彼女と共にね!」
リシャール様はそうはっきり宣言した。
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