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55. ライバル宣言?

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(こ、この声はリシャール様!)

 その声に驚いたジメ男の手も途中でピタッと止まる。
 そして、私の後ろに視線を向けると目をめいっぱい大きく開いた。

「……あ、兄上……?」

 その声が震えている。

「───リシャールめ!  やっと現れおったかーー!!」

 そこに待ってましたと言わんばかりに立ち上がった公爵も問答無用で加わろうとする。

「フルール……」
「え!」

 父親と弟からそれぞれ声をかけられているのに、それをまるっと空気のように無視してリシャール様はギュッと私を抱きしめる。
 この離したくないと言っているような抱きしめ方は何ごとなの!?

 私は少し首をリシャール様の方に向けて訊ねる。

「あ……リシャール様。もしかして全部、聞いていました?」
「うん……ごめん」
「……」

 ちょうど視界の端でお兄様がそろっと部屋に入ってくる姿が見えた。
 ずっと二人で部屋の前で聞き耳を立てていたのね?

「公爵家のあの二人が伯爵家にやって来たと聞いた瞬間、フルール、止める間もなく僕をアンベール殿に預けて、私も同席しますわ、お父様!  と言って伯爵を引き摺って飛び出していっちゃっただろう?」
「……え、ええ」
「心配した」

 ……確かにそうよね。
 二人が乗り込んできたと聞いた私は、居ても立ってもいられず、戸惑うお父様を引き摺ってこの席にやって来た。
 リシャール様が心配するのも当然だわ。

「本当にフルールは目を離しちゃいけないなと改めて思ったよ」
「リシャール様……」
「……一度走り出したら本当に早いよね?」
「足には自信がありますわ」

 リシャール様は小さく笑うと腕にグッと力を込めた。
 そのため、私を抱きしめる力が更に強くなる。
 私はふふっと笑った。

「だって、公爵家の皆さんには私がお説教すると言ったでしょう?」
「それはそうなんだけど、ちょっと想定していた形とは違ったというか……」

 元々はこっちから乗り込むはずだったからそうなるのもしょうがないわよね。
 まさか、向こうから先に来るとは思わなかったもの。

「公爵は怒ると暴れ散らかすから気をつけてくれ、と言っていただろう?  怖いとは思わなかったの?」
「もちろんです!  だって、私はリシャール様のことを信じていますから。なので、怖さなんて全く感じませんでしたわ」
「え?  信じている?」

 私はそっと自分に巻き付いているリシャール様の腕に触れた。

「フルール?」
「……」

 そして、少し首を後ろに向けて笑顔を見せる。

「最後はリシャール様がコテンパンにしてくれるのだと」
「フルール……」
「そうでしょう?」
「……」

 無言……でも、真剣な表情でリシャール様が頷く。
 そのまま私たちは見つめ合うと静かに微笑み合った。


「……でもさ、そんなフルールが大変魅力的すぎて僕はハラハラしたよ」 
「ハラハラ?  どういうことですか?」
「うん……」

 そう言ってリシャール様は目の前にいる自分の弟に視線を向けた。
 その傍らで公爵が、おい!  無視するな!  なんて怒っているけれどリシャール様は公爵には見向きもしない。

「ほら、今そこに立っている僕の弟がさ、ちょっとフルールに特別な気持ちを抱いたみたいなんだ」
「私に特別な気持ち……?」
「……そうなんだよ」

 リシャール様の声はどこか拗ねているように聞こえる。
 私は首を傾げた。

(特別って……なに?)

「えっと、どういうことです?」

 そう、訊ねながらも私は自分の言動を思い出した。
 ジメ男とした会話は──……

「……ハッ!  もしかして……お兄様大好き同盟を結びたい!  とかですか?  今それはちょっと……」

 私は眉をしかめる。
 申し訳ないけど、今はその同盟に頷けないわ。

「いや、そうじゃなくて……」
「うぁ!  あああ兄上、な、何を言っているんですか!  そそそそれに、か、隠れていたのでしょう?  ど、どうして突然、姿を現したのですかっっ……!」

 リシャール様の言葉を遮るようにしてジメ男が更に真っ赤な顔になって慌てだした。

(すごい顔が真っ赤!  これは───大好きなお兄様に会えて興奮しちゃったのね……?)

 興奮して顔が真っ赤になるくらいリシャール様のことが大好きなら、あんなことしなければ良かったのに。
 拗らせすぎよ!
 私は内心で呆れ、軽蔑の眼差しを向ける。

「……何ってお前が明らかに手を出そうとしたから止めに来たんだよ」
「て、手を!?  ……ち、違っ……」
「そんな顔をしておいて違うと言っても無駄だ!」
「そ、そんな顔!?」

 リシャール様の言葉にジメ男はびっくりして自分の顔をペタペタ触って確認している。

(手を出す?  どういうこと?) 

 もしかして、ジメ男……最悪、暴力をふるおうとか考えていた?

「な、なんで兄上、分かっ……」
「そんなのお前の気持ちが手に取るように分かるからだ!  僕も同じだった……お前と同じ気持ちを抱いたんだ……」
「え?  あ、兄上も……?」

 リシャール様の“同じ気持ちを抱いた”という言葉にジメ男がショックを受けている。
 自業自得とはいえ、大好きな兄が自分に暴力をふるいたいと考えていたなんて確かにショックだとは思う。

 二人はしばらく無言で見つめ合っていた。
 そして、沈黙を破りリシャール様から口を開く。

「お前の気持ちは分かっているが───見ての通りフルールは僕の恋人なんだ」

 リシャール様による堂々の恋人宣言でジメ男がハッとする。

「こ、恋人!  そ、そうだった……父上がそう言って、いた……くっ……」

 ジメ男はチラッと私の顔を見た。
 赤かった顔がどんどん青くなっていく。
 その顔は明らかに大きなショックを受けていた。

(これは……!)

 きっと、大好きな兄の恋人が私だということを、今、改めて突きつけられてショックを受けているに違いないわ!

 ジメ男はそんなにも兄の恋人が私でショックだったのか、顔を下に向けて更にジメジメした雰囲気になっていく。
 そんなジメ男にリシャール様が言う。

「──すまない。だが僕はお前とは争いたくない」
「兄上……」
「正直、お前のしたことは簡単には許せそうにない……が、お前は僕にとって大事な弟だった。そしてフルールは今、僕にとってとにかく一番大事でかけがえのない人なんだ!」
「あ……兄上」

 私はそんな二人の会話を聞きながら思う。

(なんだか、前にこういう話どこかで……)

 ──そうよ!
 恋愛小説でこういったシーンを前に読んだことがあるわ。

 主人公のヒロインの女性が、男性二人に好意を寄せられていて……ライバル同士の男性二人が言い争いをする。
 それで……
「お願い!二人共!  やめて?  私のために争ったりしないで!」
 と主人公は泣き出してしまう。そして終いには、
「私は二人共好きなの!  どちらかなんて選べない!」
 とか言い出していたあれみたい!

(……なるほど!)

 この場合、主人公はきっとリシャール様よね?
 それで、リシャール様を大好きな私とジメ男がライバル関係ね?
 恋人の私と弟のジメ男。
 それは確かにどちらも選べない。

「フ、フルール嬢!」
「!」

 なんてことを思い出していたら、ジメ男が私の名を呼ぶ。
 その顔は真剣そのもの。

「き、君にき、聞きたいことがあります!」
「は、はい」 

 返事をしたもののジメ男は、あー……とか、うぅ……とか何度も唸り声を上げていた。
 やがて意を決したように私の顔を見て言った。

「フルール嬢!  あなたは兄上のこと……す、好きですか!?」

(───!)

 出たわ!
 こ、これがライバル宣言というやつね!?  
 私よりも自分の方がもっとリシャール様のことを好きだと宣言したいのね?

「……もちろんよ」

 ここで私の闘志にメラッと火がついたのでキッと睨み返した。

(あなたになんて絶対に負けない!)

「くっ……それは僕よりも?」
「ええ!  私はリシャール様のことが大好きですわ!!  ───もちろん、あなたよりも!」
「───っ!」

 ジメ男は大きなショックを受けて膝から崩れ落ちた。
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