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53. 私には分からない
しおりを挟む断った瞬間、
ビキッ
公爵からそんな音が聞こえた気がした。
「……」
一旦黙り込んだ公爵は頭を振ったあと、軽く息を吐くと急に高らかに笑い出した。
「はっはっは! これは疲れているのだろうか。耳が遠くなったのかもしれんな。さて娘、もう一度問おう……」
「嫌です!」
公爵が言い終わる前に私はもう一度否定する。
(何を言われてもお断りよ!)
「~~だから! リシャールとの関係は終わりにし……」
「しません!」
「金はいくらでも用意すると言ってい……」
「不要です」
お金はいくらでも払うですって?
払う気などないくせによく言うわ!
何を言っても私が首を縦に振ろうとしないからなのか、またしても公爵は怒り出した。
「人が下手に出てやれば……抜け抜けと。我がモンタニエ公爵家にお前のような小娘は相応しくないと言っている! さっさと身を引くと言うんだ!」
「……」
「どうやってリシャールを誘惑したかは知らぬが、我がモンタニエ公爵家の跡継ぎのリシャールの伴侶となるならばそれ相応の身分がなくてはならんのだ!」
──リシャール様を我がモンタニエ公爵家の跡継ぎ……と公爵が口にした時、横で縮こまっているリシャール様の弟(ジメ男)が身体を震わせた。
そして、悔しそうに唇を噛みながら下を向いてしまう。
「……」
(公爵って本当に無神経だわ……!)
公爵は、さっきからずっとモンタニエ公爵家の名前ばかり気にしている。
リシャール様のことも連れ戻そうとしているけれど、それは単純にリシャール様が弟より優秀だったと気付いたからに過ぎない。
しかも、それを大いに気にしているだろう弟本人の前で口にするなんて無神経すぎるわ!
もちろん王女殿下と共謀してリシャール様を襲わせたことは絶対に許せない!
だけど、勝手な言い分だけを鵜呑みにしてリシャール様を追放しておいて、次はお前に頼むと弟に嫡男の座を託しておきながら、やっぱりお前ではダメだとあっさり切り捨てる公爵の方がもっともっと許せない!
私は公爵の目を真っ直ぐ見ながら問いかける。
「なるほど。それではお聞きしますけど、つまり──身分さえあれば、真実の愛などと言って別の男性と浮気するような方がお相手でも構わないのですか?」
「なに……?」
「シルヴェーヌ王女殿下がそうだったではありませんか。王女殿下はリシャール様を捨てて真実の愛を謳い他の男性を選びましたわ」
(真実の愛なんて幻想だったけれど)
「あれはリシャール様と王女殿下が、心通わせていなかったから起きたことですわよね?」
「なん、だと……?」
「それって公爵様が身分にこだわって無理やり婚約を結ばせた結果だったのではありませんか?」
「……ぐっ」
公爵は悔しそうに黙る。
「お、おい、フルール……大丈夫なの、か?」
お父様が心配? 不安? そんな顔で私を見ている。
大丈夫ですよ、という意味を込めて私はにっこり微笑んだ。
怖くなんてないわ。
(だって、この人……もうすぐ公爵ではなくなるんだもの)
私はリシャール様のことを信じているから。
だから、相手が公爵だろうとなんだろうと私は怖くはないし、絶対に怯まない。
───お説教の時間よ!!
「そうやって、公爵様は頭でっかちに小さな頃からリシャール様に王女殿下の婚約者になれるようにと、何でもかんでも押し付けたのでしょう?」
「な、に?」
「子供らしい遊びも満足にさせず、ひたすら勉強、勉強……」
そして公爵家の為に生きることを説いてきた。
「王女殿下の婚約者になってからだって殿下に相応しくあれとか言ってより厳しくして!」
私の勢いは止まらない。
「あなたはリシャール様を一人の人間として見ていない! 単なる道具としか思っていないのよ!」
「なに……?」
これは言われたくなかった言葉だったのか、公爵の顔つきが変わる。
かなりのお怒り顔で睨みつけてくる。
「おい、小娘……黙って言わせておけば……」
「何か?」
「リシャールは息子なんだ! どう扱おうと親の勝っ」
「───あなたみたいな人が、リシャール様の親を名乗らないでください!」
この言葉はリシャール様の母親……公爵夫人にも言いたかったわ。
「それでもリシャール様はあなたのその期待に必死に応えようとずっとずっと頑張ってきた……それなのに追放したのはあなたです!」
そして私はビシッと隣もう一人の息子を指さした。
「あなたがそんなだから、結果としてそこのジメ……弟さんのような拗らせ卑屈人間が出来上がってしまったのよ!」
「なに?」
(危なっ……つい、ジメ男と口にする所だったわ……!)
「こ、拗らせ卑屈人間……だと?」
あら? ずっと置き物みたいだったのに、ようやくここで口を開いたようね。
しばらく俯いていたジメ男は顔を上げると私を軽く睨みつけた。
私もじっと睨み返す。
「そうよ。だってあなた本当はお兄様であるリシャール様のことが大好きで大好きで大好きで憎くなってしまったんでしょう?」
「なっ! 違う! 勝手なことを言うな!」
残念。口では否定しているけど顔には全部出ているわ。
「おそらく周りは、そこの公爵を筆頭に勝手に兄と自分のことをいつも比べて来て……何でも出来る兄上、かっこいい、大好き! が、何でも出来てずるい、憎い! に変わってしまったのよね?」
「~~くっ……」
その悔しそうな顔を見てやっぱり、と思った。
リシャール様が弟さんのことを語っていた時にも言ったけれど、やはり弟さんは兄好きを拗らせた人だわ。
そして今も全力で負の方向に走り続けてしまっている。
「……素直にお兄様大好きと言えばいいのに」
「なっ!?」
「それが言えなかったからこんなことになっているのでしょう?」
「ち、違う……!」
必死に頭を振って否定してくる。
だけど、私の目にはこの人は単なるお兄様大好き男にしか見えない。
「お、お前に何が分かる! 優秀でかっこよくて何でも出来る兄と比べられる弟の気持ちなんて……分からないくせに!」
「!」
ジメ男はこれまでジメッとしていたのが嘘のように反論してきた。
「ええ。もちろん! 私にはそんな気持ちはさっぱり分からないわ」
私はどーんと胸を張って答える。
「……は?」
目を丸くしてこっちを見てくるリシャール様の弟。
なぜか彼は焦ったように言う。
「い、いや……そこは、分かる! ……とか言って本当は何一つ分かっていないくせに同情してくるところなんじゃ……」
「同情? 何を言っているの? 分からないのに分かると言ってどうするの?」
この人、面倒な方向に色々拗らせている気がしてきた。
「あなたは同情が欲しかったのかしら? 申し訳ないけれど、私には理解不能だから同情は無理ね」
「……なんで断定出来るんだ!」
理由なんて一つよ!
「当然でしょう? だって私は妹だもの。弟の気持ちなんて分かりようがないわ!」
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