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52. 突撃されまして
しおりを挟む私がそう宣言したら、お兄様は苦笑していたけれど、リシャール様は何だか嬉しそうだった。
「お説教……か」
「リシャール様? 嬉しそうですわね?」
「え? ……あ」
リシャール様は少し恥ずかしそうにうん、と頷くと小さな声で言った。
「いや……これまで僕のために、こんな風に怒ってくれようとする人なんていなかったなって思ったら、さ」
「それは……」
「でも今はこうしてフルールがいてくれる、こうして怒ってくれる……やっぱりそれがたまらなく嬉しい」
「リシャール様……!」
私はチラッと横目で、真剣な表情でリシャール様の話を聞き入っているお兄様を見た。
自分はなんて恵まれているのだろうと実感する。
(お兄様だけじゃないわ。お父様とお母様も……)
だって私の家族はベルトラン様の裏切りを一緒に怒ってくれた。
だから、慰謝料、慰謝料と言ってここまで走って来れたの。
私はリシャール様の両手を取るとしっかり握りしめる。
「リシャール様!」
「フルール?」
「見ていて下さいね! これから先、あなたを傷つけようとする人はこの私が相手を叱ってバッタバッタとなぎ倒してみせますから!」
「なぎ……」
リシャール様の目が大きく見開く。
そしてすぐに笑ってくれた。
「ははっ、それは心強い」
「でしょう?」
私が微笑み返すと、リシャール様が強く手を握り返してきた。
「フルールに出会えて本当に良かった」
「!」
(出たわ! 国宝級の微笑み!!)
私の胸がキュンとなる。
「改めて──捨てられた僕を拾ってくれてありがとう」
「いえ、全ては野生の勘ですわ!!」
私も手を強く握り返しながら堂々と胸を張る。
そんな私の横でお兄様が小さく呟く。
「……また甘い雰囲気になるのかと身構えたのに。一気に野生化したぞ……さすがフルール」
「お兄様? 野生がどうしました?」
「なんでもないよ」
お兄様は優しく私の頭をポンポンと数回叩く。
リシャール様はそんな私たちを優しい目で見守ってくれていた。
そうして屋敷に戻った私たちが、お父様に王女殿下が慰謝料の支払いに頷いた旨を話すとお父様は目を丸くして驚いていた。
向こうの気が変わらないうちに、と慌てて王宮に行こうとするお父様を見送りながらふと思う。
そういえば、ベルトラン様──モリエール伯爵家からは全然報告がないわね、と。
二度目に倒れたと聞いてそれっきり。
(今更だけど……生きているのかしら?)
「うーん……慰謝料の支払いが終わるまでは何がなんでも生きていてもらわないと困るわ」
その後の彼がどうなろうとさっぱり興味がわかない。
落ちぶれようとも、リシャール様を狙っていたマダムに売られようとも好きにすればいい。
ベルトラン様は私の中ではそれくらいどうでもいい存在に成り下がってしまった。
「フルール? 何か言った?」
「あ、いえ。ベルトラン様は生きているのかしらと思いまして。慰謝料支払いまでは生きていてくれないと困るわ、と」
私の言葉を聞いたリシャール様は小さく笑う。
「生死はともかく、王女殿下が慰謝料の支払いに応じたことを知れば、もう逃げられないよ」
「あ、それもそうですね!」
王家が払うと言っているのに自分たちだけ逃れるなんて出来るはずがない。
ようやく慰謝料問題の終わりが見えて来た。
(よーし! ……明日は公爵家への殴り……ではなく、突撃という名の訪問よ!!)
しかし、翌日。
なんと、殴り込み……ではなく、突撃の訪問を受けたのは我が家の方だった。
「───我が息子、リシャールがこちらの家にいると耳にした! 返してもらおう!!」
事前連絡もなく押しかけて来たモンタニエ公爵は、ソファに偉そうにふんぞり返りながらお父様にそう言った。
(す、すごい態度!)
パーティーで見た時より、頬がかなりこけているので憔悴していたのは事実だと思われる。
けれど、そのふてぶてしい態度はパーティの時と全く変わっていない。
(リシャール様が見つかったと聞いて無駄に元気を取り戻したって所かしら?)
その横で真っ青な顔で置き物のように固まっている男性。
一言も口を開かない彼がリシャール様の弟だと思われた。
(髪の色は同じだけど、雰囲気が真逆ね)
リシャール様は何においても太陽みたいな人なのに……
弟さんはここ最近の騒ぎのせいもあるのだろうけれど、なんだかジメッとしている印象を受けた。
(名前、前に聞いた気がするけど忘れちゃったわ……なんだっけ?)
面倒だからとりあえず、ジメ男でいいかしら?
そんな二人で乗り込んできた公爵とジメ男と対するのはお父様と私。
お兄様にはリシャール様のそばに居てもらっている。
私の隣に座っているお父様がはぁ……とため息を吐いた。
「お言葉ですが公爵。私はあの日のパーティーに参加していました」
「なに?」
「見損なったとリシャール殿に向かって怒鳴り……確か、言い訳はいらん! もう、お前は廃嫡───そして我がモンタニエ公爵家からも追放だ! と叫んでいましたよね?」
「……ぐっ」
反論された公爵が明らかに不満顔になる。
これまでは公爵という立場故に大きな顔をしてヘコヘコされて来たから、反論なんてされることがなかったから屈辱なのだと思われた。
(やっぱり打たれ弱そう……)
「ですので、リシャール殿はもうあなたの息子ではないのではありませんか?」
「う、うるさい! 黙れ。いいから早くリシャールを連れてこい! ここにいるのは分かっている!」
「……」
公爵が怒鳴り散らし始めるとお父様は静かに口を噤んだ。
もちろん、お父様はリシャール様を連れて来るなど考えていないので、その場から動くようなことはしない。
そのまま、しーんと部屋は静まり返る。
ジメ男も相変わらず無言。
「おい! 伯爵! 何か言ったらどうなんだ! リシャールはどうした!」
「……」
「黙っていないで何か言うんだ! そして、さっさとリシャールを連れて来い!! あいつは我が家に連れて帰る!」
痺れを切らした公爵がとうとう怒り出した。
「黙っていろと言われたから静かに黙ったのに今度は何か言えとは……公爵殿は中々無茶を言うのですね?」
「なんだと!?」
お父様は公爵の揚げ足を取って淡々とそう言った。
「そんな振る舞いだから……おっと失礼しました」
「…………シャンボン伯爵! そなたはふざけているのか!」
「いいえ?」
公爵はお父様のそんな態度が気に入らなかったのか再度、怒鳴る。
きっとこんな感じで毎日、家でも怒鳴り散らしていると想像がつく。
これは使用人が辞めていくはずよ!
「リシャール殿はお返ししませんよ?」
「なんだと!? 何故だ! リシャールは我が家の……」
「本人がそれを望んでいないからです」
公爵の眉がピクリと動く。
そして眉間に皺を寄せた。
「何を勝手なことを───はっ! そうか。確かリシャールと貴殿の娘は恋仲だと聞いた…… 」
そう口にした公爵は初めて私の方に顔を向けた。
その目はまさかお前が? そう言っている。
「フルール・シャンボンと申します」
私が挨拶すると公爵は鼻で笑った。
「ふんっ! 伯爵ごときの小娘が! どこにでもいる平凡なつまらなそうな女ではないか!」
(まあ!)
公爵のその言葉に私の顔がパッと華やぐ。
隣に座っているお父様の袖を引っ張って笑顔で報告する。
「お父様、お父様! 聞きました? 私、平凡なんですって!」
「フルール……」
「最近は“普通”と言われたり、今みたいに“平凡”と言われたり…………とっても嬉しいですわ!!」
「お、おう……そうか。フルール、それは……よかったな」
「はい!」
私が大きく頷くと唖然としていた公爵はチッと舌打ちした。
けれどすぐに私を見て不敵に笑う。
「……はっ! どうやら頭の中身も足りなそうな女じゃないか。そうか、リシャールの奴、追放のショックで気が触れたか……」
公爵は勝手に一人で解釈している。
リシャール様は気なんて触れていないのに……とっても失礼なことを言っているわ!
(本当に……どこに目をつけているの!)
「娘、そなたはリシャールには相応しくない。この場で大人しく身を引くのだ!」
「え? 絶対に嫌ですけど?」
私の答えに公爵は肩をすくめる。
そして、ため息を吐いた。
「なるほど……目的は金か? 金だろう? 王家にも慰謝料を寄越せとがっついたらしいからな! それならいくらでも金は用意してやるとも。さあ、好きな金額を言え! そしてリシャールとは別れると誓うんだ!」
「もちろん、お断りしますわ!」
そんな私の声はとてもよく響いた。
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