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51. 残すは公爵家!

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(えーー?)

「フルール!」

 お兄様は必死の形相で私の両肩をガシッと掴んで軽く揺さぶる。

「お、お兄様!?」
「アンベール殿?」

 そんなお兄様の様子にリシャール様もポカンとしている。
 早まるな、とはどういうこと?

 お兄様はクッと悔しそうな顔をしながら私に言う。

「何でフルールは毎度毎度、そうやって自ら大出血しに行くんだ!」
「大出血?  そ、そう言われましても……」

(圧……圧がすごいわ、お兄様……!)

「いいか?  フルール……そのお願いはまだフルールには早い!」
「ま、まだ早い?  そ、それなら、い、いつならいいいいんです?」

 揺さぶられているから?  上手く喋れない。
  
「……いつ、か。そうだな……」

 考え込んだお兄様はチラッとリシャール様の顔を見た。
 リシャール様は何の話か分からず首を傾げている。

「───結婚するまではダメだ!」
「結婚!?」
「そうだ!  結婚してからなら……きっと大丈夫、だろう。多分」
「ええ……?」

 きっと、とか多分とか。
 本当に大丈夫?

 私は考え込む。
 でも、お兄様がここまでいうんですもの。仕方がないわね。
 お兄様はきちんと私のことを考えて言ってくれているのだから。
 納得した私は笑顔で頷いた。

「分かりましたわ!  お兄様。結婚までお願いは我慢します!」
「フルール……」
「大丈夫ですわ。リシャール様との結婚が楽しみになるだけですから!」

 私がそう口にすると、リシャール様が頬を赤く染めていく。

「リシャール様?  顔が……」
「わ、分かっている!  しかし、け、結婚……フルールとの結婚を想像したら……」
「……」

 そうして顔をどんどん真っ赤にして照れるリシャール様が可愛くて胸がキュンとした。
 かっこよかったり可愛かったり。
 私の大好きな人はいつも色んな面を見せてくれる人。

(そうだわ!)

 そこで私はハッと思い出した。
 せっかくだから、リシャール様がいつか元気になったら披露するつもりでいたのに延び延びになっていた“子守唄”も結婚してから披露しようかしら?

(リシャール様、どんな顔をするかしら?  楽しみ!) 

 私はもう一度リシャール様の顔を見る。
 すると私たちの目が合ったのでニコッと微笑んだら、リシャール様は照れながらも優しく微笑み返してくれた。

(早く、その日が来ますように!)

 心からそう願った。
 しかし、そのためには諸々の問題を片付けなくてはいけない。   



「それで、リシャール様は公爵家にはいつ殴り込みに行かれるつもりなのですか?」
「え?  殴、リ込み……」
「フルール!?」

 馬車に乗り込んだあと、私は気になっていたことを訊ねた。
 お兄様がギョッとした顔で私を見てくる。

「シナシナになった王女殿下から情報を引き出せたとはいえ、今日のことでリシャール様が無事に生きていて、そして我が家にいることは知られてしまいましたわ」
「ああ……うん。そうだね」 

 リシャール様も頷く。

 リシャール様に散々脅された王女殿下は、私への慰謝料の支払いに頷いただけでなく、最後は観念してリシャール様の弟と共謀して、あの追放劇のあとにリシャール様を売る気だったと白状した。

(男好きなマダムにリシャール様を売ろうとするだなんて何を考えているの!)

 リシャール様の美貌は国宝なのよ?
 そのマダムが噂だけでリシャール様を気に入っていたなら、実物に会えばもっともっと気に入られちゃうじゃない!!

(阻止出来て良かったわ……)

 それに、あの時の暴行で、万が一生命でも落としていたら───
 自分たちがパーティーから帰ろうとしていなかったらと思うとゾッとする。

(許せないわ!  もう!)

 なので、当然王女殿下には慰謝料だけでなく、それ相応の処罰を受けるように訴えていく。
 そのためにも公爵家は片付けないと!

「殿下から情報も手に入れましたし。なので、リシャール様はてっきり即殴り込みに行くつもりなのでは?  と思いましたが」
「フルール!  言いたいことは分かるが、さすがに殴り込みなんて言い方はないだろう!  淑女はどうしたんだ!」
「淑女……」

 お兄様に淑女の仮面が剥がれていると指摘されてしまった。

(確かに!  淑女は殴り込みなんて言葉は使わないわね?)

 確かに最近は気が緩んで淑女の仮面が剥がれまくっていた自覚はあるわ。
 私は軽く咳払いをして背筋を正す。
 そして淑女スマイルでリシャール様に訊ねる。

「では、リシャール様。あなたのお父上だった方と弟さんの息の根を止めるのは、いつ頃を予定しており───」
「──フルール!!  何でそうなるんだーー!  もっと酷いことになっているじゃないか!」
「……あ!」

 言い直したのに結局、怒られてしまった。
 淑女になるのは難しい。

「……くくッ」

 リシャール様はお腹を抱えて笑いながら言った。

「本当にフルールは……極端だな……ははっ!」
「──ほ、他に適格な言葉が思い浮かばなかったのです」
「いや、いいよ。フルールらしくて僕は好きだ」
「え?」

 私が聞き返すとリシャール様は甘く微笑む。

「……大好きだ」
「リシャール……様」

 ここでそういう言葉をサラッと言えるリシャール様は…………ずるい人だと思う。
 私はそっと赤くなった自分の頬を両手で押さえた。

「何で殴り込みとか息の根を止めるとか物騒なことを言っていたのに、急に甘々な雰囲気になるんだよ……」

 私の隣でお兄様はそう嘆いていた。




「……それで、いつにするかなんだけど」 

 リシャール様が語り出す。

「アンベール殿を通じて公爵家を辞めた使用人の何人かと連絡を取っていたんだけど、弟だけでなく、公爵もかなり憔悴しているらしいんだ」
「そんなにですか?」

 リシャール様は少し寂しそうに笑う。

「あの人にとって公爵家は誇りのようなものだから、世間に冷たい目で見られることに耐えられなかったんだろう」
「……」
「だから、もういいかなと判断した。明日には公爵家に向かおうと思う」
「!」

 私はゴクリと唾を飲む。

「……リシャール様、私も行きたいです」
「え?」
「絶対に邪魔はしません!  お兄様に護衛もしてもらいます!  ですから……」

 何でもう俺が護衛役に決まっているんだよーー!!
 と、お兄様が喚いているけれど、聞かなかったことにしてリシャール様に頼み込む。

「フルール、でも、どうして?」

 戸惑うリシャール様に向かって私は胸を張って言う。

「それは、もちろん……!  リシャール様をぞんざいに扱った公爵家の皆さんにお説教する為ですわ!!」

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