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47. 王女殿下はお怒りです
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突然の出来事に私はその場で固まって動けずにいた。
転んだ王女殿下は、なんとか自力で顔を上げると私を睨みつける。
「お金です? 貴女はいったい何の話をしているのよ!」
「え? ですから、やっぱりお金が必要! という結論になったからですけど?」
私が首を傾げながらそう言うと王女殿下はますます怒り出した。
「そんな話はしていなかったでしょう!? いったいどこからそんな結論が出てきたと言うの!? それで、ベルトランはどうするつもりなのよ!」
「要りません」
「……っ」
「何度聞かれても私の答えは変わりません」
「あな……た、ふざけるんじゃな……」
転んだわりには元気いっぱいの王女殿下が、ますます鋭い目付きで私を睨みつけようとしたその時。
「王女殿下! 今の音は? ───ど、どうしましたか!」
「大丈夫ですか!?」
王女殿下が小さな悲鳴を上げたのが扉の外まで聞こえていたからなのか、殿下の護衛が慌てて部屋に飛び込んで来た。
かなり早い対応なのでおそらく、怒鳴り声と食器類が割れた音がした辺りから警戒していたのでは? と思う。
「殿下、なぜ転ばれている!?」
「いったい何があったんだ?」
顔を見合せて動揺する護衛たち。
「───っ! いいから早くわたくしを助け起こしなさい!」
「は、はい!」
怒られた護衛たちは慌てて王女殿下を助け起こそうとしている。
そんな光景をぼんやり見ていたら、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「フルール!」
「大丈夫か? フルール!?」
本日の私の護衛──リシャール様とお兄様も慌てて部屋に飛び込んで来た。
「リシャ…………」
ハッとして手で口を押さえる。
今のリシャール様は変装中なのに!
ついつい大きな声で名前を呼びそうになってしまった。
(危な……!)
「フルール! 大丈夫か? 何があった?」
「!」
リシャール様が真っ直ぐ私の元に駆け寄ってきてくれる。
(リシャール様……なんて心配そうな顔……眼鏡越しでも分かるわ)
こんな時なのに私の胸がキュンとなった。
少し頬を赤く染めながら私は微笑む。
「見ての通り、私は大丈夫ですわ! 怪我もしていません」
「そ、そうか……」
私が笑顔を見せたからか、リシャール様もホッとした様子を見せる。
「だが、フルール自身は無事でも、この部屋と王女殿下はすごい惨状になってるぞ?」
「お兄様……」
こぼれたお茶に割れたポットやカップにお皿、無惨にも床に散らばったお菓子……
その中で尻もちをついて助けられている王女殿下。
改めて見てもすごい光景。
「フルール、いったい何が起きてこんなことに?」
「えっと……」
お兄様に状況説明をしようと思った時だった。
「───これは全部、そこのシャンボン伯爵令嬢のせいよ」
(え、私?)
びっくりして声がした方に顔を向けると、無事に救出された王女殿下が私を指さしていた。
「この部屋の惨状も、わたくしがこんな所で転んでいたのも……全部全部そこのシャンボン伯爵令嬢の仕業でしてよ!」
その言葉を受けて一斉に皆の視線が私に向けられる。
中でも王女殿下の護衛は鋭い目付きで私を睨んでいた。
「フルールの……?」
そんな中、お兄様が眉間に皺を寄せて眉をひそめる。
「伯爵令嬢は、よくもベルトランを奪ったわね~~とわたくしに逆恨みして逆上して暴れた挙句、突き飛ばしたのよ!」
えーーーー?
ものすごいデタラメ話がきたわーー!
「フルール」
「あ……」
リシャール様が小声で私の名前を呼ぶと、王女殿下には見えない所でそっと私の手を握ってくれる。
眼鏡の奥の私を見つめるその目はいつもと変わらず優しい。
「なるほど……つまり、この惨状は殿下が勝手に暴れてそして勝手に転んだんだ?」
私はコクコクと頷く。
「フルールに怪我がなくて本当に良かったよ」
(リシャール様……)
王女殿下の言葉を鵜呑みにせずに私のことを見てくれようとするリシャール様の気持ちが嬉しかった。
そんなほっこりした気分になったけれど王女殿下は諦めが悪かった。
「ふふ……ふふふ、まさか王女であるわたくしに手を出して、ただで済むとは思っていないわよね?」
王女殿下が不敵に笑う。
「これはむしろ、わたくしの方がシャンボン伯爵家に慰謝料請求したいくらいでしてよ!!」
「!」
そして支払い拒否どころか要求するなどと言い出した。
「それから当然、伯爵令嬢にはそれなりの罰を───」
「お言葉ですが王女殿下。この部屋をこのような惨状にしたのは、我が妹フルールではございません」
突然、割り込んだお兄様のその言葉に王女の眉がピクリと反応する。
「あら? それは兄として可愛い可愛い妹を信じて庇っているのかしら? 仲のよろしい兄妹ですこと」
「まあ。それもありますが……この部屋の惨状はどう考えてもフルールの仕業ではないんですよ」
「…………へぇ?」
明らかに王女殿下の機嫌が悪くなった。
冷たい目でお兄様のことを睨みつけている。
「そこまで言うならそれなりの証拠があるのでしょうね?」
「いいえ、証拠ではないのですが」
お兄様はそこで一旦言葉切ると私の顔をじっと見る。
そして、すっと目を逸らした。
(……お兄様?)
「なぁんだ、つまり証拠はないわけね? それなら──」
「……殿下。我が妹フルールはとてもとても食い意地が張っているんです」
「は?」
お兄様の言葉に王女殿下が固まる。
「食い意地? 何の話? あなたは何を言っているの?」
「殿下、フルールはお菓子も大好きなんですよ」
「え……」
そう言ってお兄様は床に散らばったお菓子を指さすと、得意そうな顔で言った。
「フルールは食べ物に対してあんなことは絶対にしません。あんなことをするくらいなら、むしろ全部頬張って自分の口に入れるでしょう」
「なっ……何ですって?」
「おそらく、今は心の中で……なんて勿体ないのかしらと嘆いているはずですからね」
ぐーきゅるる……
お兄様がキッパリ言い切ってくれたその時、私のお腹がいい感じに主張するかのように鳴った。
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