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44. 喧嘩を売られました ②
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報告を終えた私は、二人の仕事の邪魔になるので自分の部屋に戻ろうとする。
すると、リシャール様が部屋まで送ると言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
(そういえば……)
並んで廊下を歩きながら私はリシャール様に言う。
「リシャール様。先ほど、お兄様がメラールと言った時、こっそり吹き出していたでしょう?」
「あれ? ……バレてた?」
「バレバレでしたわ」
私が拗ねた声を出すとリシャール様は声を立てて笑った。
「──いや、先回りしてメラールを却下したアンベール殿も何だかんだでフルールの兄君なのだなと実感していただけだよ」
「どういう意味ですか?」
聞き返すとリシャール様はますます笑みを深める。
「発想が似ている」
「!」
「だからさ、アンベール殿はいつもフルールの思考が──って、フルール、嬉しそう。頬が緩んでいるよ?」
そう指摘されたので慌てて自分の両頬に触れる。確かに緩んでいる気がする。
「……ふ」
「笑いましたね?」
「うん。だって、フルールの反応が可愛くて、さ」
「っ!」
リシャール様が国宝級の笑顔を浮かべながらそんなことを言うのでドキドキしてしまう。
それに大好きなお兄様と似ていると言われるのはやっぱり嬉しいもの。
「お兄様は私と似ていると言われて喜ぶかしら?」
「……」
何故かそこでリシャール様が黙り込み、私から目を逸らす。
「どうして黙るんですか?」
「───いや、アンベール殿に同じことを言ったなら泣いちゃいそうだな、と。なんとなく思って……」
「泣く……? お兄様が?」
私はハッとして手で口を押える。
「つまり、お兄様もそれだけ嬉しくて感激する……ということですわね?」
「え?」
リシャール様が驚いた表情になる。
「私と似ていると言われたお兄様が感激して泣く……という話でしょう?」
「えっと……フ、フルー……」
「ふふふ、お兄様も何だかんだで照れ屋さんですからね!」
「照れ…………うん、そうだね」
(……ん?)
私は満面の笑みでそう言ったのだけど、なぜか相槌を打ってくれたリシャール様の身体はずっと小刻みに震えていた。
そうして私の部屋に到着して別れようとした時、リシャール様が少し真面目な顔付きになる。
「フルール。王女殿下とのお茶会なんだけど」
「はい」
「返事を書く時には護衛も同行させると書いてくれないか?」
「護衛?」
私が聞き返すと、リシャール様の顔がもっと真剣な表情になる。
これは茶化してなどいない、真面目な話だと分かった。
「フルールを一人で王女殿下の元に向かわせるのは危険だと思う」
「リシャール様……」
「本当に真実の愛が壊れたことでフルールに怒りを覚えていたら……完全に一人で乗り込むのは危険すぎる」
「……」
リシャール様と王女殿下の付き合いは婚約者だったことを置いておいても長い。
そんなリシャール様が言うのならそうなのだろう。
(やっぱり王女殿下は過激な性格なのね……?)
そうでなかったら自分の誕生日パーティーで婚約破棄しないわね、と思い直す。
「分かりましたわ!」
「ありがとう」
その言葉に安心したリシャール様が優しく微笑む。
そして、すかさず顔を近付けてチュッと私の額にキスをした。
「もう! リシャール様……ここは部屋の前、廊下ですわよ?」
「分かっている……でも」
チュッと今度は頬にキスをするリシャール様。
互いに頬を赤く染めた私たちの目が合う。
「───さすがにこの続きはフルールの部屋の中に入ってから、かな」
「……もう!」
「ははは、でもダメとか嫌だとかは言わないんだね?」
「~~~っ!」
悔しくなった私は、
「リシャール様は意地が悪いですわ!!」
そう言って、私の方から強引にリシャール様を自分の部屋に連れ込んだ。
❈❈❈
(フルール……可愛かったな)
可愛い顔を真っ赤にして僕を部屋に連れ込んだフルール。
そのままグイグイ引っ張ってまた、ベッドに押し倒そうとして来た。
(これは……!)
そう思ってすぐにひっくり返したら涙目になって僕を見上げて来て……
僕はそんな可愛いフルールを部屋で思いっきり堪能し、アンベール殿の所に戻る。
本音はもっと一緒にいたかったけど、あまりサボるとアンベール殿に申し訳ない。
それでも廊下を歩きながら頭の中はフルールのことでいっぱいだった。
(フルール……本当に凄い子だ)
驚きの発想と行動の連続でとにかく目が離せない。
「しかし、コロールにメラールって……」
僕は思い出してはフッと笑ってしまう。
「これ……きっと僕が知らないだけで却下した名前が他にもあるんじゃないかな?」
アンベール殿のあの先回りした様子からそうとしか思えない。
(───いい家族だな)
なんと言ってもこんな訳アリな僕を匿ってくれるような人たちだ。
フルールのあの素直さはこの大らかな家族の中で育ったが故なのだろう。
自由奔放な発想をするフルールを無理やり縛るのではなく活かしながら見守って来た。
その上で駄目なことはきちんと駄目だと伝えて来た。
だから、フルールは全速力で走り抜けていても止まることが出来る。
(殿下とぶつかったら、どうなることやら……)
護衛の話は念のためだ。
呼び出した目的がはっきりしない以上、いくらフルールでも完全に一人になんてさせられない。
「───戻りました」
「あれ? 早かったですね? もっとイチャ……二人の時間を堪能してくるのかと思いました」
「!」
アンベール殿のその発言に僕は言葉を詰まらせて苦笑する。
「さすがに仕事中なので」
「はは、ありがとうございます」
「……」
そう言って笑ったアンベール殿の顔はフルールとよく似ている。
そんな風に思っていたら、アンベール殿が何かをゴソゴソ用意している。
「……アンベール殿? “それ”は」
「ああ、だってフルールが王宮に乗り込む際に必要でしょう? 違いますか?」
僕はアンベール殿がそう言って用意する物を見て身震いした。
それはまさに僕が言い出そうとしていたもの。
(───こういう所も本当によく似ている)
「いや、それはむしろ僕の方からお願いしようと思っていた」
僕がそう言うとアンベール殿はどこか意味深に笑う。
「でしょう? 今回の相手は王女殿下ですからね。これまでの令嬢たちとは違います。さすがにフルールを一人で向かわせる訳にはいきません」
「ああ」
「でも、フルールは王女だろうと誰が相手であろうと変わりませんけど」
「ああ……」
本当にそう思う。
あの王女殿下の方が振り回される姿がなんだか想像出来てしまう。
(フルール……)
今頃、部屋で真っ赤になって悶えているであろう可愛い彼女の姿を思い浮かべながら僕は微笑む。
フルールのことを思うだけでこの頬は勝手に緩んでくるんだ。
そんな君とこれからも一緒に生きていくために。
(───もう逃げるのは終わりだ)
❈❈❈
「───ついにこの日が来たわ!」
そして、王女殿下とのお茶会の日がやって来た。
「闘志がメラメラと燃えてきますわね、お兄様」
「それは何より……だが、この間より熱くなっていないか?」
「そんなの当然ですわ!!」
私が胸を張って答えるとお兄様がポツリと言う。
「メラ……フルールには、緊張という言葉がないのか?」
「───残念ですが、私には真実の愛なんて言い訳をする単なる浮気者な悪役王女を敬う気持ちなど持ち合わせておりませんので」
「!」
お兄様がギョッとした目で私を見る。
その向こうからは、ちょうどこっちにやって来るリシャール様の姿が見えた。
「全くフルールは……」
「───さて、準備も整ったようなので行きますわよ!」
私はお兄様の声を遮って元気よく馬車に乗り込んだ。
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