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41. 危機一髪?
しおりを挟む内心でそんなメラメラの闘志を燃やしていた私はハッと気付いた。
(そうだった……腰痛の話……)
「そうでした、リシャール様! 腰痛令嬢のことですが!」
「よ……腰痛令嬢?」
いけない、いけない、忘れるところだった。
「腰痛令嬢というのは……フルールのこと、かな?」
「はい。ベルトラン様が昔の話を持ち出して来てネチネチ攻撃して来たので説明をしたアレです」
「う、うん……よ、腰痛令嬢……」
リシャール様の身体が微かに震えているのは何故かしら……?
「ようつ……フルールが前に腰を痛めたことは分かったけど、もう大丈夫なの?」
「おかげさまで。絶対に動くなと厳命されて安静にしていたらよくなりました!」
その裏には、今にも外に飛び出したい私と、絶対にベッドから動かさないぞ! というお兄様と私のそれはそれは熱い戦いがあったけれど。
「それは良かった」
リシャール様が優しく私を見つめて微笑んでくれた。
その国宝級の笑みは何度見てもドキドキする。
「ですが、リシャール様は呆れませんか?」
「ん? 呆れる? なんで?」
私の問いかけにリシャール様は不思議そうに首を傾げる。
「庭づくりや畑づくり……それは、使用人のすることだと」
「……」
私がそう言ったらリシャール様は無言でギュッと私を強く抱きしめた。
そして耳元に口を寄せると優しい声で訊ねてくる。
「もしかして、それをフルールに言ったのはベルトラン?」
「……はい」
私が頷くとリシャール様はもう一度私をギュッと抱きしめる。
「───バカな奴だな、ベルトランは」
「え?」
「好きなことをしているフルールは絶対にいつもよりキラキラして可愛いだろうに。そんな貴重な機会を自ら潰すなんて勿体ないじゃないか。だからバカな奴だな、と思ったんだ」
「……!」
(キラキラ? 可愛い?)
その言葉に私の頬がカッと熱くなる。
「───そうだ、フルール!」
「どうしました?」
リシャール様がいいことを思いついた!
そんな表情で笑う。
「絶対に無茶をしないという約束が出来るなら、僕はフルールの為の庭や畑を用意したいな」
「リシャール様!?」
「と言っても……まだ、予定だけどね?」
そう言って少し寂しそうな表情を浮かべるリシャール様。
確かにそれは確実ではない。
でも、それはリシャール様が絶対に手に入れようとしている未来の話。
私はにっこり微笑む。
「いいえ。私はとってもとってもその時を楽しみにしていますわ。ですから───……」
「ああ、分かっている。必ず」
──必ずそんな未来を手に入れてみせる。
私たちは目を合わせると、頷いて微笑み合う。
すると、そんな私たちの姿を見守ってくれていたお兄様が遠い目をしながら語った。
「……リシャール様。フルールとそんな約束すると大変かもしれません。覚悟が必要です」
「大変? 覚悟?」
「想像がつくと思いますが……フルールは夢中になると時間を忘れてとにかく没頭するんですよ」
「没頭……」
お兄様がまたまた遠い目をする。
頭の中であの頃の私の姿を思い出しているのかもしれない。
「それは……でもまぁ、想像は出来る、かな?」
「想像以上だと思いますよ……あと、フルールはとっっっても頑固です」
「……頑固」
リシャール様が無言でじっと私の顔を見つめて来たので、私はにこっと微笑みを返す。
「フルール……無茶は──」
「もちろん、しませんわ!」
満面の笑みを浮かべて答えたらリシャール様は苦笑した。
そんな話をしながら馬車が我が家に到着し、馬車から降りるとリシャール様がそう言えば……と口を開く。
「フルール、今日変装してでも僕を法廷に連れて行ったのは、何か嫌な予感がするからと言っていたよね?」
「え? あ、そうですね……」
「あれって、ベルトランが何かしてくるかもという野生の勘ではなかったのかな?」
「そうですねー……」
確かに私の野生の勘はそう言っていた。
でも、ベルトラン様は泡を吹いて倒れてしまったので、危害等を加えられることもなく……
ただの予感で終わったなら何より。
そう安心しかけた時だった。
「───なんだって? リシャール殿を探しているという王家の使いが我が家にやって来た!?」
留守中の様子を家令から話を聞いていたお父様のそんな声が玄関から聞こえて来た。
私は慌ててお父様を見る。
お父様は明らかに困惑していた。
(───リシャール様の捜索ですって!?)
「僕の捜索……? ここに来た……?」
私とリシャール様が顔を見合せる中、お父様は家令に詳しく訊ねる。
「どうして我が家に?」
「……それが、使者が言うには、万が一匿っている家がないかと各家を回って話を聞いている、とのことでしたが……」
「屋敷の中は調べられたのか?」
「いいえ。さすがに中までは……ですが、不審な点がないかは細かくチェックしているようでした」
「それは……危なかったな」
お父様がふぅ、と息を吐く。
「もし、リシャール殿を屋敷に置いて法廷に向かっていたら危険だったかもしれないぞ」
「……これがフルールの野生の勘ってやつか」
そんなことを言いながら、お父様とお兄様がチラッと私に目を向けてくる。
(……まさか、私の野生の勘ってこっちだった!?)
そして、リシャール様も私の手を握り、ちょっと笑いながら言った。
「───本当にフルールは只者じゃない気がするよ」
❈❈❈
裁判中に泡を吹いて倒れた僕が目を覚ますと、まずは父上から怒りの声が飛んで来た。
正式な判決はこれからだが、もう我が家の負けはほぼ確定らしい。
あの金額を慰謝料として払うことになるだろう、そう言われた。
あれもこれもそれも、フルールに非があるような証拠を用意出来なかったお前が悪いと父上には責められた。
(……畜生! 僕だけのせいじゃないだろう!?)
そんな憤る僕の元に更に衝撃を与える出来事が起きた。
「────シルヴェーヌ様!?」
その日、なんと我が家にシルヴェーヌ様が来訪された!
「ど、どうして?」
「どうして? そんなのベルトラン、あなたの裁判の話を聞いたからに決まっているでしょう?」
「え……」
嫌な予感がする。
冷たい汗が背中を流れていくのが分かる。
(裁判の話を聞いた……)
「ベルトラン、あなた情けないことに泡を吹いて倒れたそうね?」
「……っ」
「伯爵令嬢に対してほとんどまともに反論出来なかったとか……」
「……っっ」
「ねぇ? どうしてそんな情けない姿を披露してしまったの!?」
「………………っっっ!」
シルヴェーヌ様は僕の心をどんどん抉ってていく。
(また好き勝手なことを……)
「ちょっと! 聞いているの? ベルトラン!」
「!」
そして、イライラが頂点に来た僕は気が付くと……
「───う、うるさい! こっちの気持ちも知らずにいつも勝手なことばかり言いやがって!」
運命でもあり、真実の愛で結ばれたはずのシルヴェーヌ様に向かってそう怒鳴りつけていた。
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