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40. やっぱり、お金です!
しおりを挟むしんっ……と法廷内が静まり返る。
誰もが私に目を向けてくる中、真っ先に口を開いたのはベルトラン様。
「はぁ? か、金……だと? 目的が金!?」
「そうです!」
なぜなの。
ベルトラン様が更にショックを受けているように見えるのだけど?
「ですから、私は初めからきっちりお金を請求させてもらっているではありませんか」
「うっ……」
「むしろ、他に何があるというのでしょう?」
「ぐっ……」
「私にはベルトラン様の恥なんてどうでもいいことです!」
「ど……!?」
悔しそうな表情で唇を噛むベルトラン様。
少ししてから、ハハハ……と虚ろな目で笑い出した。
「いやいやいや! フルールのこの膨大な金額の慰謝料請求は、僕に未練があってのこと……だろう?」
「はい? 未練、ですか?」
私が眉をひそめるとベルトラン様は少したじろいだ。
「そ、そうさ。わざとこんな金額を吹っかけて僕の気を引こうとしているんだろう?」
「気を引く……?」
私はますます眉をひそめた。
未練とか気を引くとか、現状では全く当てはまらない言葉が飛び出している。
それとも私が知らないだけで、これらの言葉にはもっと違う意味があると……?
(まさかね!)
「ベルトラン様の仰っている言葉が全く理解出来ないのですが、私の主張はただ一つです! さっさとお金を払ってください! ですわ」
私がもう一度、支払いを要求するとベルトラン様の顔が歪む。
「さ、さっきから金、金って……口を開けばそればかりじゃないか! フルール、それならいったい君は僕を何だと思っているんだ!?」
「え? ───もちろん、お金ですけど?」
私の言葉に再び、法廷内がしんっと静まり返る。
ベルトラン様は顔をピクリと引き攣らせた。
「………………か、か、金だと?」
「はい、あなたはもう私にとってお金です!」
青白い顔で聞き返してくるベルトラン様に私は笑顔で頷いて答える。
ベルトラン様の顔はますます引き攣っていく。
「か、金? この僕が? ……ははは! いやいや、僕は……君の元婚約者のはずだが?」
「まぁ…………振り返ってみれば婚約者だった時もありました……が、今はお金としか思えません」
「──っ!? 目的だけじゃなくて……お金、この僕が君にとっては金……? え? は? 本当に?」
「本当ですわ!」
ベルトラン様が頭を抱えて「う、嘘だろう……?」と、ブツブツ呟いている。
するとそこへ、ベルトラン様の横から物凄い勢いで父親の伯爵が割り込んで来た。
「──シャンボン伯爵令嬢よ。無駄な強がりを繰り返しても虚しいだけだぞ?」
「強がりですか?」
「そうだ。このことを口にするのは大変、君にとって気の毒なことだが……シャンボン伯爵令嬢……君はこれまでろくに男性に見向きもされて来なかった令嬢だ」
急に何の話?
そう思ったけれど、とりあえず続きを聞いてみることにした。
「そんな君は幸運にも、三年前、我が息子に見初められた!」
「……結果として私の人生で最高の不運となりましたわ」
私は率直に思ったことを述べる。
「不運……!? あー……だ、だが、残念ながら君は息子の運命……真実の愛の相手ではなかった」
「はい! それは心の底から喜ばしいことだと思っていますわ! ありがとうございます」
今度は明るく笑顔でお礼を言うと、伯爵の顔が少し引き攣る。
「……は? なぜそこで笑顔で喜ぶ!? …………コホッ、だ、だがシャンボン伯爵令嬢……君はベルトランに振られたせいでもうこの先は後がない! 嫁き遅れ待ったなしだ!!」
「……」
ベルトラン様に振られたおかげで、国宝のリシャール様と出会えたわけだけれど、さすがにここでは言えない。
そう思った私が一瞬、顔を曇らせたことを伯爵は見逃さなかった。
「ほらみろその顔! ふはは! それ見たことか。だから今も必死になって奇抜な発言をしてまで、あの手この手でどうにか我が息子を繋ぎ止めようとしているのだろう! なんて見苦しいのか!」
「まあ!」
私は伯爵の言葉に感嘆の声を上げると目を輝かせた。
自分から離れていこうとする男の人を見苦しくもあの手この手で自分の元に繋ぎ止めようとする女…………なんて悪い女なの!
これこそ悪役令嬢! 悪役令嬢ってこういう人間のことを指すのではなくて?
(なるほど! 伯爵のおかげで悪役令嬢というものへの理解がより深まったわ!)
「は? 目が輝いて……いる? なぜそんなにも嬉しそうなんだ……」
「?」
私が悪役令嬢解説に感激していたら伯爵が更に顔を引き攣らせた。
「くっ……どうも調子が狂うな。だが、シャンボン伯爵令嬢。ここはもう強がるのを止めて素直になり、はっきり認めたらどうなんだ?」
「はっきり認める?」
「そうだ。君は我が息子、ベルトランのことを……」
「───はい! やっぱりどう考えてもベルトラン様は私にとってお金以外の何物でもありません!」
私が満面の笑顔でそう宣言した時───
「うぐっ!」
変な声が聞こえたと思ったら、ガタンッと音を立ててベルトラン様が泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
(……あら?)
─────
「───まさか、こんな形で裁判の続きが延期になるとは思いませんでしたわ」
ベルトラン様が、突然泡を吹いて倒れたことで、法廷は大騒ぎとなり残念ながら裁判は続行不可能となってしまった。
そのため、今日のこの場はお開きとなり、私たちは仕方なく帰宅することに。
傍聴席にいたリシャール様をこっそり拾って帰宅の途につく。
「駆け付けたお医者様の話だと、すごく強いショックを受けた為とのことでしたが急にどうしてしまったのかしら? あんなに元気いっぱいだったのに」
興奮しすぎたのかしらね、と私が口にすると、何故か皆が苦笑いして私のことを見て来る。
「──フルール」
「リシャール様?」
そんな中、リシャール様が優しく私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫だ。裁判は中断してしまったけれど傍聴席にいた人たちの反応からしても向こうの言い分は何一つ通ることはないだろう」
「そう見えました?」
私が聞き返すと、リシャール様は大きく頷いてくれる。
「ベルトランの不貞の証拠が読み上げられるのを聞いて、真実の愛という言葉の響きに浮かれて雰囲気に流されていた人たちも目が覚めた様子だった」
「それは良かったです」
その言葉でホッと胸を撫で下ろす。
それは大きな収穫といえる。
「それにしても…………くくっ」
「リシャール様?」
リシャール様は私の頭を撫でながら笑いを堪え……いえ、笑っている。
「ベルトランの何が目的だ! で、フルールの返しがお金よ! って……ふっ、駄目だ、笑いが止まらない」
「だって他に理由はありませんから。そもそも慰謝料の件で私たちは法廷に来ているのに、ベルトラン様ったらいったい何を言っているのかと思いましたわ」
「……ふっ!」
そう答えると、リシャール様は笑いながらそっと私を抱き寄せる。
「リシャール様!?」
馬車の中にはお父様たちもいるのに!
そう思って慌てたら、お父様たちはわざとらしく見て見ぬふりをし始めた。
リシャール様はその様子を見て抱きしめる力を強くする。
「フルールはすごいなって改めて思ったよ」
「すごい……?」
「うん。見ているだけで僕も力を貰えた、ありがとう」
よく分からないけれど、何かリシャール様の力になれたのならこんなに嬉しいことはない。
(だって、リシャール様の戦いはこれからだもの!)
裁判の結果は出ていないけれど、今日のこの話は必ず王家の耳にも入る。
そうしたら、何かしら王女殿下側にも動きはあるはず!
まだまだ、気は抜けない。
私はリシャール様の胸の中で更なる闘志に火をつけた。
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