王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
38 / 354

38. 対決の日

しおりを挟む


「───リシャール様……ダメですわ」
「え?  これもダメ?  真っ黒だよ?」

 私の言葉にリシャール様は手に持ったソレを持ちながら困惑している。

「これは、かなり印象は違うと思うんだけどな」
「そうなのですけど……」
「けど?」

 リシャール様がぐいっと国宝の顔を私に近づけて来る。

(も、もう!!  近いわ)  

 私は照れながら答える。

「困ったことにどんな格好をしても、リシャール様の美しさというものは隠せないようなのです……」
「え?」
「今、手に持たれているその暗い色の髪のカツラを被っても、どんなにモッサリした髪型にしても、目が見えなくなるくらいの分厚い眼鏡をかけても……全部全部、リシャール様の美しさがだだ漏れなのです!  どうしてそんなにもリシャール様は美し……」
「フ、フルール!  待っ……待ってくれ!」

 慌てた様子のリシャール様がガシッと私の両肩を掴む。

「……!」
「とりあえず、お、落ち着こうか?  落ち着いてくれ」
「は、はい……」

 私はこくりと頷く。

「……リシャール様、今の……お兄様みたいでした」
「え?  ああ、それは──アンベール殿を参考にさせてもらっているからね」
「参考……」

 リシャール様は、ハハッと笑うとそっと私を抱き寄せる。

「今みたいにフルールが全速力で走り出しそうになった時に、一旦落ち着かせる方法とかはかなり参考になるんだよ」
「それは…………私のお兄様ですから」
「知ってる。僕はアンベール殿を心から尊敬しているよ」
「まあ!」

 なんとお兄様ったらリシャール様に尊敬されているわ!
 さすがお兄様……!
 感激した私がクスッと笑うとリシャール様も笑ってくれて、私の背中をポンポンと叩く。

「それで?  フルールは何をどう困っているの?」
「……」
「美しさがだだ漏れって何?」

 リシャール様の胸の中から私はそっと顔を上げる。

(それは、もちろんその国宝級の美しい顔よ!)

「そのままの意味ですわ。だってリシャール様ったらどんな変装をしても美しいんですもの!」
「う、美しい?  僕が?」
「!!」

 リシャール様は意味が分からない、と言った。

 なんということでしょう!
 リシャール様は国宝級の美男子なのにまさかの……まさかの無自覚でしたわ!
 いえ、薄々そうなのでは?  と思ってはいたけれど……

 私は手を伸ばしてリシャール様の両頬に触れる。

「リシャール様。私はこの世であなた以上に美しい人を知りませんわ」
「え……こ、この世!?」
「ですから、あなたは失ってはならないこの国の宝なのです!!  どうぞ自覚をお持ちください!」
「じ、自覚……!」

 私がドンッと言い切るとリシャール様は目が点になっていた。
 そして少し遅れて笑い出す。

「……ははは、本当に?  そんなこと初めて言われたよ?」
「本当ですわよ!  もう!  皆様、どういうこと?  見る目が無さすぎですわ!」

 私が怒り出すと、抱きしめてくれているリシャール様の腕に力が入った。

「あははは、でも僕は他の人の目なんて別にいいんだよ」
「え?」
「僕は、フルールがそう思ってくれるだけで充分だ」
「リシャール様……」

 そのまま見つめ合うと、チュッと素早くキスをされる。

「……ん」
「フルール……」

 私は、このリシャール様が名前を呼んでくれる時の熱っぽい声が好き。ドキドキするの。

(頬が熱い……)

 しばらく甘いキスを交わしてそっと離れた瞬間、リシャール様が小さく笑った。

「どうしました?」
「そっか。今気付いたけどフルールがよく僕の顔を見て赤くなってくれるのはそういう理由……」
「なっ!  今、ぶ、分析はしなくて結構ですわよ!?」
「あはは!  ──でも、そっか。昔から人にジロジロ見られることが多くて不思議だったんだけど……それもなのかな」

(あ、やっぱり見られるには見られていたのね?)

「でも、他はまぁ、いいや。やっぱりフルールにそんな風に思ってもらえているなら幸せだ」
「……っ!」

 国宝級の美男子は、ここで破壊力満点の笑顔を繰り出して来たので私の心臓が飛び出しそうになった。

(眩しすぎます……!)

「──えっと?  それで、フルール曰く美しさ?  とやらが、隠せない僕は上手く変装出来ない……ということであってる?」
「あっていますわ」
  
 これではリシャール様は外に出られない。
 ───今日は、ベルトラン様との法廷での対決の日。

 リシャール様は家で大人しく待っている予定……だったのだけど。

(───……変装してもらってでも連れていくべき、と私の野生の勘が騒ぐのよね)

 裁判は傍聴が可能。
 なので、変装してもらってこっそりその場に居てもらおうと思った。
 それで色々、変装パターンを試してみたのだけど、国宝級美男子はどんな格好をしてもその美しさを消すことは不可能だった……

(国宝、恐るべし!)

「うーん、それなら不自然な格好にしすぎると不審者に見えて、逆に目立ってしまうかもしれないな」

 リシャール様はそう言って黒髪のカツラを被り、さほど分厚くはない眼鏡を選び取ると目にかけた。

「ほら、案外これくらいの方が自然かも。どう?」
「……!!」

(……知的な雰囲気…………いい!)
  
 普段のキラキラしたリシャール様も、もちろんうっとりするくらい素敵!
 でも今のような知的な雰囲気も……
 どれもこれも素敵で胸がキュンキュンした。



「───リシャール様のおかげで私のエネルギー補給はバッチリですわ!  これはもうベルトラン様が何人束になってやって来ようとも絶対に負ける気がしません!」
「あはは!」
「フルール!  ベルトランは一人だ!」

 面白そうにお腹を抱えて笑うリシャール様。
 そして、お兄様には指摘を受け、お父様とお母様にギョッとした目で見られながらも、過去最高に気合を入れた私は法廷の場へと向かった。


─────


(───来ないわね?)

 もうすぐ時間だと言うのに、ベルトラン様たちがやって来ない。
 私は隣に座っているお父様に小声で話しかける。

「お父様、遅刻だなんてベルトラン様は完全に私たちを舐めてますわね?」
「放っておけ。心証が悪くなるのはあちらだ」
「……それもそうですわね」

 そんな話をしていたら、遅刻ギリギリになってベルトラン様たち、モリエール伯爵家の人達がやって来た。

(───来たわね!)

 私はチラッと傍聴席に目を向ける。
 この裁判はかなりの注目を集めているようで傍聴席は人でいっぱい。
 リシャール様はその中にしれっと混ざり込んでいる。

(美が溢れているわ……それなのにちゃんと溶け込んでいる!)

 素敵なリシャール様に見惚れそうになりながらも、私はその周囲も確認する。
 中に入れずに外から様子を窺っている人もいるみたい。
 これなら、思っていたより多くの人にベルトラン様たちの言う真実の愛が、単なる浮気行為だと示すことが出来そう。

(王家は返事を保留にして来たわ───つまり、王女殿下からも慰謝料をむしり取れるかはこの裁判の結果次第!)

 もちろん、ゴネられると裁判は続く……
 でも、出来ればもうさっさと終わらせたい!


「───それでは時刻となりましたので開始します」


 ────


「婚約破棄に伴う慰謝料請求ということですが────モリエール伯爵家の子息、ベルトランは婚約者だったシャンボン伯爵家の令嬢、フルールに事前になんの話もしないまま、公のパーティーで他の女性との愛を語り浮気宣言……」

 既に提出済みの諸々の資料を手にした裁判官が確認のために読み上げていく。

「浮気?  ───違います!  これは……純粋な愛なんです!」
「それぞれの主張を述べる時間は後で設けてありますので、それまでは口を慎むように」
「は、はい……」

 あくまでも浮気ではない!  と主張したかったらしいベルトラン様が口を挟み怒られていた。

(それにしても……)

 純粋な愛だと叫んだベルトラン様だけど、その姿を見る限りあの我が家に押し掛けてきた日よりもかなりやつれているように見える。
 とてもとても純粋な愛を貫いて幸せそうな人には見えない。

 ──これは勝ったわ! 
 そう確信したい所だけれど、ここまで追い詰められると人って逆に捨て身になって、とんでもないことをやらかしたりするのよね……

(だから、気を抜かないようにしないと)

 私は気を引き締めて前を向いた。
  
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

処理中です...