王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
34 / 354

34. あなたの望むこと

しおりを挟む


「……ふっ……ふ」
「もう!  リシャール様。笑いすぎですわ!」
「いや……うん、ごめ……でも、コロール……」

 夕食の後、部屋まで戻ろうと手を繋いで歩いているのだけど、私の横でずっとリシャール様が笑っている。
 いえ、笑い転げている!

「残念ながら、コロールへの改名は断念しましたのよ?」
「ふっ!  わ、分かっているよ……分かっている……うん」

 お兄様だけじゃない。
 お父様とお母様にも必死に止められたわ。

「───皆、笑い死にする危険があるんですって」
「ゴフッ……う、うん……だろうね……コロコロ……コロール……くくっ」 

 よっぽど面白かったのか、リシャール様の笑いは止まる気配がない。
 私の部屋に着いたけれど、笑いが止まらないリシャールさまを一旦休ませることにした。

「お水です」
「──ありがとう」

 水を手渡すと、受け取ったリシャール様はグビっと一気に飲み干した。
 なんて豪快!

「笑いすぎて喉がカラカラだった」
「そんなに!?」

 コップをテーブルに置きながらそう言ったので驚いた。
 そんなリシャール様の隣りに腰をおろしながら私は訊ねる。

「コロール……語呂もだけど、何より想像したらものすごくフルールが可愛くて」
「か、可愛い、ですか?」

 胸がドキッとした。
 そういえば、丸くなった私も可愛いだろうなって言っ……

「いつも元気いっぱいに走り回っているフルールが、元気いっぱいにコロコロ転がるのかと思うと……さ……くくっ……」
「リシャール様!」

 何を想像しているのかと思えば!
 コロコロ転がる私……コロコロ……コロ。

「フルール?」
「……」
「おーい、フルール?」

 突然、黙り込んだ私の目の前でリシャール様が手のひらをヒラヒラさせている。

「……」
「……フルールさ、もしかしてちょっと転がるのも楽しそうね?  とか考えていないか?」

 ギクッと身体が震える。

「リシャール様ったら!  何を言っているのかしら。そ、そそそんなことは……」
「あるんだね?」
「……」

 またまた黙り込んだら、リシャール様はハハハと声を立てて笑った。
 そして、腕を伸ばしてギュッと私を抱きしめる。

「フルールのことだから、どこまでも元気いっぱいに転がっていきそうだ」
「ふふ。お兄様には、淑女はどこ行った!  と怒られそうですわ」

 そう言ったらリシャール様は想像したのか「確かに」と笑う。

「元気いっぱい走り回っていても転がっていても、僕としてはフルールがここに戻って来てくれたらそれでいい」
「ここ?」

 私が顔を上げるとリシャール様と目が合う。
 そして、あの国宝級の笑顔で優しく微笑んだ。

「ここ──僕の腕の中だよ」
「まあ!」

 私もつられて笑う。

「そんなの当然です!  だってもう私の居場所は……」
「……居場所は?」
「……」

 私は少し照れながらリシャール様の耳元に口を寄せて囁いた。

「あなたの……リシャール様の隣です」
「……フルール!」 

 近い距離で私たちの目が合う。

「……」
「……」

 ドキドキと胸が高鳴るのを感じながら、私はそのままそっと瞳を閉じた。
 そして、程なくして唇に柔らかいものが降ってくる。

(幸せ……)

 大好きな人とのこんな他愛のない会話と甘い時間……
 これ以上の幸せなんてどこにもない。 
 心の底からそう思えた。

(だから、私は何処までもあなたに着いていくわ。リシャール様……)

 そう。
 この先のあなたがをくだしても───……

「……大好きですわ、リシャール様」
「僕もだよ、フルール」

 チュッ……  

 私たちの甘い時間はこの後もしばらく続いた。




「───と、いうことは王女殿下は、ベルトラン様にかなりお怒りなのね?」
「ああ。何でも我が家からの二度目の手紙が届いたあと、ベルトランを呼び出してどういうことか事情を問い詰めたらしい」

 ベルトラン様はこんなにも浮気者なんですよ~ 
 という証拠と共に送った手紙。
 王女殿下がどこまで信じてくれるかは分からなかったけれど、仕事で王宮に行っていたお父様が仕入れた話によるとどうやら二人の真実の愛は本当に崩れ始めたらしい。

「思っていた以上に崩れるのが早かったですね、お父様」
「最初から脆かったのだろう?  筋を通さずにことを進めようとしたからこうなるんだ」

 確かに。
 王女殿下もベルトラン様も、それぞれリシャール様と私に筋を通してきちんと婚約を解消してから話を進めていれば、ここまでの慰謝料金額に膨れ上がったり騒動にはならなかったでしょうに。

「つまり……それだけ、リシャール様が優秀だということですわね?」
「うん?」
「私はともかく、少なくとも王女殿下の婚約解消はリシャール様に非があることにでもして破棄にしないと、きっと周りからは認められなかったのでは?  だからあんな手段を……」
「ああ……なるほど」

 お父様も頷いた。  

「と言っても、モンタニエ公爵はリシャール様の価値を分かっていらっしゃらない様子でしたし、きっと王女殿下も当たり前すぎて分かっていなかったような気はしますけれど」
「だが、きっとそれも関係がギクシャクし始めた理由の一つなのだろう」
「そう思います」
「全く人騒がせで迷惑な…………真実の愛ってなんなのだろうな?」

 ため息と共にそんな愚痴をこぼすお父様に向かって私はにっこり笑って言う。

「あら、そんなの決まっていますわ!」
「決まっている?」

 私は大きく頷いた。

「──真実の愛?  そんなもの単なる浮気の言い訳です!」

 キッパリと言い切った私の顔をお父様は目を丸くして見ていた。



 そうして、真実の愛とやらで結ばれるはずのベルトラン様と王女殿下の関係がどうやら危ういらしい。
 そんな話とともに聞こえて来たのが、モンタニエ公爵家の話───……

「───思った通り、せっせと噂好き令嬢たちが世間に広めてくれたようで、遂に皆様の知る所となったようですわね」
「公爵家を不安視する声があちこちで上がっていると俺も友人から聞いたよ」

 仕事の合間の休憩時間。
 私とお兄様がそんな話をしていると、リシャール様がため息を吐いた。

「父上───あの人がどんな顔をして今、怒鳴り散らしているのか想像がつくな……」
「自分が悪いくせに人に当たるのは最低ですわね」
「本当に」

 リシャール様はそう頷くと遠い目をした。

「……」

(……薄々、感じてはいたけれど、やっぱりそうよね?)

 私は自分の野生の勘を信じる!

「───リシャール様。好きにしていいんですよ?」
「え?」

 リシャール様は驚いた顔で私の顔を見返す。
 その瞳は大きく見開かれているので、動揺していることが窺える。

(この反応……間違いない!)

「リシャール様には今、望んでいることがあるのでしょう?」
「……っ!」

 私のその言葉にリシャール様はぐっと息を呑んだ。

「フルール……どうして」
「もちろん、いつもの野生の勘ですわ!」
「や……せい……」

 私が自信満々に答えると、リシャール様は面食らった表情になり、お兄様は無言で頭を抱えた。

「──そうですわね……あなたの望んでいることが叶った時、私はあなたの隣りに立つのには相応しくないと周囲に言われることでしょう」
「え、いや?  そんなことは……」
「ですが、私はそんな周囲の言葉なんて全く気にしませんわ!」
「……え?」

 リシャール様が不思議そうな顔で私を見る。

「相応しくないと言うのならそんなの認めさせるまで。負けず嫌いの血が騒ぎます!」
「……野次馬の血の次は負けず嫌いなのか……濃いな」
「──お兄様?  何か言いまして?」
「い、いや!」

 私がすかさずお兄様を睨みつけると、慌てたお兄様が全力で首を横に振る。

「ですから、リシャール様!  私はあなたと生きていくためなら立派なにだってなってみせます!」
「フ、フルール……」

 私はリシャール様の両手をギュッと握る。

「あなたの望んでいること。それは──腑抜けの父親───愚かな公爵たちを追い出して、モンタニエ公爵の座を奪い取りたい、ですわよね?  リシャール様」
「───っっ!」

 リシャール様の顔が、どうしてそれを……と言いたそうな表情になった。 

 だから、野生の勘よ!
 私は大きく胸を張って笑顔で宣言した。

「それがあなたの望みなら、もちろん私はどこへでも着いていきますわ!」

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

処理中です...