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32. 追い詰められていく

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「ハッ…………フ、フルール!」
「お嬢様!」

 呆気にとられていたお兄様と使用人が慌てて後ろから追いかけて来る。

「さて、リシャール様が心配するので戻りましょう!」
「フルール……」
「どうしました、お兄様?」

 お兄様が何か言いたそうな顔をしていたけれど、私は早くリシャール様の元に戻りたい。

「お兄様!  とにかく今は早く戻ってリシャール様を安心させたいので、お話は部屋に戻ってからでお願いしますわ!」
「お、おう」

 そうして最後にチラッと門の方に視線を向けると、唖然呆然とした顔でその場にへたり込んでいるベルトラン様の姿が見えた。

 屋敷の中に入ると、ベルトラン様が帰るまでを見届けますと言ってくれた使用人に後をお願いして、私は急ぎリシャール様の元へと全力で駆け出す。

「待ってて、リシャール様!」
「は、早っ……!  フルール!  淑女……淑女を忘れるなーー!」

 お兄様のそんな声を聞きながら私は全速力で走った。



「リシャール様、戻りましたわーー!」
「───フルール!!」

 私が元気いっぱいに扉を開けると、リシャール様は勢いよく立ち上がって駆け付けてくる。

「早くないか?  ……い、いや、それよりも大丈夫だったか?  見たところ怪我は無さそうだが……」

 心配性なリシャール様はそう言いながら私の全身をくまなくチェックしている。
 その表情からも心配してくれていたことが伝わって来て、嬉しくなる。

「はい!  見ての通り怪我もありませんし、何の問題もありませんでした!」
「うん……」
「もちろんベルトラン様には指一本触れさせておりませんわ」 
「良かった……」
  
 リシャール様はそう言って笑うと私を抱きしめる。
 国宝級笑顔が健在でホッとした。

(───あたたかいわ。ここは私の居場所……)

 そしてこの腕の中にいるのが自分の場所だと思えるようになってきたことに気付く。
 とっても幸せだわ。
 そう思った私もリシャール様の背に腕を回して抱きしめ返す。

「…………本当にフルールは目が離せない」
「それ、よく言われるのですけど──ハラハラドキドキの毎日を過ごせて楽しいと思いません?」

 私がそう言うとリシャール様が小さくフッと吹き出す。

「ははは、確かにね。もう、フルールには誰も敵わないんじゃないかと思うよ───」
「うーん、それはさすがに大袈裟ですよ?」
「そんなことはない。少なくとも僕はそう思っているし」

 そう言ったリシャール様の美しい顔が近付いて来たのでそっと瞳を閉じる。
 あと少しでお互いの唇が触れ合いそうな気配を感じたその時。

「フルールーー!」
「「!」」

 後ろから、淑女を忘れるなと連呼しながら私を追いかけていたお兄様が部屋に到着した。



「フルール……お前、本当にお前という奴は……」
「アンベール殿……すごい汗だが大丈夫か?」

 リシャール様に外で何があったかを説明することにした。
 すると、お兄様が深ーーいため息と共にじとっとした目で私を見る。
 そんな顔をされても困るわ!

「え?  だって私、最初から言いましたわよね?  ベルトラン様に顔を見せて来ますと」
「う……確かに言った、言っていた!  そしてベルトランのあの間抜けで腑抜けた顔は最高に面白かった……が!  こっちはヒヤヒヤ……」

 お兄様が頭を抱えながら苦悩している。

「───でしょう?  私はきちんとベルトラン様の要求に応えたまで。何も間違っていませんわ!」

 私はドンッと胸を張った。

「くくっ……つまり、フルールはベルトランの要求通りに顔を見せるだけで戻って来たんだ?」
「そういうことです!」

 リシャール様の言葉に笑顔で頷いた。

「これが、二人っきりで話したいとかでしたら当然却下でしたけれど、要望は“顔を見せろ”でしたからね!」
「本当にフルールらしいというかなんと言うか……」

 笑いながらリシャール様が私の頬に手を伸ばす。
 そして、優しく撫でられた。

(くすぐったい……)

 それと胸がドキドキする。

「本当に。こんな可愛い顔をしてやることが、男前……いや、大胆と言うべきか?」
「ベルトランは、そんなフルールの発想についていけていなくて呆気にとられていたよ」

 お兄様がやれやれと肩を竦めた。

「相当、腑抜けた顔になっていたんだろうなぁ。ちょっと見たかったかも」

 リシャール様は少し残念そうに呟いた。

「あ!  ですが顔を見せるだけではちょっとと思い、慰謝料を早く払ってくださいというお願いと、次は無いということもきちんと伝えておきましたわ」
「お願い……」

 リシャール様が何故か苦笑いする。
 なんでそんな顔をするのかと思ったら、すかさずお兄様が横から入って来る。

「いや、あれはもう脅しだったぞ?  フルール」
「脅し?  まさか!  あれは純粋なお願いですわよ?  そんな物騒なこと私には出来ません」
「……」
「……くっ」

 私が首を振って大真面目に否定すると、リシャール様とお兄様は互いに顔を見合せて笑いだした。




❈❈❈



 一方、フルールの謎の勢いに圧倒され、為す術もなくあしらわれ帰宅したベルトランは───


「──お前は何をやっているんだ!」
「……うぅ」 
「たかが小娘一人に何を翻弄されている!  それも三年も婚約していた相手だろう!?」
「……」

 今、僕はシャンボン伯爵家に無断で赴いたあげく、騒いで恥をかいたことがバレて父上に怒られている。
 色々なことが上手くいかなくなってきて、追い詰められた僕はとにかくフルールとの間にある慰謝料問題を片付けるため、とにかくフルールに会おうとした。
 それがこの結果……

(そんなことを言われても……)

 正直、あんなフルールは知らない。
 確かに見た目とは違って明るくパワフルな性格ではあったけど……
 それになんだか今のフルールは三年間婚約者として過ごして来た頃とは何かが違う。

(それに……)

 何故なのか。
 フルールはキラキラしていてめちゃくちゃ綺麗だった。
 メイクもドレスもシルヴェーヌ様みたいに派手ではないのに。
 むしろ、これまで僕が見て来たフルールと何も変わっていなかったはずなのに。

(笑顔も……可愛かった) 

 あの笑顔を見てやっぱりフルールは僕に未練タラタラなのだと実感し、内心で歓喜した直後、一気に突き落とされた。

(フルールは何を考えているんだ……!)

「このままでは、我が家の財産がむしり取られる……陛下からも聞いていた話と違う!  説明せよと言われてしまっているんだぞ!」
「……っ!」

 シルヴェーヌ様も僕も相手の有責にして婚約破棄するつもりだったから……
 これは、捏造した証拠や、ついた嘘が少しづつ綻び始めているということか。

(唯一の救いは、リシャール・モンタニエが行方知らずということだけ……)

 捏造に捏造を重ねて“悪役令息”なんて呼び方をしてまで蹴落とした彼が、万が一力を取り戻して表舞台に戻って来ようものなら……僕とシルヴェーヌ様の破滅は確定だ。

 シルヴェーヌ様もそれを危惧して搜索を続け、モンタニエ公爵家とも連絡を取っているようだが依然として行方不明らしい。
 どこかで力尽きたのか国外に逃げたのかは知らないが、戻ってくることがないようにと願うばかり。

「……ベルトラン。もうこの慰謝料問題は法廷に持ち込まれることになるだろう」
「はい」

 父上の言う通りだ。
 僕に未練を残しているくせに、フルールのあの態度ではもう交渉なんて不可能。

「シャンボン伯爵家側に問題があったと陛下に説明するためにも、法廷で少しでも有利にさせるためにも令嬢を調べておけ!」
「え?」
「年頃の令嬢だ。何か少しくらいは疚しいことの一つや二つあるだろう。お前と婚約時代に他の男に浮ついたとか、浪費が激しい我儘……など性格上の問題でも構わん。とにかく彼女に対する第三者の悪い証言を集めろ」

 フルールの悪い噂……?

「父上、僕には王家から出されている課題と試験が……」

(試験を受けさせてもらえるかは不明だが……)

 あれから僕の実力が不安視され始め、試験の予定は延期になってしまった。

「阿呆!  どのみち、法廷で負けてあの金額を全額払わされたら王女殿下の婚約者になる所の話ではない!」
「そ、それは……」


 こうして僕は、父上の命令で、裁判を少しでも有利にするためフルールの悪い噂と証拠集めを始めることになった。
 しかし、思うような話が集まらず苦悩させられる。

(何で皆、フルールのことを聞こうとすると逃げるんだ!)

 噂好きの令嬢たちでさえ……逃げていく。
 これはまさか既にフルールが手を打っているのか!?


 そうして思うような成果が得られず、ガックリしている所にシルヴェーヌ様から手紙が届く。

「……今すぐ王宮に来い?」

 早急な呼び出しだった。だけど、シルヴェーヌ様のこんな呼び出し方は珍しい。
 ……ゾクッ
 なぜか悪寒が走る。

(……悪い話、ではないよな?)

 そんな不安を抱えながら僕はシルヴェーヌ様の元に向かった。

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