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31. 顔が見たいと言うので
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「え? もうあの二人はすれ違い始めているの?」
「はい。お父様が王宮に行った際に聞いた話だそうです」
リシャール様との昼食の後、のんびりお茶を飲みながらお父様から聞いた話──すでに崩れかけているというベルトラン様と王女殿下の真実の愛の話をした。
「あの二人ってさ、真実の愛だとか運命だとか言っていたけれど、ようするにお互い一目惚れだったわけだろう?」
「そうだと思います」
リシャール様はそこでお茶を一口飲むとうーんと唸った。
「一目惚れが悪いとは言わないけど、そういう場合って中身を知れば知るほど、後々ズレが生じていきそうな気がする」
「ズレ……」
「特に殿下とベルトランでは、育った環境も価値観も違うだろう?」
そう言われて納得する。
貴族同士ならまだしも、片方が王族となるとかなり特殊な育ちだものね、と思った。
「リシャール様も王女殿下と過ごしていて、価値観や考え方が違うなと思うことがあったのですか?」
「王女殿下は特に甘やかされたうえ、狭い世界で生きて来た人だから───」
リシャール様がそう言った時だった。
「フ、フルール! 大変だ!」
「お、お兄様!?」
突然、部屋の扉が開いてお兄様が駆け込んで来た。
ノックも忘れて飛び込んで来るなんてお兄様らしくない。
「どうしたのですか?」
「それが……くっ、困ったな。リシャール様はここにいたのか」
「お兄様?」
「……さすがにここまでは来ることはないとは思うが、リシャール様は念のため隠れた方が……」
お兄様は私の質問には答えずにリシャール様の顔を見ながら困った顔をする。
そしてキョロキョロと部屋の中を見渡した。
(隠れる?)
「……お兄様。もしかして、かくれんぼをしに来たのですか?」
「は?」
お兄様が勢いよく振り返る。
「お誘いは嬉しいですが、申し訳ないですけど、それは私ももう子供のうちに卒業……」
「そんなわけあるか! 俺もとっくに卒業している!」
「……冗談ですわ」
「っ! 冗談に聞こえないのがフルールなんだよ……!」
お兄様はガックリ肩を落とし、リシャール様は笑いを堪えていた。
「フルール! 今はそうじゃなくて───」
「分かっています……ベルトラン様が来たのでしょう? お兄様」
「……なっ!」
私の言葉にお兄様がぐっと言葉を詰まらせる。
そしてじとっとした目で私を見た。
「……野生の勘か?」
「もちろんですわ! …………と、言いたいところですけれど、さすがに少し考えれば分かります」
「フルール……」
お兄様の目が大きく見開かれる。
そこで一息ついた私はお茶を一口飲んでから続ける。
(あいにく、今、お父様とお母様は留守……)
「今日は訪問の予定があるなんて聞いていませんわ。つまり、押しかけですわよね? 今、我が家に対してこんな非常識な行動をしようと考えるのは、一人しかいません」
「……フ、フルールが」
「至極まともな発言を……」
(あら?)
リシャール様もお兄様も何をそんなに驚いた顔をしているの?
私は首を傾げた。
「それでお兄様? ベルトラン様はなんと言って訪ねて来ているのですか?」
「……フルールの顔が見たいと」
「……顔!」
「今は、フルールの顔が見たいから門の前で中に入れろと騒いでいる」
「まあ!」
私とリシャール様は顔を見合わせると肩を竦めた。
「ベルトラン様って全財産失っても構わないとでも思っているのかしら?」
「もう形振り構っていられなくなったんじゃないか? ほら、殿下ともすれ違い始めているわけだろう?」
ふぅ、と私はため息を吐く。
「分かりました。ベルトラン様は私に“顔を見せろ”と要求しているのですよね、お兄様?」
「ああ」
「それなら、ご要望通り顔だけ見せてベルトラン様にはさっさとお帰り願いましょうか」
そう言って私は手に持っていたお茶のカップをソーサーに戻して立ち上がる。
「フルール……?」
「リシャール様、そんな心配そうな顔をしないで下さい。言われた通り顔を見せてくるだけですわ」
「しかし……」
私はリシャール様の手を取るとそっと握りしめる。
「お兄様も一緒にいてくれますし、一人で顔を見せに行くわけではありませんわ」
「……それは」
それでもリシャール様は不安そう。
「そんな顔しないで下さいませ? それに私より、リシャール様がここにいると見つかってしまう方がよくありません。このまま荒ぶって屋敷内に突入される方が困ります」
「……分かっている」
リシャール様は渋々だけど頷いてくれた。
私は手を離すとにっこり微笑んだ。
「大丈夫ですわ! すぐ戻りますから。待っていてくださいね!」
────
玄関を出たところで門の方から言い争う声が聞こえて来る。
ガシャンガシャンという音が聞こえるのはベルトラン様が門を揺さぶっている音だと思われる。
(……壊したら弁償だけどいいのかしら?)
「おい! いい加減、中に入れてくれてもいいだろう!!」
「駄目です。許可が降りていません!」
拒否されたベルトラン様はますます荒ぶる。
「僕が不審者ではないことは分かっているはずだ!」
「そういう問題ではないのです!」
(あらら、ベルトラン様ったら元気いっぱいだわ)
「さっさとフルールに……フルールの顔を見せてくれ! どうしても会いたいんだ!!」
ベルトラン様は断固として屋敷内に入らせまいとする使用人に元気に噛み付いている。
一見、情熱的な言葉だけどなんて寒々しいのかしら。
すると、私の隣に立ったお兄様が苦々しい表情で言った。
「ずっとあんな感じなんだよ……」
「なるほど、分かりましたわ。では、行ってきます」
私はさっさと門の方へと歩き出す。
「え! フルール……待て、そのまま突撃する気か!」
後ろから慌てて追いかけてくるお兄様。
その言葉を背に受けながら私はベルトラン様の元へと向かった。
「───いいか? 僕はどうしてもフルールに…………ん? フルール! やっと出て来てくれたのか!」
私が門に到着するとベルトラン様がすぐに私に気付いた。
「え? お嬢様!?」
その声に釣られて、ベルトランを引き止めていた使用人も振り返る。
「お嬢様! どうして来てしまったのですか! ここは危険ですよ!?」
「あら大丈夫よ。ベルトラン様がどうしても私の顔を見たいと門前で騒いでいると聞いたから、顔を見せて満足してもらってお帰り願おうと思って来たの」
私がにっこり笑ってそう言うと、使用人は困りだした。
「で、ですが……」
「───フルール! ようやく会えた! 元気そうじゃないか。なぁ、何で僕の手紙を無視し続けたんだ」
ベルトラン様が割り込むようにして会話に入って来た。
もう! せっかちすぎるわ!
私は、内心でため息を吐くと目線だけをベルトラン様に向ける。
「……」
「お、おい? フルール? フルールだろう?」
「……」
「何で無視するんだ! おい、フルール! なにか答えてくれ!」
「……」
私は必死に声をかけてくるベルトラン様を見てにっこり笑う。
「あ……わ、笑っ……!」
ベルトラン様は少し頬を赤らめた。
「フルール! 聞いてくれ! 僕は──」
「すみません、ベルトラン様。あなたのご要望通り私は顔を見せましたので、もうこれで失礼しますね!」
私はもう一度、にっこり笑顔を浮かべてベルトラン様を見つめると、そのまま一礼する。
「……は?」
「お、お嬢様?」
「フルール?」
ベルトラン様、使用人、お兄様の順番でそれぞれ驚きの声を上げた。
「え? だって、ベルトラン様の要求は“私の顔が見たい”でしょう? これで要求は果たせましたわよね!」
「え! は? フルール? 何を言って……」
ベルトラン様が驚愕の表情を浮かべて狼狽え始めた。
「そういうわけで……もう用はありませんわよね? では、このままお引き取りくださいませ、さようなら」
「さ、さようならだと!? 待て待て待て! 他に言うことがあるだろう!?」
ベルトラン様は興奮しているのか、門を揺すり過ぎてガシャンガシャンうるさいわ。
「他に……? ああ! 大事なことを忘れていました! 慰謝料の支払いお待ちしておりますわ!」
「いっ……!?」
私が満面の笑みでそう口にすると、ベルトラン様の顔が怒りで真っ赤になった。
「もう次の要求は聞けませんわよ。もしも次、このような非常識なことをした場合は、即刻警吏に突き出します。そうすると罰金ですわね」
「ばっ……!」
罰金という言葉にベルトラン様の身体が大きく揺れた。
「それでは、今度こそさようなら、ベルトラン様。気をつけてお帰りくださいませ」
「なっ……」
私はそれだけ言ってベルトラン様に背を向けると玄関に向かってさっさと歩き出した。
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