王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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22. 国宝は肉食獣のようでした

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❈❈❈


(……い、言ったわ!)

 私はドキドキしながらリシャール様を見下ろして反応を待った。

(伝わった?  伝わったわよね??)

 何度考えても、国宝級の美しい顔に落書きなんて絶対に出来ない。
 でも、あの時のリシャール様が羨ましそうだったから……

 そんなリシャール様。
 目を大きく見開いたまま固まっている。

「……リシャール様?」
「……」

 呼びかけてみても反応が薄いわね。
 うーん……
 どうしたら、石化を解いて反応を返してくれるかしら?

(これはもう一度……するしかない?)
  
 それならば!  ともう一度、顔を近づけようとした時だった。

「フ、フルール……が僕を好き?  ……大好き?」
「!」

 リシャール様がようやく動きだしてくれた。
 嬉しくて私は微笑む。

「大好きですわ」
「……っ!」
「嘘なんかじゃありませんわよ?  リシャール様と出会ってから私はずっとあなたにドキドキが止まりません」
「フルール……ドキドキ、好き、僕を?」

 なんだか辞は片言だけど、ようやく自覚してくれたリシャール様の顔も真っ赤だった。

「リシャール様。元気なことくらいしか取り柄のない平凡な私ですけれど、ずっとおそばに置いてくださいませ」 
「平……凡?」
「え?  ええ。私って平凡でしょう?」

 なぜか、リシャール様が目を丸くする。
 そしてすぐに声を立てて笑いだした。

「平凡……平凡って……ふはっ!」
「?」
「ははは、すごい……もうフルール……うん、フルールだ」

 リシャール様が大爆笑しながら笑い転げている。
 ここまで笑うのは初めて見たかもしれないわ。
 リシャール様は、笑いすぎたのか涙目になりながら訊ねてくる。

「……フルール、本当に僕でいいの?」
「何がです?」
「君に惚れて先に口説き始めたのは僕からだけど、僕は……」 

 身分のことを気にしているのね?
 すぐにそう思った。

「私は気にしませんわよ?」
「……!」
「どんな身分でどんな肩書きを持っていても、リシャール様はリシャール様でしょう?」
「フルール……」
「それに!」

 私は満面の笑みを浮かべる。

「ベルトラン様から大量の慰謝料をむしり取るのですから、当面お金には困りませんわ!」
「ぶっ……」

 リシャール様が吹き出す。

「だから、リシャール様がこれまでやりたいと思っていたけど出来なかったこと……のんびり一緒に私とやっていきましょう?  お手伝いしますわ!」
「フルール……」 
「まずは何がしたいですか?」

 私がそう訊ねると、リシャール様の手が下から伸ばされ私の頬に触れてそっと撫でた。

「リシャール様?  擽ったいですわ」
「……ふっ」

 リシャール様は小さく笑った。
 その笑顔にドキッと私の胸が大きく跳ねる。

「そうだな…………まずは、この可愛くて無邪気な君に……フルールにもっともっと触れたい」
「え?」 
「フルールをもっと……感じたい」

 そう口にしたリシャール様が、頬から手を離したと思ったらムクリと起き上がる。
 そして、え?  と思う間もなく、くるりと向きを変えられて、私は背中からベッドに沈んだ。

(……ん?)

 先程までは私が見下ろしていたはずの麗しの美貌が今は自分の上にいて、覆い被さってくる。

「……」
「……」

 今度は私の方が押し倒されたと気付くまで少々時間を要した。

「……私が押し倒していたのに」
「うん。だから今度は僕の番」

 リシャール様が眩しい笑顔でそう言い切った。
 そして、その目はどこかいつもと違う。
 熱を孕んだ目で私を真っ直ぐ見ていて、恥ずかしいのに目が逸らせない───

「フルール……」

 リシャール様の手が、再び私の頬に触れたと思ったら美貌の顔が近付いてくる。
 ──チュッと頬にキスをされた。
 びっくりして目を大きく見開いてリシャール様を見返すと彼はクッと笑う。

「……さっきのお返し」
「お返し?」
「うん。今のは“フルール、大好き”のキスだよ」
「あ……」

 私はクスリと笑う。なんともリシャール様らしい答え方だと思った。

「……フルール、その笑顔は……いけない」
「は、い?」
「───うん。もう、いいよね。我慢と遠慮は無しだ」

 そう呟いたリシャール様の顔が再び近付いてきて、今度はチュッと私の唇に触れた。
 それは甘くて優しいキス……

「ん……」
「!」

 思わず鼻から声を出したら、リシャール様が更に熱っぽい目で私を見てくる。

「また、そんな可愛い声を……」
「……え?」
「フルールは煽るのが上手いな───……」

 そう言って再び唇が塞がれる。
 そして、今度のキスはすぐに終わらず何度も何度もキスをされた。

(甘い……)

 頭の中がドロドロに蕩けそうなくらい甘かった。

「フルール……」
「リシャール、さま……」

 お互いの名前を何度も呼びあっては、ギュッと抱きしめ合う。
 その温もりがまた心地よくて幸せを感じる。

「ふふ……」

 思わず笑みをこぼすとリシャール様が不思議そうな顔で私を見下ろす。

「あ、すまない。擽ったかったか?」
「いえ……」  
「?」
「こんな幸せもあるのね、と思ったら、つい……嬉しくて顔が緩んでしまいました」
「幸せ……か」

 リシャール様も嬉しそうに笑いながら言う。

「僕は、どこへでも飛んで行っちゃいそうなフルールがこの腕の中にいてくれているという事実だけで堪らなく幸せだ」
「飛ぶ……えっと……さすがに空は飛んだことがありませんわ。飛べるものなら飛んでみたいですけど」
   
 私がそう返すとリシャール様は、ははは、と声を立てて笑う。
 そして、なぜか笑いながら私のドレスのリボンを緩めようとする。

「……な、なぜリボンを?」
「うん?  ああ、せっかくだからもう少し、フルールを地上にとどめながら堪能しようかと思って」 
「堪能!?」
「そうだよ。そもそも、フルールの方から僕を押し倒して来たんだし、ね?」 
「え?  それ……は」

(あ、あら……?)

 そう言ってリシャール様は極上の甘い笑顔を浮かべて迫って来る。
 そんなリシャール様は、例えるならまるで肉食獣のようだと私は思った。




❈❈❈


 一方、その頃のアンベールは……


(押し倒す?  押し倒すと言ったよな?)

 チョロール発言といい、本当にフルールの思考は分からん!
 そして押し倒すと言ったら…………本当にやるのがフルールだ。 
 あれは比喩なんかじゃないのがフルールの恐ろしいところ。

「今頃は押し倒しているのか……それともフルールが煽りすぎて形勢逆転、押し倒され返されているのか……」

 そのどちらかだろう。
 どちらにせよ、イチャイチャしていることに変わりはないが。 

「フルールはもう少し“男”というものを知った方がいいからな……」  

 リシャール様のフルールへの想いは誰が見ても一目瞭然だった。
 と、言うか俺の目の前で恋に落ちていたと思う。
 フルールはリシャール様を国宝と呼んで眩しいなどと言っているが、リシャール様にとってはフルールの存在こそが眩しい存在なのは丸わかりだった。

(……フルールは可愛いだろう?  困らせられることも多いが、自慢の妹なんだ)

 ベルトランはフルールの容姿に一目惚れして求婚して来たが、フルールの性格は見た目通りでもっと大人しいと思っていたのだろう。
 フルールの性格を知ってすぐに戸惑っている様子が見て取れた。
 フルールもそれを本能で察したのか、基本は明るく元気に振舞っていたが、本来のフルールらしさは半分くらいしか発揮していなかったように思う。
 それでもフルールが幸せならば……と目を瞑ってきたが……

(ベルトラン、本当にバカな男だ)

 本来のフルールがどれだけ眩しい存在なのか、後で知って気付いてももう遅い。
 そして、行動力の塊のようなフルールを侮ったこと……王女殿下と共に深く後悔すればいい。


「……さて、フルールはしばらく戻って来ないだろう。仕事に戻るか」

 今頃、思う存分イチャイチャしているであろう二人を正直、羨ましいと思いながら仕事に戻った。

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