22 / 354
22. 国宝は肉食獣のようでした
しおりを挟む❈❈❈
(……い、言ったわ!)
私はドキドキしながらリシャール様を見下ろして反応を待った。
(伝わった? 伝わったわよね??)
何度考えても、国宝級の美しい顔に落書きなんて絶対に出来ない。
でも、あの時のリシャール様が羨ましそうだったから……
そんなリシャール様。
目を大きく見開いたまま固まっている。
「……リシャール様?」
「……」
呼びかけてみても反応が薄いわね。
うーん……
どうしたら、石化を解いて反応を返してくれるかしら?
(これはもう一度……するしかない?)
それならば! ともう一度、顔を近づけようとした時だった。
「フ、フルール……が僕を好き? ……大好き?」
「!」
リシャール様がようやく動きだしてくれた。
嬉しくて私は微笑む。
「大好きですわ」
「……っ!」
「嘘なんかじゃありませんわよ? リシャール様と出会ってから私はずっとあなたにドキドキが止まりません」
「フルール……ドキドキ、好き、僕を?」
なんだか辞は片言だけど、ようやく自覚してくれたリシャール様の顔も真っ赤だった。
「リシャール様。元気なことくらいしか取り柄のない平凡な私ですけれど、ずっとおそばに置いてくださいませ」
「平……凡?」
「え? ええ。私って平凡でしょう?」
なぜか、リシャール様が目を丸くする。
そしてすぐに声を立てて笑いだした。
「平凡……平凡って……ふはっ!」
「?」
「ははは、すごい……もうフルール……うん、フルールだ」
リシャール様が大爆笑しながら笑い転げている。
ここまで笑うのは初めて見たかもしれないわ。
リシャール様は、笑いすぎたのか涙目になりながら訊ねてくる。
「……フルール、本当に僕でいいの?」
「何がです?」
「君に惚れて先に口説き始めたのは僕からだけど、僕は……」
身分のことを気にしているのね?
すぐにそう思った。
「私は気にしませんわよ?」
「……!」
「どんな身分でどんな肩書きを持っていても、リシャール様はリシャール様でしょう?」
「フルール……」
「それに!」
私は満面の笑みを浮かべる。
「ベルトラン様から大量の慰謝料をむしり取るのですから、当面お金には困りませんわ!」
「ぶっ……」
リシャール様が吹き出す。
「だから、リシャール様がこれまでやりたいと思っていたけど出来なかったこと……のんびり一緒に私とやっていきましょう? お手伝いしますわ!」
「フルール……」
「まずは何がしたいですか?」
私がそう訊ねると、リシャール様の手が下から伸ばされ私の頬に触れてそっと撫でた。
「リシャール様? 擽ったいですわ」
「……ふっ」
リシャール様は小さく笑った。
その笑顔にドキッと私の胸が大きく跳ねる。
「そうだな…………まずは、この可愛くて無邪気な君に……フルールにもっともっと触れたい」
「え?」
「フルールをもっと……感じたい」
そう口にしたリシャール様が、頬から手を離したと思ったらムクリと起き上がる。
そして、え? と思う間もなく、くるりと向きを変えられて、私は背中からベッドに沈んだ。
(……ん?)
先程までは私が見下ろしていたはずの麗しの美貌が今は自分の上にいて、覆い被さってくる。
「……」
「……」
今度は私の方が押し倒されたと気付くまで少々時間を要した。
「……私が押し倒していたのに」
「うん。だから今度は僕の番」
リシャール様が眩しい笑顔でそう言い切った。
そして、その目はどこかいつもと違う。
熱を孕んだ目で私を真っ直ぐ見ていて、恥ずかしいのに目が逸らせない───
「フルール……」
リシャール様の手が、再び私の頬に触れたと思ったら美貌の顔が近付いてくる。
──チュッと頬にキスをされた。
びっくりして目を大きく見開いてリシャール様を見返すと彼はクッと笑う。
「……さっきのお返し」
「お返し?」
「うん。今のは“フルール、大好き”のキスだよ」
「あ……」
私はクスリと笑う。なんともリシャール様らしい答え方だと思った。
「……フルール、その笑顔は……いけない」
「は、い?」
「───うん。もう、いいよね。我慢と遠慮は無しだ」
そう呟いたリシャール様の顔が再び近付いてきて、今度はチュッと私の唇に触れた。
それは甘くて優しいキス……
「ん……」
「!」
思わず鼻から声を出したら、リシャール様が更に熱っぽい目で私を見てくる。
「また、そんな可愛い声を……」
「……え?」
「フルールは煽るのが上手いな───……」
そう言って再び唇が塞がれる。
そして、今度のキスはすぐに終わらず何度も何度もキスをされた。
(甘い……)
頭の中がドロドロに蕩けそうなくらい甘かった。
「フルール……」
「リシャール、さま……」
お互いの名前を何度も呼びあっては、ギュッと抱きしめ合う。
その温もりがまた心地よくて幸せを感じる。
「ふふ……」
思わず笑みをこぼすとリシャール様が不思議そうな顔で私を見下ろす。
「あ、すまない。擽ったかったか?」
「いえ……」
「?」
「こんな幸せもあるのね、と思ったら、つい……嬉しくて顔が緩んでしまいました」
「幸せ……か」
リシャール様も嬉しそうに笑いながら言う。
「僕は、どこへでも飛んで行っちゃいそうなフルールがこの腕の中にいてくれているという事実だけで堪らなく幸せだ」
「飛ぶ……えっと……さすがに空は飛んだことがありませんわ。飛べるものなら飛んでみたいですけど」
私がそう返すとリシャール様は、ははは、と声を立てて笑う。
そして、なぜか笑いながら私のドレスのリボンを緩めようとする。
「……な、なぜリボンを?」
「うん? ああ、せっかくだからもう少し、フルールを地上にとどめながら堪能しようかと思って」
「堪能!?」
「そうだよ。そもそも、フルールの方から僕を押し倒して来たんだし、ね?」
「え? それ……は」
(あ、あら……?)
そう言ってリシャール様は極上の甘い笑顔を浮かべて迫って来る。
そんなリシャール様は、例えるならまるで肉食獣のようだと私は思った。
❈❈❈
一方、その頃のアンベールは……
(押し倒す? 押し倒すと言ったよな?)
チョロール発言といい、本当にフルールの思考は分からん!
そして押し倒すと言ったら…………本当にやるのがフルールだ。
あれは比喩なんかじゃないのがフルールの恐ろしいところ。
「今頃は押し倒しているのか……それともフルールが煽りすぎて形勢逆転、押し倒され返されているのか……」
そのどちらかだろう。
どちらにせよ、イチャイチャしていることに変わりはないが。
「フルールはもう少し“男”というものを知った方がいいからな……」
リシャール様のフルールへの想いは誰が見ても一目瞭然だった。
と、言うか俺の目の前で恋に落ちていたと思う。
フルールはリシャール様を国宝と呼んで眩しいなどと言っているが、リシャール様にとってはフルールの存在こそが眩しい存在なのは丸わかりだった。
(……フルールは可愛いだろう? 困らせられることも多いが、自慢の妹なんだ)
ベルトランはフルールの容姿に一目惚れして求婚して来たが、フルールの性格は見た目通りでもっと大人しいと思っていたのだろう。
フルールの性格を知ってすぐに戸惑っている様子が見て取れた。
フルールもそれを本能で察したのか、基本は明るく元気に振舞っていたが、本来のフルールらしさは半分くらいしか発揮していなかったように思う。
それでもフルールが幸せならば……と目を瞑ってきたが……
(ベルトラン、本当にバカな男だ)
本来のフルールがどれだけ眩しい存在なのか、後で知って気付いてももう遅い。
そして、行動力の塊のようなフルールを侮ったこと……王女殿下と共に深く後悔すればいい。
「……さて、フルールはしばらく戻って来ないだろう。仕事に戻るか」
今頃、思う存分イチャイチャしているであろう二人を正直、羨ましいと思いながら仕事に戻った。
675
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる