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20. 自覚する恋心
しおりを挟む(リ……リシャール様が!)
特にものすごい冷気を感じるところに目を向けると、国宝級の美男子・リシャール様がこれまで感じたことのない程の冷たい空気を放っていた。
(すごい冷気!)
リシャール様が、こんなにもピリピリして怒っている姿は初めて見た気がするわ。
怒ると眉間の皺が一つ、二つ……
などと呑気に刻まれた皺の数を数えようとしていたら、そのリシャール様に突然ガシッと腕を掴まれた。
「……?」
「……フルール」
「は、い?」
そして、怒りを孕んでいるせいなのか、いつもより低いリシャール様の声に胸がドキッとする。
その声に聞き惚れていたら、リシャール様は突然私を立ち上がらせる。
「??」
「───すみません。少しフルールをお借りします!」
リシャール様はお父様たちにそう言って私を部屋から連れ出した。
「え? リシャール様!? どうしたのですか?」
「……」
声をかけてみたけれどリシャール様は無言で私の手を掴んだままスタスタと廊下を歩くと、自分の部屋に入っていく。
(……? えっと?)
そして、リシャール様の手によって扉はパタンと閉められた。
「……?」
理解が追いつかず、私はどうしてここにいるの? ここで何をしているの?
そんな疑問を頭の中で浮かべていると、リシャール様と私の目が合う。
リシャール様は熱っぽい目で私を見つめていた。
「……フルール」
「!」
そして、これまた色っぽい声で私の名前を呼ぶとギュッと正面から抱きしめてきた。
「リ、リシャール……様、あ、あ、あの!?」
「……」
「は、離し……」
「……」
リシャール様は無言のはずなのに“離さない”という言葉を返された気がした。
それからしばらくの間、されるがままになっていたけれど、ようやくリシャール様が口を開く。
「────ベルトランめ……」
「?」
「浮気の誘いだと? あの男は……一体何を……何を考えているんだ!」
(お、怒っているわーー!)
お怒りのリシャール様は止まらない。
「三年間もフルールと婚約していたくせにそれを勝手に裏切っておいて、やっぱりフルールも欲しいだと!? 身勝手にも程がある!」
「え? いえ、さすがに私が欲しいなどとまでは書いて……」
「あの男は今更何を言っているんだ! 王女だけで我慢しておけばいいものを……絶対に絶対にフルールは渡さない!」
興奮しているリシャール様には私の言葉が届いていない様子。
こんなに興奮している姿は珍しいと思った。
(そういえば……)
パーティーで王女殿下がベルトラン様と真実の愛を叫んでいた時、リシャール様は戸惑ってはいたし、殿下にも考え直すように……と口にはしていたけれど、こんな風に怒りの感情をあらわにはしていなかったわ。
でも、今はこうして興奮してベルトラン様に対して怒りを覚えている……
(嬉しい……)
すごくすごく特別に想われているのが伝わって来て胸がキュンとなった。
「……リシャール様」
「! う、うん?」
名前を呼びかけたら、少し正気を取り戻したのかハッとした様子で返事をするリシャール様。
再び、私たちの目が合う。
「そ、そんなに私のこと……好きなのですか?」
「好きだ!」
迷う素振りも見せずに即答するリシャール様。
「明るくて楽しくて優しくて元気で強くて面白くて……すぐ走って行っちゃうところも」
「……」
「こうして好意を伝えるとすぐに真っ赤になって照れるところも」
「……っ!」
リシャール様の手が私の頬に触れる。
「なぁ、フルール。婚約破棄の同意は……もらったんだろう?」
「……」
私が小さく頷いて肯定すると、リシャール様はクスリと笑う。
「じゃあ、もうフルールに触れても誰にも怒られない、というわけだ」
「え?」
───チュッ
リシャール様の国宝級の美しい顔が近付いてきて、私の額にそっとキスを落とす。
「リシャ……」
「フルール、あのね?」
すぐに唇を離したリシャール様は、これまた直視するには眩しすぎる破壊級の笑顔を浮かべた。
「家族───公爵家や王女殿下に捨てられたことに対しては、何一つ未練なんて無いけれど、フルールだけはダメなんだ」
「ダ、ダメ?」
「うん…………フルールだけは嫌だ。絶対に絶対に手放せない」
リシャール様が力強い眼差しでそう宣言した。
「フルールだけは逃しちゃダメだと僕の勘が言っているんだよ」
「勘! ───つまり、野生の勘ですわね!?」
すかさず私がそう答えると、リシャール様の目が点になった。
「野生……の勘?」
「ええ! 私の勘ですわ。ただの勘ではありませんのよ! 野生ですから!」
私が胸を張って答えると、数秒ほど間を置いてリシャール様が吹き出した。
「……笑うところではありません! この勘は侮れないないのです!」
「ふっ、はは、どうして?」
「──あの日、倒れていたあなたを助けなくちゃ……と思ったのもこの野生の勘が働いたからですもの!」
リシャール様の目が大きく見開かれる。
そして、とてもとても嬉しそうに笑った。
「…………そうか。さすが、フルールだ───そして、僕を見つけてくれてありがとう──大好きだ」
「……ぅぅ」
(もうダメーーーー限界!)
その笑顔が眩しすぎて見ていられず、私は両手で顔を覆う。
そして、私の心臓はずっとキュンキュンとバクバクを繰り返すという大騒ぎを始めてしまい、ずっと落ち着かなくなってしまった。
────
翌日。
仕事の休憩中のお兄様とお茶を飲みながら私は切り出した。
「聞いてくださいお兄様。私はフルールではなく、チョロールという名に改名した方がいいかもしれません」
「!?」
ブフォッとお兄様が飲んでいたお茶を吹き出した。
「チョロー……!?」
「チョロールですわ。ピッタリだと思いませんか?」
「いやいや、フルール! 今度はなんだ? 何が起きたらそんな思考になる!」
お兄様が慌てふためく。
顔を拭いたり机を拭いたり……仕事を増やしてしまったわ。
「……せっかくフルールという名前をつけてもらいましたが、私にはこちらの方がピッタリなのではないかしら、と昨日からずっと悩んで考えていまして……」
お兄様がギョッとした目で私を見る。
「フルールが悩んでいた……? ハッ! だから、昨日の夜は食事のおかわりが三杯だけだったのか!!」
「そうなのです。胸がいっぱいでそれ以上は無理でした」
「普段は軽く五杯はいけるフルールが……と父上と母上も驚いていたが……」
「……はい」
私は神妙な顔で頷く。
ベルトラン様の浮気が発覚した後でも食欲は変わらなかったのに。
(リシャール様のことを想うと……)
「───で? フルールはどこに向かって思考が走っていった結果、その結論になったんだ?」
「それは……」
「それは?」
お兄様の目がじっと見つめてくる。
「───リ、リシャール様へのドキドキが止まらないんです!」
「ん?」
「顔も声も身体も行動も仕草も……どれも素敵すぎて何をしていても胸のドキドキが……!」
「お、おう?」
若干、引き気味のお兄様。
顔が引き攣っている。
「別にいいことだろう? リシャール様は泣いて喜ぶぞ?」
「一応、ベルトラン様からの婚約破棄の同意を得られたばかりで…………こ、こんなの……軽い女にしか見えないわと思ったら」
「んん?」
「好きだと言われてその気になっていくチョロい私…………全てを繋げたらチョロールという名が──」
「落ち着け、フルール!」
お兄様がガッと私の両肩を掴む。
「チョロールという名は大変面白いが、名前を呼ぶ度に笑い死にしそうだ。だからフルールのままでいてくれ」
「は、はい……」
お兄様に笑い死にされては困るので素直に頷いた。
「それから、お前のリシャール様への恋心だが……」
「こ、恋心……」
「本当は分かっているんだろう? 国宝級の顔が好き! とかはもう関係ない。リシャール様の全てを守りたい──そう感じていた時にはもう恋だったと思うぞ?」
(お兄様……)
目が合うとお兄様はニッと笑った。
「ちゃんとお前の正直な気持ちを伝えてやれ」
「……!」
私はガタッと勢いよく立ち上がる。
「私の気持ち……そうよね、ちゃんと伝えなくちゃ……」
「ああ、そうだ。その方がフルールらしいだろう?」
(そうよ、私らしく……!)
「───ありがとうございます、お兄様! お言葉に甘えて…………私、これからリシャール様を押し倒して来ますわ!!」
「ああ、行ってこ───……んっ!?」
「では、今すぐ行ってまいります!!」
私は勢いよくお兄様の部屋を飛び出して、リシャール様の部屋に向かって走った。
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