王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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19. 愚かな男

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❈❈❈



 返事を保留にしすぎたせいか、返事はまだかと催促がしつこかったが、ようやく家族での話し合いが終わり、シャンボン伯爵家……フルールに返事を送る内容が決まった。
 あとは、僕の個人的な手紙を書くだけだ。

(婚約破棄はもちろん同意する───だが)

 あんなとんでもない慰謝料の金額、どうしたって受け入れられるはずがない。 
 そもそも、僕がしたことと言えば、フルールにきちんと話を通す前に大勢の前でシルヴェーヌ様に愛を誓ったことくらいだろう?
 確かに何も言わなかったのは悪かったとは思うが、何もここまで……

「だが、こうまでして僕が離れるのを引き止めたいというのは、まぁ……うん、可愛いじゃないかとも思うし……正直、悪くない」

 僕がそう呟いた時だった。

「ベルトラン?  それは何の話だ?」
「……父上?」

 僕に用があったのか、部屋に訪ねてきた父上が独り言を聞いていたようだ。

「え?  えっとそれは……」
「今のはシャンボン伯爵令嬢……フルール嬢の話だろう?  彼女がお前が離れるのを引き止めたいというのはどういうことだ?」
「それは、だ、だから……」

 仕方がないので僕は説明する。

「実は、フルールはまだ僕に未練を残しているようで」
「なに?  ではあの高額の慰謝料請求は?」
「おそらく……フルールの僕への未練がタラタラだからこのような法外な金額を吹っかけているのだと。これはシルヴェーヌ様も仰っていました」

 父上は、ふむ。そうか……と呟いた。
 そして何かいいことでも思いついたのかニヤリと笑った。

「なら、ベルトラン。お前はフルール嬢を誘惑して慰謝料請求の金額を減額してもらうんだ!」
「は?」

 誘惑する?  フルールを?  婚約破棄したのに?

「あの娘、元気はいいが、お前が求婚するまで誰からも相手にされてこなかった令嬢だろう?」
「そう、ですが……」

 確かに三年前、フルールに求婚した時、初めて申し込まれたんですと言っていた。

「つまり、お前に振られたらもう後がない!  次の嫁ぎ先の宛もなく見つからないので必死になってお前にしがみつこうとしているのだ!」
「その通りだとは思いますが、父上。だからといって誘惑というのはさすがに……」

 僕は戸惑う。
 そんなことをして、もしシルヴェーヌ様に嫌われたら僕はどうなる?
 僕は運命の人を失い、父上もせっかくの王家との縁が潰えてしまうかもしれないんだぞ?

「分かっている。だが、このまま言われるがままに請求された慰謝料を支払えば我が家は……」
「うっ……」
「さすがに貴族の子息の身分……伯爵以上の身分がないと王女殿下とは結婚出来ないだろう?  それでもいいのか?」

 父上の言う通りだ。
 今は少しでも支払い金額が安くなる方法があるならなんでも試すべきだと……

「それに何も本気で誘惑しろとは言っていない」
「え?」

 意味が分からず顔を上げると父上がニヤッと笑う。

「誘惑するフリで騙せばいい。シャンボン伯爵家が慰謝料金額の減額に関して頷きさえすればこっちのものだからな!」
「誘惑するフリして騙す……」
「王女殿下にも誘惑するフリをすると話しておけばいいだろう」

 父上はあっさりそう言った。

「でも、シルヴェーヌ様はとても繊細な心の持ち主なので───」
「いいから、さっさと殿下に事情を説明し、フルール嬢には二人っきりで話がしたいと呼び出すんだ。お前に未練タラタラなら、のこのこ誘いに乗って会いに来るだろう」 

 よほどこの案に父上は自信を持っているらしい。

「まあまあ可愛い顔をしていたが、あまり物事を深く考えてなさそうな単純な性格の娘だったじゃないか。大丈夫、上手くいく」

 この時の父上はとても悪い顔をしていたが、あのバカ高い慰謝料請求を減額させるチャンスだと思ったので僕は頷いた。

(そうさ、本当に誘惑するわけじゃないなら、フルールと二人っきりで会ってもこれはシルヴェーヌ様への裏切りなんかじゃない……)

 元婚約者とちょっと顔を合わせるだけ。
 大丈夫、大丈夫……
 シルヴェーヌ様なら分かってくれる。

 僕は自分にそう言い聞かせて、フルールへの手紙に出来れば君と二人っきりで直接会って話がしたい、と書いた。
 そしてシルヴェーヌ様の元にも報告に行くことにした。


────


(フリとはいえ、フルールを誘惑すること……なんて言い訳しようかなぁ……)

 そんなことを考えながら王宮に向かい、シルヴェーヌ様の部屋に向かう。
 扉をノックするとシルヴェーヌ様が嬉しそうに出迎えてくれた。

「ベルトラン!  ちょうど良かったわ。実は貴方を待っていたの!」
「え?  僕を待っていたのですか?」
「うふふ!  以心伝心ね!」

 ああ、今日も僕のシルヴェーヌ様は美しいのに可憐だ。
 思わずうっとり見惚れる。

(……ん?)

 その見惚れた先に何かが大量に積み上がっている山が見える。

(……?  あれはなんだろう?)

 僕の視線に気付いたシルヴェーヌ様が、うふふっと笑ってその何かの山を指差した。

「前に話したでしょう?  わたくしの伴侶になるための教育と試験について」
「はい」
「その準備が出来たの。というわけで、ベルトラン。これがまず貴方への教育の課題について書かれた紙よ!」

(…………へ?)

 思わずそんな間抜けな声が出そうになった。
 この山が……課題?

「どうかしら?  これくらいなら、リシャールは数日で片付けていたから……ベルトランも大丈夫よね?」
「……っ!」

 僕はニコッと笑って誤魔化すも、内心では顔を引き攣らせる。

 この僕の身長よりも高そうな紙の山が……僕への課題、だと?
 これを……え?  元婚約者は数日で片付けていた?
 は?  人間じゃないだろうーー?

(だが、時間が多少かかっても、これを片付けて試験にさえ受かれば……)

 そう考える僕にシルヴェーヌ様はとても美しい笑顔を浮かべて言った。

「ベルトラン、それが終わったらまだまだ次もあるわ。もちろんわたくしとの愛のために頑張ってくれますわよね?」
「!?」

(つ、次も……あるだと!?)

 それもまだまだ……と言わなかったか……?
 高く高く積み上がっている課題とやらを見上げていると、背中に冷たい汗が流れた。



❈❈❈



 ベルトラン様からの届いた手紙の気持ち悪い一文を見ながらゾッとしていた私はふと思った。

(待って?  ……これ、読みようによってはベルトラン様からの浮気の誘いに見えないかしら?)

 真実の愛だの運命だのと言って王女殿下を選んだくせに、元婚約者の私にまで誘いをかける浮気男からの手紙……
 もちろん誘いに乗る気なんて全くないけれど、これは今後、ベルトラン様が浮気男だという証拠を示すのに使える時が来るかもしれないわ!
 そう思ったら笑みがこぼれた。

「フルール?  さっきまでは眉間に皺を寄せていたのに、今度は急にニコニコし始めてどうした?」
「お兄様?」
「今、フルールが手に持っているのは、ベルトランからの手紙だろう?」

 手紙を読みながら突然笑った私のことを不審に思っているらしい。

「まさか、面白いことが書いてあったのか?」

 お父様が興味を示すと、その横にいるお母様も興味深そうに言った。

「あらあら……いったいどんな愚かなことが書いてあったのかしら?」
「お、母様?」

 なんと、お母様はベルトラン様の手紙を愚か呼ばわり。
 でも……そうね、その通りだわ! 

「……えっと、実はベルトラン様から私に浮気のお誘いがありましたの」

 ───ピシッ

(あら?)

 なるべく簡潔に説明をしなくては……そう思って口にしたけれど部屋の空気が一瞬で凍りついた。

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