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10. 元気になってもらいたい
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部屋を出た私はそんなことを思って顔を曇らせた。
「フルール?」
「あ、いえ。何でもありませんわ、お兄様」
私も疲れてしまったわ。
ふわぁ……とあくびが出てしまう。
「フルールも眠そうだな」
「ええ……それではおやすみなさい、お兄様」
「おやすみ」
お兄様と別れて自分の部屋に向かいながら考える。
───明日は慰謝料請求の金額について決めて請求書を送り付けないと……!
婚約破棄の手紙をさっさと送り付けたように、こちらもスピードが肝心。
もたもたしていたら向こうがどう出てくるか分からないものね。
こうして、私の運命をすっかり変えることになった王女殿下の誕生日パーティー。
波乱だらけの一日は終わった。
そして、翌朝。
私は少しドキドキしながら、リシャール様の部屋の前にいた。
その手に持っているのは朝食。
まだ、起き上がるのが精一杯なはずの彼のために運んで来たのだけど。
(なんでこんなに胸がドキドキしているのかしら?)
不思議に思いながらも深呼吸をしてから扉をノックした。
「───おはようございます! リシャール様」
「……! フ、フルール!」
私が部屋に入るとビックリして勢いよく起き上がったリシャール様。
ちょっと慌てるその姿にクスッと笑いが込み上げる。
「え、何で朝からここにって……それは朝食……?」
「そうですわ!」
「……どうしてフルール自ら?」
「?」
そんなに驚かせ過ぎてしまったかしら?
まぁ、公爵家では使用人が運ぶのが当たり前だったでしょうし、驚くのも仕方がないわよね。
我が家だって基本はやらないわよ。
私は運んで来た朝食をベッドの傍のテーブルの上に置いて近くの椅子に腰掛ける。
「あれから眠れましたか? 傷は痛まなかったですか?」
「……傷は大丈夫」
「……」
リシャール様は少し悲しそうにそれだけ言って目を伏せる。
よく眠れたとは言わなかった。
(……目が赤いわ。寝付けなかったのね……)
それならば!
私はいいことを思いついた。
「そうだわ! リシャール様。もし良かったら今夜はあなたが眠れるように私が子守唄を歌いますわ!」
「子守唄?」
悲しそうだったリシャール様の目が驚きに変わる。
「そうです! なんと! 私の子守唄は聞くと、すぐに眠れてしかもなかなか目が覚めないんですよ!」
「え?」
「子供の頃からよく家族に披露して来たのですけど、皆すぐにぐっすり! 揺すっても頬をつねっても顔に落書きしても起きません!」
「へぇ、それは凄いな」
興味を持ってくれたことが嬉しくて微笑む。
「あまりの眠りの深さに、皆には危うく違う世界に旅立つところだった……と言われるくらいの評判なので、きっとリシャール様も聞いたらぐっすり安眠出来ますわ」
「ん?」
何故かそこでリシャール様が首を傾げた。
「効き目があり過ぎるから、むやみやたらに披露するなよ……とお兄様には言われていますけれど」
「……う、ん?」
「リシャール様、どうかしました?」
リシャール様が何か言いたそうな目で私を見ると、おそるおそるといった様子で口を開いた。
「フ、フルール……その子守唄って、え? 本当に披露しても大丈夫なもの……か?」
「もちろん、リシャール様は特別です!」
私は胸を張って答える。
「あ……いや、そういう意味ではなく…………え? 特別?」
特別という言葉に固かったリシャール様の顔が綻んだのを私は見逃さない。
「ええ、ですから今夜は楽しみにしていてくださいませ! ぐっすり安眠、間違いなしですわ!」
「……あ、ありがとう」
リシャール様の頬がまたほんのり……昨日よりも赤くなった気がする。
もしかして熱かしら? と思い、後でお医者様に言っておこうと思った。
「さて、朝食にしましょうか? 料理人に頼んで怪我している手でも食べやすいように工夫してもらいましたわ」
「え?」
リシャール様の前に運んで来た朝食を置くと、彼は驚いて私の顔を見る。
「手にあまり力が入らないから、今はナイフとフォークは持ちづらいでしょう?」
「……」
「どうしました?」
リシャール様はご自分の手を握りしめながら明らかに動揺していたので、聞き返してみた。
「甘え……にならないのかな」
「甘え?」
「怪我をしているから……そんなことを言い訳に持てないと言うのは、恥で甘えた行為だって……ならない、か?」
「……」
リシャール様のその言葉で彼がこれまでどんな教育を受けてきたのか垣間見えた気がした。
とんでもない公爵家ね。
「───なりませんわよ?」
「!」
ハッとしたリシャール様が顔を上げて私を見る。
私たちの目がパチッと合った。
「なら、ない?」
「ええ! だって出来るのにやらないことと、やりたくても出来ないことは全然違いますもの」
「出来……」
「そして今のリシャール様は、やりたくても出来ない状態なんです! 一体これのどこが恥なんですか?」
「フルール……」
目を丸くしながらも私の目を見続けようとするリシャール様に微笑みながら続ける。
「リシャール様ってたくさんの荷物を一人でも無理して頑張って運ぼうとする人ですわね?」
「……え!」
その動揺した顔!
美しいですけど、どうやら当たりのようですわ。
「そういう時は、周囲に助けを求めても構わないんですよ」
「……助け? 求める?」
私は頷く。
「たくさんの荷物なら皆で運んだ方が絶対に早いでしょう? 効率の面で考えても悪いことなんてありませんわ。ですから頼れるところは頼る! 一人で抱え込む必要はないんです」
「フルール……」
「だってこれからのリシャール様は公爵家のために生きるのではなく、自分のために生きる───自由なんですから」
「……」
リシャール様の目はどこか揺れていた。
「……って、語りすぎましたわね。さ、さあ、朝食にしましょう!」
「あ、ああ」
何だか話が脱線した気がするので、私は慌てて話を戻す。
そして朝食に手をつけようとしたリシャール様があれ? といった目で私を見る。
「その皿って……もしかしてフルール、の分?」
「そうですわ」
「え? ここで僕と一緒……に食べよう、と?」
私は当然のように頷く。
「だって、一人で食べるなんて味気なくて寂しくて心細いじゃありませんか」
「!」
「あ、ですが……リシャール様が一人の方が落ち着くというならさすがに無理強いは───」
「───い、いや! …………ここに居てくれる、と嬉しい……い、居てくれ!」
ちょっと恥ずかしそうに伝えてくれるその姿に思わず笑がこぼれた。
「ふふ、良かったです。それでは頂きましょう!」
「ああ。い、いただきます……」
リシャール様との二人っきりの朝食は、なぜかちょっぴりいつもと違う味がする。
でもいつもより何だか美味しいと思えた。
(よーーし、たくさん食べてこの後は、慰謝料請求の計算よーーーー!)
気合いもたくさん入れた。
❈❈❈
───その頃のモリエール伯爵家。
「ち、父上、母上……そ、それは?」
普段なら和やかに過ごす朝食の席で父親からベルトランに渡された物。
それは一通の手紙。
「……昨夜遅くにシャンボン伯爵家から緊急で送られて来た」
「え? 昨夜?」
昨夜はシルヴェーヌ様の誕生日パーティーだろう?
家族で参加していたじゃないか!
いったいつ手紙を……?
(そういえば、待てど待てどもフルールはあの場に突撃してこなかった……が)
昨夜のパーティーでは予想に反して待ちぼうけという屈辱を味わったことを思い出す。
「……その手紙の内容は」
聞かなくても想像はつく、が念の為に訊ねる。
父上はチラッと僕の顔を見ると盛大にため息を吐いた。
「────お前の不貞行為により、婚約破棄をするという内容だ」
「っっ!」
やっぱりだ!
婚約破棄は喜ばしいことだけど、これは一番、最悪なパターンでの婚約破棄だ。
「……我が家の有責……で?」
「そういうことだ。詳しい請求額は後ほど送ってくるそうだ」
「……っ」
(やられた……)
「ベルトラン。昨夜は、聞いていた話と違ったな。あれはなんだ? シャンボン伯爵令嬢に原因があるという理由で婚約破棄になると言っていただろう?」
「ぐっ……」
フルールが突撃して来なかったせいで計画が狂いまくりだ……
「もうお前は大勢の前で王女殿下に愛を誓ってしまった、取り返しがつかん」
「はい、僕の運命の相手は王女殿下です」
もう僕は王女しか見えない。
「なら、後はせめてシャンボン伯爵家からの慰謝料請求が穏便な額であるようにと願うしかあるまいな」
「そう、ですね……」
僕は落ち込む。
(シルヴェーヌ様のためにも、我が家の有責での婚約破棄にはしたくなかったのに……)
そして。
昨夜の浮かれ具合から一転、落ち込んでいた僕の元に夕方に再度、シャンボン伯爵家から手紙が届く。
それは慰謝料請求の金額を書いた手紙だったが……
(早いな……もう送って来たのか?)
開封した手紙を見て僕は自分の目を疑った。
手紙を持つ手は震える。
「─────な、何だこの額はっっっ!?!?」
そこには見たことないほどのバカ高い請求金額が書かれていた。
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