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9. 距離が近づいた?
しおりを挟むリシャール様は身体を震わせながら笑っている。
その様子を見ながら私は少しだけ複雑な気持ちになった。
(リシャール様の笑顔が見れたし、元気が出たのはいいことだけど!)
私的にはすっごくいいことを言ったつもりだったのに。
元気づけたかったけれど、決して笑いを取りに行った覚えはない。
そう思っていたらお兄様がポンッと私の肩を叩いた。
「フルール……」
「……お兄様?」
お兄様はじっと私の顔を見つめる。
そして、フッと笑った。
「もう! お兄様まで笑うなんて!」
「いや、フルールだなと思っただけだよ」
「意味が分かりません!」
私が怒ってもお兄様は軽く笑うだけだった。
(ま、いいわ!)
私はチラッとリシャール様を見る。
だって、リシャール様があんな風に笑えるくらい元気も出たことの方が今は嬉しいもの。
実は、前にちょっとだけ社交界の噂で聞いたことがある。
モンタニエ公爵はとても厳格で厳しい方なのだと。
だから嫡男のリシャール様は昔からかなり厳しく躾られてきたって。
そして、さらに王女殿下の婚約者にも選ばれてしまったので、ますます自由なんてなくなり教養やらマナーやら武道やらの日々だったとか……
(だからなのかしらね? さっきのリシャール様“自由”と口にした時、瞳が不安そうに揺れていたわ)
それなら、これから先は楽しいことをたくさん経験してもらいたい。
それに、私はこうも思う!
リシャール様なら絶対、モンタニエ公爵の名前がなくても問題なく生きていける! と。
だってそれだけの努力をしてきた人だもの。
(それに、何より……)
───顔がいい!
あの美貌はやっぱり最強! 国宝級の素敵な笑顔!
絶対にもうあんな悲しい顔はさせないし、今回のような傷も付けさせないんだから!
「────おい、フルール! 頼むから現実世界に帰って来い!」
「!」
お兄様の声でハッと我に返る。
「……えっと、お兄様?」
「フルール。そんなに穴があきそうな目でリシャール様のことを見つめているから、戸惑っているぞ」
「え?」
そう言われて改めてリシャール様の顔を見たら照れ臭そうにしていた。
つられて少し私も恥ずかしくなってしまう。
「それにしても、フルール」
「な、なんですの?」
お兄様が横から声をかけてきた。何だか声が少し真面目。
改まって何かしら?
「いや、常々思っていたんだが、お前には悩みとかないのか?」
「え! 悩み?」
「……それは僕も気になる、かな」
なんとそこにリシャール様も参戦。
「悩み……」
私に悩み?
そう言われてうーんと考える。
ベルトラン様の様子がおかしくて不審だった理由はもう判明したし。
強いて言うなら男性を見る目が無かったことかしら?
そう思った時、一つ思い当たる。
(あ!)
私は、これだ! と、ポンッと手を叩く。
そしてお兄様に笑顔を向けた。
「───お兄様! ありました、ありましたわ! 私の悩みごと!」
「……」
せっかく見つけたのに何故かお兄様はしかめっ面。
そして首を静かに横に振った。
「なんでだろうな。全然、悩んでいるように見えない……」
「え?」
お兄様の横でリシャール様もうんうんと頷いている。
「失礼ですわね! 本当にここ最近悩んでいますの!」
「え? 本当に?」
「あるのか!?」
リシャール様とお兄様が仲良く声を揃えて私をまじまじと見る。
「ちょっと二人ともその驚きはどういう……?」
「そんなことは気にするな。で? それはなんだ? フルール」
「それは───……」
ゴクリ。
部屋の中が(何故か)得体の知れない緊張感に包まれた。
「───最近、少し太りましたの」
「ふと……」
私の発した言葉をお兄様が復唱しようとした所で、ハッと慌てて口を押さえた。
「べ、別にそんなことはないと思うが……?」
うんうんとリシャール様も頷いている。
そう言ってくれるのは有難いけれど───……
「そうかしら? でもね、これも……ベルトラン様のせいだと思うの」
「は?」
「え?」
二人が、何でって顔をしている。
実は一見、関係無さそうだけど大いに関係あるのよ!
私は説明する。
「お兄様はご存知だと思うけれど、ここ最近のベルトラン様って様子がおかしかったでしょう?」
「あ、ああ……そうだな」
「それで私、彼と会っている時に無言の時間が続きすぎて間が持たなくて……それでお茶をずっとずっとずっとずっとお腹がタプタプになるくらい毎回飲んでいましたの」
「タプタプって……」
想像したのか、リシャール様とお兄様の顔が引き攣る。
「あー……フルール。つ、つまり?」
「つまり、ベルトラン様のせいで、私はタプタプに……これも慰謝料に上乗せ出来るかしら?」
リシャール様とお兄様が顔を見合わせる。
そしてお兄様がまた、私の肩にポンッと手を置いた。
「大丈夫だ。ベルトランとはもう婚約破棄するんだぞ? それなら、もうフルールがタプタプになるまでお茶を飲むことはない」
「そ……そう、そうよね! もうベルトラン様とお茶を飲むことなんてないものね!」
「だろう?」
良かった!
これでこれ以上太る心配はなくなったわ!
そう思った私は二人に向かって満面の笑みで言う。
「まさに、婚約破棄万歳ですわね!」
「こ……」
「万歳……!?」
私がそうして喜んでいると、お兄様は頭を抱え始め、リシャール様はまたしても吹き出した。
すると、今度はリシャール様が可笑しそうに訊ねて来る。
「フルール嬢……君のその常に明るい発想とパワーはどこから来るのだろう……?」
私のパワー?
それは……
「そんなの簡単ですわ! 美味しいものをたくさん食べて、よく寝ることですわ!」
私がそう答えると、リシャール様は驚いていた。
「…………え? 本当に? 意外と普通なんだ、な」
「そうですか?」
「ああ、意外だった」
(……っ!!)
この時、クスッと笑ったリシャール様の笑顔が眩しくて私の心臓がドキッとした。
「睡眠は分かるけど……美味しいもの?」
「美味しいものは大事ですわよ! リシャール様」
「え?」
「ですから……さっきのパーティーでご馳走を食べれなかったことは少しだけ悔やんでいますわ……」
私がほんの少し悲しげにそう言ったら……
「フルールよ……もしかして、さっきのお前の悩みの原因、実はそっちなんじゃ……」
「!」
私は余計なことを言い出したお兄様をキッと睨む。
そんなことはないわよ……多分。
「と、とにかく! そういうことですから…………あ!」
その時、時計が視界に入り、なかなかいい時間になっていることに気付いた。
(いけない! リシャール様にこれ以上無理はさせられない!)
「ごめんなさい、リシャール様。もうすっかりこんな時間になっていました。今日はこのままゆっくり休んでくださいませ!」
「え? ……あ、ああ」
リシャール様はぎこちなく頷く。
「リシャール様、明日は我が家の料理人に美味しいものを作らせますわ! 楽しみにしていてくださいね!」
「…………あ、ありがとう、フルール嬢」
「フルールで構いませんわ」
私がそう言うとリシャール様は、パチパチと目を瞬かせる。
そしてリシャール様は少し躊躇いながらも「……フルール」と呼んでくれた。
(何だか距離が近付いたみたいで嬉しい!)
だから私はとびっきりの笑顔で挨拶を返すことにした。
「はい! それではリシャール様、おやすみなさいませ!」
「お……おやすみ、フルール」
(……あら?)
その時のリシャール様の顔は、ほんのり赤く染まっているように見えた。
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