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7. 私が守ります!
しおりを挟む「こ、国宝級?」
「ええ、お父様。あれを失っては国の……いえ、人類の損失ですわ!」
「人類が!?」
私は力強く頷く。
けれど、お父様はすぐに首を縦に振ってはくれない。
「リシャール様は公爵家から追放されてしまいました。あの様子、彼は全く予期していなかったと思われますわ。そして理由は不明ですが怪我も負っています」
「そうだな……気の毒な話だ」
よし! お父様が同情心を見せて来た。
ここから更に畳み掛けるわよ!
私は気合を入れた。
「つまり今のリシャール様には行き場がないはず」
「ああ、そうだろうな」
「そんな彼を、目が覚めたからといってこのまま放り出すなんて出来ません! せめて、怪我が治って行き場が見つかるまででも構いません」
私がそう言いながらグイグイ詰め寄ると、お父様は私のことを引き剥がしながら言った。
「フルール……彼はそんなにいい顔なのか?」
「最高に整ったお顔ですわ」
私は深く深く頷いた。
────私がそんなお願いをお父様にしていた頃。
客間では残されたリシャール様とお兄様が気まずそうに互いにチラチラと様子を探っていた。
「……」
「……」
(困ったな。これは気まずいぞ……?)
アンベールは残されたリシャールにどう対応すべきか頭を悩ませていた。
何を思いたったのか。
自由人な妹は突然父上の元に走って行ってしまった。
(いったい何を思いついたんだ? ダメだ……フルールの思考はいつも分からん……)
チラッとリシャール様の顔を見る。
(確かに顔は……いい)
怪我の処置で頬に大きなガーゼが貼られているが、それでも男の自分から見ても美しくてかっこいい人だと思う。
リシャール様とはこれまでパーティーなどで顔を合わせる機会は度々あったが、じっくり話したことはなかった。
伯爵家の自分と公爵家嫡男で王女の婚約者だったリシャール様との距離は遠い。
「……元気いっぱいでパワフルな妹さんだな」
「え?」
声をかけられたので、抱えていた頭を上げる。
自分と目が合うとリシャール様はハッとして気まずそうに頭を下げた。
「いや。す、すまない。今のは君の妹に対して変な言い方だったかもしれない。悪い意味ではないんだ」
「い、いえ。全くもってその通りですから。お気になさらないでください!」
「そ……そうか?」
慌てて否定したらリシャール様は少し安心した様子を見せる。
フルールとは初対面のはずだ。それでこの感想か……と笑いたくなった。
すると、リシャール様も苦笑する。
「……まさか、自分があの場で言われた“悪役令息”にちなんでシルヴェーヌ殿下のことを“悪役王女”などと呼ぶなんて思わなかった。それもその方がしっくり来る……って」
「同感です……」
自分も肯定するとリシャール様はますます笑った。
眩しいな……
「あの時、どうしてこんなことになったのか分からず、突然、殿下に突き放され家族にも周囲にも冷たい目を向けられて目の前が真っ暗になったが……」
「リシャール様……」
「助けてくれてありがとう」
「!」
リシャール様が俺のような者に深く頭を下げた。
「い、いや、お礼は、い、妹に……フルールに言ってやってください!」
「彼女に?」
「倒れていたリシャール様をこのまま保護して家に連れ帰ると言い出したのはフルールですから」
「……そうなのか?」
誘拐だなんだ言っていたことは伏せておこう。
父上の話だと頬をペチペチする? なんて発言もしていたらしいが……
「では、戻って来たらお礼を言わなくては───……」
リシャール様がそう口にした時だった。
「───戻りましたわ! お父様からは許可をもぎ取って参りましたのでご安心くださいませ!」
部屋を出て行った時と変わらず、元気いっぱいな様子でフルールが戻って来た。
しかも満面の笑みを浮かべている。
「は?」
「許可……?」
俺とリシャール様が揃って首を傾げる。
すると、フルールはにっこり笑顔を俺たちに向けた。
「はい! リシャール様が我が家にこれからも滞在する許可です!」
「え? 滞在……?」
(うわぁぁぁ、フ……フルールがまた突っ走っていたーーーー!)
フルールの言葉にリシャール様が目を丸くしている。
ああ、分かる……その気持ち。手に取るように分かる。
いつそんな話になったっけ? そう思っているはずだ。
(俺もだよ……)
戻って来たフルールは俺の隣に腰をかけるとそのまま続ける。
「もちろん無理強いは致しません。ですが、リシャール様に今すぐ決まった行き場がないのなら……せめて怪我が癒えるまででも、どうぞ我が家に滞在してくださいませ!」
「……」
リシャール様は完全に言葉を失っている。
こんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。
(俺もだよ……)
少しして、ようやく頭の整理がついたのかリシャール様が戸惑い気味に訊ねる。
「このまま……シャンボン伯爵家に滞在……? お世話に、なる?」
「ええ、リシャール様が我が家で不満がなければですけれども。それともどこか行く宛は既に決まっていましたか?」
「い、いや……無い」
「……」
リシャール様は顔を横に振るとそのまま俯いてしまう。
フルールは手を伸ばすとそんなリシャール様の手を優しく握った。
「では、決まりですわね! これからよろしくお願いしますリシャール様。あ、ご安心ください! あなたのことは全力で私が守りますから」
「……え? 守る……? なんの話……」
「フルール?」
(守る? 何を? …………って、顔か!)
俺と目が合うとフルールはコクリと頷いた。
そんなフルールの怒涛の勢いに完全に面食らっているリシャール様。
これまで自分の見ていたリシャール・モンタニエ公爵令息は冷静沈着なイメージがあったが、案外、普通の人なのだなと思った。
────
(かなり、戸惑わせてしまった……?)
目の前のリシャール様の手を握りながらそう思った。
でも、戸惑ってはいるけれど我が家に滞在することを嫌がっている様子はない。
これならあの国宝級の笑顔を守れるわ!
「な、なぁ、フルール……」
「お兄様? どうしました?」
「お前は父上の所に行ってその話をして戻って来たのか?」
「そうですわ?」
私が頷いたらお兄様が「一言くらい言ってくれよ……」と項垂れた。
「め、迷惑ではないのか?」
お兄様と話していたらリシャール様がおそるおそる訊ねて来る。
「迷惑? どうしてです?」
「もし、悪役令息なんて言われて捨てられた僕を匿ったと知られたら、シャンボン伯爵家が……」
「リシャール様」
私は握ったままだったリシャール様の手に少しだけ力を込める。
あまり強く握ると怪我に障るので気を付けないといけない。
「ご安心下さい。あなたが悪役令息だと言うのなら、私は悪役令嬢になり損ねた女です。もう仲間のようなものですから」
「……え?」
「悪役……令嬢!? フルール! 今度は何の話なんだ!」
リシャール様はまたもや目を丸くし、お兄様は勢いよく詰め寄って来た。
「想像の世界の話ですけど?」
「そ……お得意の妄想か!?」
「……」
お兄様までお父様と同じようなことを言うのね、と思いつつお父様と話したことをお兄様にも説明した。
「───それで、悪役令嬢……」
「なり損ねです」
「ならんでいいだろ!」
お兄様がそう言った時、ようやく事態を理解したと思われるリシャール様が間に入って来た。
「ま、待ってくれ! え、君が……あのモリエール伯爵令息の婚約者……?」
「そうです! あ、婚約は破棄しますけど」
私は先程、お父様が婚約破棄を告げる手紙を書き終えたので、早馬でモリエール伯爵家に送っていることを話した。
それを聞いてもリシャール様の手は震えている。
「そう、だよな……婚約者……どうして、そのことまで思い至らなかったんだろう……」
リシャール様が苦悩の表情で私を見る。
「す、すまない! 僕が……僕のせいで君に辛い思いをさせた!」
「え? なぜ、リシャール様が謝るのですか?」
私の質問にリシャール様の方がえっ? という顔になる。
「だって、僕が王女殿下をもっとしっかり繋ぎ止めておければ、君がこうして傷つくことは無……」
「いいえ! リシャール様は何も悪くないです」
「悪く……ない?」
私は大きく頷く。
「だって、私は傷ついていませんもの」
「え?」
「あの二人……リシャール様を悪者にして真実の愛を知ったとか運命の人に出会ったとか、なにやらロマンチックに言い換えてましたけど、やったことはただの浮気です」
「……!」
リシャール様が息を呑んだ。
「つまり、あの二人はその程度の人間だった、ということですわ」
「その程度の……人間?」
続けてリシャール様は呆然と呟き返す。
「ええ。ですから私、その程度の虫けらのような人間のためにわざわざ傷ついてあげたりしませんわ」
「虫……傷ついたりしない……?」
「胸を痛める価値も無い人たちですからね。慰謝料をたっぷりむしり取って、さっさとさようならですわ!」
「……!」
私のそんな言葉にリシャール様は、また目を丸くしていた。
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