4 / 354
4. 野生の勘が働いた
しおりを挟む「ねぇ、あなた。どうします? このままではフルールが……」
「ああ。話は聞いていたが、まさかベルトラン殿がこんな愚行を犯すとは」
「フルールがショックを受けていないか心配だわ」
「そうだな。まずは、フルールの心のケアを───」
(あ、いたいた!)
お父様とお母様は会場の隅で深刻そうな顔で話していた。
「───お父様、お母様! 帰りますわよ!」
元気いっぱいにお兄様を引き摺りながら現れたせいか、二人はギョッとした目で私を見た。
「フルール!?」
「ちょっと!? なんでアンベールを引き摺っているの?」
お母様が私に引き摺られているお兄様を見て目を丸くした。
「私が邸に帰ると言っているのに、お兄様ったら何だかオロオロしていたので、引き摺って来ちゃいました! さ、帰りましょう! 婚約破棄と慰謝料請求の準備ですわ!」
私が満面の笑みでそう説明したら、二人がポカンとした顔で私を見てくる。
「二人共、どうしました?」
「フルー……いや……なんでもない、帰ろう……な!」
「そ、そうね、あなた!」
「?」
お父様とお母様は互いに目を合わせると、少しぎこちない様子で頷き合っていた。
そうして会場を出る際、最後にもう一度ベルトラン様の方を見ると王女殿下の手を取ってその場に跪いて手の甲にキスをしていた。
ワッと盛り上がった会場内の声により、ベルトラン様がそこで王女殿下に“永遠の愛”を誓ったのだと分かった。
(真実の愛の次は永遠の愛? ……聞いてて背中が痒くなるわ)
ベルトラン様? 永遠の愛を誓う前にまず私と婚約破棄が先ですよ~
お金たっぷり用意しておいてくださいね~
今も私の存在をすっかり忘れているであろうベルトラン様に心の中で語りかけておいた。
こうして私はシルヴェーヌ王女殿下の誕生日パーティーを後にした。
───この時、悪役令息などと呼ばれ悪者にされた挙句、婚約者だった王女や家族に手酷く捨てられてしまったリシャール様が会場から姿を消していたことには誰も気付いていなかった。
❈❈❈
私たち全員が馬車へと乗り込むと、お父様が口を開いた。
「──慰謝料請求ということは、フルールはベルトラン殿とは婚約破棄で構わない……んだな?」
「ええ。とてもとても大きなショックは受けていますけど、どうやら、ベルトラン様は私ではなく王女殿下と真実の愛を見つけてしまったようですし」
「フルール……ショックなんて受けていないのでは? と、思えそうなほど元気そうに見えたがやはり……」
「そんなに大きなショックを? ……いえ、当然よね」
私が神妙な顔でそう口にするとお父様とお母様が悲しそうな表情になる。
娘の男の見る目の無さにガッカリしているのね、分かるわ。
「アンベールから話を聞いた時は半信半疑だったが、このようなことになるならもっと早くお前に話しておけば良かったな……」
「ええ、確かに早く知りたかったですわ」
私はコクリと深く頷く。
「すまなかったな、フルール」
「ごめんなさいね、フルール……」
お父様とお母様が悲しい目で私を見ている傍で、なぜかお兄様だけが、
「いや、それ意味合い全然違うから……フルールが言ってるのはそういうショックじゃないんだよ……」
と、よく分からないことを呟いて頭を抱えていた。
そんな話をしていると準備が整ったらしい馬車が出発。
しかし、走り出して少し経ってから馬車がガタンッと音を立てて急停止してしまう。
「な、なに?」
「びっくりしたな……」
「──何があったのか確認してこよう」
私とお兄様がびっくりしていたら、お父様が馬車を降りて話を聞くために馭者の元へ向かう。
(どうしたのかしら? 車輪でも故障してしまった?)
ハラハラしながらお父様が戻ってくるのを待っていたのだけど、なかなか戻って来ない。
どうしたのかしらと思い、扉を薄ーく開けて、更に薄目で外を覗いていたら、お父様と馭者の声が聞こえて来た。
「───人を轢いただと!?」
「い、いえ! 直前で路に倒れているそこの人に気付いたので慌てて止めました。なので轢いてはいない……はずです」
「だが、ボロボロで倒れているぞ? 怪我もしている」
(──これは、事故!?)
どうやら、馬車の故障ではなく事故らしい。
そして確かに馬車の前には倒れているらしい人の姿が見えた。
「事故か?」
「ええ、そのようです」
やはり何が起きているのか気になったらしいお兄様もヒョコッと顔を出す。
「んー? 何だか身なりがボロボロのようだな。平民が馬車の前に飛び出したとかかな?」
「……そう、ですわね」
お兄様の言葉に私はそう答えながらも、うーんと首を捻っていた。
うつ伏せで倒れているようなのでここから顔は見えない。
けれど、怪我もしていて全体的にボロボロに見えるけれど、履いている靴が……
あれはかなり高級靴だと思うの。
(うーん……何だか、あの人……そのまま放っておいたらいけない気がする)
私の野生の勘がそう警告してくる。
「お兄様、お父様に言ってあの方を保護しませんか?」
「は? フルール、何を言い出した?」
「あの方と我が家の馬車がどこまで接触したのかは分かりませんが、身体を見る限り怪我もしているようですし……放ってはおけません!」
「おい、フルール!」
私はそう言い残して馬車を飛び出す。
そしてお父様と馭者の元へと駆けつける。
「お父様!」
「フルール? なんで降りてきた?」
「人が倒れていたので事故かと思いまして」
そう言いながら私は倒れている人に視線を向ける。
うつ伏せで倒れたままのその人はピクリとも動かない。
「えっと、お父様…………この方、生きてます?」
「生きとるわ! ……どうやら気絶しているだけのようだぞ」
「それならよかった……」
その言葉を聞いて安心した。
だってピクリともしないものだから、つい……
「ではお父様、頬をペチペチしたらこの方、目を覚ますかしら?」
「フルール!? お前は突然現れたかと思えば、なんて悪魔のような発言をしているんだ!」
お父様が恐怖の目で私のことを見てくる。
なんて目を娘に向けるの!
「いえ、ちょっとこの方をこのまま放っておくのは、よろしくないと思いまして。邸に連れ帰って手当をすべきと思ったのです」
「なら、それがなんでペチペチになる!?」
「いえ、気絶したまま運んでしまっては誘拐になってしまうじゃありませんか」
「は?」
私が大真面目に答えるとお父様はポカンとした後、ガクッと肩を落とした。
「なぁ、フルールよ。心配すべきはそこなのか? もっと、この人物の怪我の具合とかな……色々あるだろう? 色々……」
「頭を打っていないかは心配ですが、身体の怪我に関しては、数は多いですがどれも思っていたより深くなさそうなので大丈夫だと思いましたわ」
私がそう答えるとお父様は苦笑いをした。
「……まぁ、なんであれ確かにこのまま放置するなんて出来ないが」
「邸に帰ってからお医者様を呼んで診てもらいましょう? お父様! いざという時は、きっとお医者様が“これは誘拐ではありません、保護です”と証言してくださいますから」
「フルール……」
「?」
お父様の目はまだすごく何か言いたそうだった。
「頭を打っているかもしれないから、慎重に持ち上げて───……」
(あ、顔が見えた! …………ん?)
そうしてお兄様も呼びつけ、このボロボロだけど高級靴を履いた意識不明の謎の男性を馬車に乗せようとして気付いた。
「あああ!」
「どうした? フルール」
慎重に彼を運ぼうとしている最中のお兄様が訊ねてくる。
「お父様、お兄様……この方……」
「なんだ? フルールの知り合いか?」
「いえ……私は口を聞いたことが無いので知り合い以下なのですけど……このお顔……この美貌……」
私の声でお父様とお兄様がその男性の顔をまじまじと見る。
そしてギョッとした。
「美貌だと? ん? えっ?」
「あっ……!」
(うんうん、そういう反応になるわよね!)
だって、この方……間近で見たのは初めてだけど、ボロボロでも分かるほどの噂通りの美貌!
すごいわ! 本当に美しい人というのは、どんな状態でも決して美しさは損なわれたりしないものなのね!
こんなの誰だって驚くわ。
なんてことを私が考えていたらお父様たちが戸惑い気味に話している。
「なぜ!?」
「どうしてこの方がこんなところに……?」
そう。
なぜなら、このボロボロ状態で倒れていた意識不明の男性は……
つい先程、パーティー会場で王女殿下から“悪役令息”と呼ばれて捨てられていたリシャール様だったから。
669
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる