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3. 真実の愛と言うけれど
しおりを挟む「ふぅ……フルール。この短期間にどうしてそんな考えに至ったのか。その理由をだな一応、聞かせてくれるか?」
お兄様が大きなため息を吐き、こめかみ付近を押さえながら聞き返してきた。
なんだか頭が痛そう。大丈夫かしら?
「フルールはどこからどう見ても存在しているじゃないか。そりゃ……ちょっと人の話を聞かない時もあるし、おかしな想像力を働かせて変な方向に全力で突っ走った結果、止まれずに事故に遭う……なんてことはよくあるが…………可愛い妹だ」
「お兄様……」
(なぜかしら、可愛い妹と言われているのに素直に喜べない私がいるわ)
残念ながら、お兄様の言いたいことは半分くらいしか分からなかった。
でも、今はそんなことよりも私の気になっていることの方が大事なのよ!
そう思ったので私はお兄様に説明する。
「だってお兄様。皆さんの中では“私”がすっかり消えているんですもの」
「皆の中? フルールが消えている?」
お兄様が意味が分からんぞという顔になる。
「ええ。ほらここにいる誰一人として、“ベルトラン様の婚約者”の存在を気にしていないのですよ? ですから私……自分の存在そのものが怪しくなってしまって」
「あー……確かにお前たちの婚約はそれなりに知れ渡っているはずだ、な?」
「でしょう? 私はベルトラン様との婚約を解消した覚えはありませんし」
「それは……」
私の発した婚約を解消という言葉にお兄様は悲しそうに目を伏せた。
お兄様が何を言いたいかは分かっているわ。
こんなことになってしまったので、私とベルトラン様の婚約はもう続けられないもの。
「……お兄様はベルトラン様の浮気を知っていたんですね?」
「うっ……」
私のその問いかけにお兄様はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「先日の……さっき話題に出ていたモンタニエ公爵令息……リシャール様がベルトランのタキシードを……って言われていた夜会に参加していたんだよ」
「ああ!」
そうだったわ。
確かその夜会は本当は私も参加予定だったけど、体調不良で欠席してしまったのよね。
「その時にベルトランと王女殿下の距離が妙に近いなと思ったんだ」
「距離……」
「ああ、婚約者のリシャール様も近くにいるのに王女殿下はベルトランとばかり話していて、ダンスも連続で二回以上踊ろうとしていたんだ」
「えっ! れ、連続で?」
私は驚く。
ベルトラン様は婚約者である私とでも連続で踊ったりしない人だった。
(恥ずかしいから……とか言っていたけれど、もしかしてあれは嘘だった……?)
「さすがにその時はリシャール様が止めに入っていたんだが、王女殿下は明らかに機嫌を損ねてしまっていたな」
「そんなことが……」
どうやら、二人の仲は私が思っている以上に親密らしい。
「言われてみれば、ベルトラン様がよそよそしくなったように感じたのもその頃からだったような気がします……」
なるほど。
きっとその夜会でベルトラン様は王女殿下と出会って恋に落ちたんだわ。
そしてどうやら運命も感じてしまった……だから、真実の愛……
「……」
私はグッと両拳を握りしめる。
考えれば考えるほど、自分が惨めになっていく気がする。
私とベルトラン様の三年間はなんだったの?
「それで、ベルトランのあの様子……父上とも相談してフルールにどう伝えるべきかをちょうど話していたところだったんだ」
「お兄様……」
お兄様は深いため息を吐く。
「ベルトランも王女殿下もそれぞれ婚約者がいる身だから、さすがに早まったり軽率なことはしないと思っていたんだが……甘かった。なんでこんなことに」
お兄様が苦虫を噛み潰したような顔をする。
それはそう思うわよね。
だって、ベルトラン様も王女殿下も思いっ切り早まって軽率な行動しているとしか言えないもの。
王女殿下はこんな所で婚約破棄なんて言い渡すし、ベルトラン様に至っては、私の存在を絶対忘れていると思う。
(今日は私もパーティーに参加すると話していたはずなのに!)
そう思いながら、チラッと二人に視線を向けると、もうこの恋にはなんの障害もありません!
と言わんばかりに完全に二人の世界に入っていた。
ベルトラン様のあんなデレデレした表情、初めて見たかもしれない。
あれが、真実の愛を見つけた人の───……
(…………ん? いえいえ、ちょっと待って?)
「……」
なんだかおかしくない?
そう思った私は顔をしかめる。
「フ、フルール? いきなり眉間の皺の数が凄いことになったが……ど、どうしたんだ……大丈夫か?」
「……」
「お前がそんな顔をする時は……くっ! 危険なんだ。今日は何をする気だ? 突撃か? まさかあそこに突撃する気なのか!?」
「え?」
私はただ考えごとをしていただけなのに、何故か目の前のお兄様が怯えている。
「突撃ではなくて……あの? お兄様……私、ついつい真実の愛とか運命だというロマンチックな響きにうっかり流されそうになっていたのですが」
「うん?」
お兄様が不思議そうに首を傾げる。
「ベルトラン様も王女殿下もやっていることは、ただの浮気ですわよね?」
「え?」
「真実の愛なんて言っていますけど……あれって自分たちの浮気を正当化して、雰囲気に流された周囲の人たちに祝福されてデレデレしちゃっているだけなのでは?」
それに、それに、それに!
王女殿下は何やら、婚約者のリシャール様のことを悪役令息なんて呼んでいたけれど、あれって無理やりリシャール様を悪役とやらにして自分たちを正義にしただけのような……
私の頭の中に“演出”という二文字が思い浮かんだ。
「お兄様……どうしましょう。私、ショックです」
「フルール。落ち着くんだ……そうだよな。浮気されていたなんてショックだろう?」
「いいえ、それよりもベルトラン様がこんなに阿呆でおバカな方だったことを三年間も見抜けなかったことがショックなんです!」
「……は?」
お兄様が驚愕の表情で私を見てくる。
王女様はベルトラン様のことを優しくて素敵とか言っていたけれど……これはきっとあれね?
恋は盲目とかいうやつに違いないわ!
「……え? 待ってくれ。フルールがショック受けるのはそこなのか?」
「ええ。今、自分の男性の見る目の無さに大きな大きなショックを受けていますわ」
結婚前に分かって良かったとは思うものの、やっぱり三年間というのは大きい。
「──お兄様! お父様とお母様はどこですの?」
「え?」
「帰りましょう!」
「かえ……る?」
お兄様は目をパチクリさせて私を見る。
「こんなパーティーにもう用はありません! 今すぐ帰宅してベルトラン様から……いえ、モリエール伯爵家からたっぷりの慰謝料をむしり取るための計算をしなくては!」
私はお兄様の腕をガシッと掴む。
「フ、フルール……?」
「あぁ……存在を消された精神的苦痛もたっぷり上乗せしないといけないわ」
「え? え? 待ってくれ。開き直ったフルールが怖いんだが……どこに行こうとしているんだ?」
お兄様の顔がピクピク引き攣っている。
腕を強く掴みすぎてしまった?
「どこに行く? もちろんさっきから言っています。家に帰りますけど?」
「そ! ……うじゃないんだよ、フルール!」
「……? 変なお兄様。とにかく時間が惜しいのでさっさと帰りましょう!」
「う、フ、フルール! 引っ張るな……こら! おい……」
そうして私はお兄様を引き摺りながら、お父様とお母様と合流しパーティー会場からさっさと立ち去ることにした。
だけどそのパーティーからの帰り。
またしても私の運命を大きく変える出会いが待っているなんて、この時の私はまだ知らない。
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