王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
3 / 354

3. 真実の愛と言うけれど

しおりを挟む

「ふぅ……フルール。この短期間にどうしてそんな考えに至ったのか。その理由をだな一応、聞かせてくれるか?」

 お兄様が大きなため息を吐き、こめかみ付近を押さえながら聞き返してきた。
 なんだか頭が痛そう。大丈夫かしら?

「フルールはどこからどう見ても存在しているじゃないか。そりゃ……ちょっと人の話を聞かない時もあるし、おかしな想像力を働かせて変な方向に全力で突っ走った結果、止まれずに事故に遭う……なんてことはよくあるが…………可愛い妹だ」
「お兄様……」

(なぜかしら、可愛い妹と言われているのに素直に喜べない私がいるわ)

 残念ながら、お兄様の言いたいことは半分くらいしか分からなかった。
 でも、今はそんなことよりも私の気になっていることの方が大事なのよ!
 そう思ったので私はお兄様に説明する。

「だってお兄様。皆さんの中では“私”がすっかり消えているんですもの」
「皆の中?  フルールが消えている?」

 お兄様が意味が分からんぞという顔になる。

「ええ。ほらここにいる誰一人として、“ベルトラン様の婚約者”の存在を気にしていないのですよ?  ですから私……自分の存在そのものが怪しくなってしまって」
「あー……確かにお前たちの婚約はそれなりに知れ渡っているはずだ、な?」
「でしょう?  私はベルトラン様との婚約を解消した覚えはありませんし」
「それは……」

 私の発した婚約を解消という言葉にお兄様は悲しそうに目を伏せた。
 お兄様が何を言いたいかは分かっているわ。
 こんなことになってしまったので、私とベルトラン様の婚約はもう続けられないもの。

「……お兄様はベルトラン様の浮気を知っていたんですね?」
「うっ……」

 私のその問いかけにお兄様はバツの悪そうな表情を浮かべる。

「先日の……さっき話題に出ていたモンタニエ公爵令息……リシャール様がベルトランのタキシードを……って言われていた夜会に参加していたんだよ」
「ああ!」

 そうだったわ。
 確かその夜会は本当は私も参加予定だったけど、体調不良で欠席してしまったのよね。

「その時にベルトランと王女殿下の距離が妙に近いなと思ったんだ」
「距離……」
「ああ、婚約者のリシャール様も近くにいるのに王女殿下はベルトランとばかり話していて、ダンスも連続で二回以上踊ろうとしていたんだ」
「えっ!  れ、連続で?」

 私は驚く。
 ベルトラン様は婚約者である私とでも連続で踊ったりしない人だった。

(恥ずかしいから……とか言っていたけれど、もしかしてあれは嘘だった……?)

「さすがにその時はリシャール様が止めに入っていたんだが、王女殿下は明らかに機嫌を損ねてしまっていたな」
「そんなことが……」

 どうやら、二人の仲は私が思っている以上に親密らしい。

「言われてみれば、ベルトラン様がよそよそしくなったように感じたのもその頃からだったような気がします……」

 なるほど。
 きっとその夜会でベルトラン様は王女殿下と出会って恋に落ちたんだわ。
 そしてどうやら運命も感じてしまった……だから、真実の愛……

「……」

 私はグッと両拳を握りしめる。
 考えれば考えるほど、自分が惨めになっていく気がする。
 私とベルトラン様の三年間はなんだったの?

「それで、ベルトランのあの様子……父上とも相談してフルールにどう伝えるべきかをちょうど話していたところだったんだ」
「お兄様……」

 お兄様は深いため息を吐く。

「ベルトランも王女殿下もそれぞれ婚約者がいる身だから、さすがに早まったり軽率なことはしないと思っていたんだが……甘かった。なんでこんなことに」

 お兄様が苦虫を噛み潰したような顔をする。
 それはそう思うわよね。
 だって、ベルトラン様も王女殿下も思いっ切り早まって軽率な行動しているとしか言えないもの。
 王女殿下はこんな所で婚約破棄なんて言い渡すし、ベルトラン様に至っては、私の存在を絶対忘れていると思う。

(今日は私もパーティーに参加すると話していたはずなのに!)

 そう思いながら、チラッと二人に視線を向けると、もうこの恋にはなんの障害もありません!
 と言わんばかりに完全に二人の世界に入っていた。
 ベルトラン様のあんなデレデレした表情、初めて見たかもしれない。
 あれが、真実の愛を見つけた人の───……

(…………ん?  いえいえ、ちょっと待って?)

「……」

 なんだかおかしくない?
 そう思った私は顔をしかめる。

「フ、フルール?  いきなり眉間の皺の数が凄いことになったが……ど、どうしたんだ……大丈夫か?」
「……」
「お前がそんな顔をする時は……くっ!  危険なんだ。今日は何をする気だ?  突撃か?  まさかあそこに突撃する気なのか!?」
「え?」

 私はただ考えごとをしていただけなのに、何故か目の前のお兄様が怯えている。

「突撃ではなくて……あの?  お兄様……私、ついつい真実の愛とか運命だというロマンチックな響きにうっかり流されそうになっていたのですが」
「うん?」

 お兄様が不思議そうに首を傾げる。

「ベルトラン様も王女殿下もやっていることは、ただの浮気ですわよね?」
「え?」
「真実の愛なんて言っていますけど……あれって自分たちの浮気を正当化して、雰囲気に流された周囲の人たちに祝福されてデレデレしちゃっているだけなのでは?」

 それに、それに、それに!
 王女殿下は何やら、婚約者のリシャール様のことを悪役令息なんて呼んでいたけれど、あれって無理やりリシャール様を悪役とやらにして自分たちを正義にしただけのような……
 私の頭の中に“演出”という二文字が思い浮かんだ。

「お兄様……どうしましょう。私、ショックです」
「フルール。落ち着くんだ……そうだよな。浮気されていたなんてショックだろう?」
「いいえ、それよりもベルトラン様がこんなに阿呆でおバカな方だったことを三年間も見抜けなかったことがショックなんです!」
「……は?」

 お兄様が驚愕の表情で私を見てくる。
 王女様はベルトラン様のことを優しくて素敵とか言っていたけれど……これはきっとあれね?
 恋は盲目とかいうやつに違いないわ!

「……え?  待ってくれ。フルールがショック受けるのはそこなのか?」
「ええ。今、自分の男性の見る目の無さに大きな大きなショックを受けていますわ」

 結婚前に分かって良かったとは思うものの、やっぱり三年間というのは大きい。

「──お兄様!  お父様とお母様はどこですの?」
「え?」
「帰りましょう!」
「かえ……る?」

 お兄様は目をパチクリさせて私を見る。

「こんなパーティーにもう用はありません!  今すぐ帰宅してベルトラン様から……いえ、モリエール伯爵家からたっぷりの慰謝料をむしり取るための計算をしなくては!」

 私はお兄様の腕をガシッと掴む。

「フ、フルール……?」
「あぁ……存在を消された精神的苦痛もたっぷり上乗せしないといけないわ」
「え?  え?  待ってくれ。開き直ったフルールが怖いんだが……どこに行こうとしているんだ?」

 お兄様の顔がピクピク引き攣っている。
 腕を強く掴みすぎてしまった?

「どこに行く?  もちろんさっきから言っています。家に帰りますけど?」
「そ!  ……うじゃないんだよ、フルール!」
「……?  変なお兄様。とにかく時間が惜しいのでさっさと帰りましょう!」
「う、フ、フルール! 引っ張るな……こら!  おい……」

 そうして私はお兄様を引き摺りながら、お父様とお母様と合流しパーティー会場からさっさと立ち去ることにした。



 だけどそのパーティーからの帰り。
 またしても私の運命を大きく変える出会いが待っているなんて、この時の私はまだ知らない。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...