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第十一話

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  ──空耳?
  聞き間違い?  気の所為??   私の願望が声になったのかと思ったわ。

  “僕とレラニアが恋人だった事なんて1度も無い!!”

  ジークフリート様は今、確かにそう言ったわ。

「……もしかして、リラジエはずっと僕の事をそう思って見てた……?」
「……」

  顔色が悪いまま尋ねてくるジークフリート様に対して私は無言で頷くと、うわぁぁ……と嘆きながらジークフリート様が膝から崩れ落ちた。

「ジ、ジークフリート様!?」

  え!  え!?  どうしたらいいの!?
  ジークフリート様の様子がおかしくなってしまったわ!
  と、私がオロオロしていると、

「これじゃ、僕はただの最低男じゃないか……」
「…………あ」

  崩れ落ちたジークフリート様が、何とも否定しがたい言葉を呟いた。





◇◇◇





「……おかしいな?  とは思ったんだ。でも、この機会を逃したらリラジエには会えないと思ったから、妹に会って欲しいって話に乗っかる事にしたんたけど」

  さんざん取り乱した後、ようやく少し落ち着いたジークフリート様がそう話し始めた。

「お姉様はいつものように、“飽きたから私に譲る、お下がりだけどいいよね”と言ってジークフリート様と私を会わせたのですが……」
「……あの女……!!」

  ジークフリート様が悪態をついた後、私の座っている目の前までやって来るなり跪いた。

「えっと?」

  そして私の手を取ったかと思ったらそっと優しく握った。……とても大切そうに。

「リラジエ……ごめん」
「?  どうしてジークフリート様が謝るのですか?」

  私がそう聞き返すと、ジークフリート様は困ったように笑う。

「リラジエがずっとそう思っていたなら、今までの僕の行動や言動はさぞ混乱させていたんだろうな……と思うんだ。だから、謝りたい。ごめん」
「ジークフリート様……」

  私の手を握るジークフリート様の手は少し震えている気がした。
  だから、私は安心して欲しくてそっとその手を握り返した。

「……リラジエ?」
「混乱……は確かにしましたけど、ジークフリート様のせいでは無いですよ?」

  悪いのはどこからどう考えてもお姉様だわ。
  お姉様が、わざと言ったのは間違いないもの。
  どうしてお姉様がわざわざそんな嘘をついてまでジークフリート様を私に紹介したのかはよく分からないけれど。

「リラジエ!」

  もう一度名前を呼ばれたと思ったら、立ち上がったジークフリート様に今度は抱き締められた。

  (ふぇ!?)

  さすがに、これは驚く。

「僕が今まで君に伝えて来た言葉には嘘も偽りも無い。これだけは信じて欲しい」
「?」
「リラジエは可愛い!」
「!」
「可愛くて可愛くて仕方ないんだ」

  そう言ってジークフリート様はギュッと私を抱き締めている腕に更に力を込めた。
  そして続けて言った。

「──好きだよ、リラジエ。僕は君が、君の事が好きなんだ」

  ドクンッ!
  その言葉に心臓が大きく跳ねた。

「ジ……ジークフリート様?」

  聞こえて来た言葉が一瞬信じられず、抱き込まれている腕の中からそっと顔を上げる。

「……!」

  思ったより顔が近くて至近距離で見つめ合ってしまった。
  私は一瞬で顔が真っ赤になる。
  

「ど……どう、して私なのですか?」
「前にも言ったよ。僕は以前からリラジエの事は知っていた、と」

  あぁ、そうだった。言っていたわ。
  聞いてみたいと思いながらも忘れていた。

「私が悲しい顔をしていた、という……?」
「そうだよ」
「ジークフリート様は本当に……私を?  お姉様ではなく……?」

  困ったわ。聞きたい事が多すぎる。

「リラジエだ。僕が好きなのはリラジエ、君だ。レラニアじゃない」
「…………」
「エスコートだって、リラジエの事が好きだから申し出たんだ。恋人でも婚約者でもないくせにね。他の男にエスコートされるリラジエを黙って見ているなんて僕には耐えられない」

  そう言ってジークフリート様はちょっと切なそうに微笑む。

   ──そんな顔をしてしまうくらい、ジークフリート様は私の事を想ってくれているの……?
  そう考えただけで胸がキュンとした。


  ジークフリート様は、私の笑顔が見たかった、そう言ってくれたわ。
  …………私も、あなたのそんな顔ではなくて笑顔が見たいな。


「……僕の気持ちはやっぱり迷惑だろうか……」
「まさか!!」

  私は咄嗟に叫ぶ。

「う、嬉しいです……!  だって私……優しくしてくださるジークフリート様が、お姉様の恋人だったのに、って思う度に、こう黒いモヤッとした気持ちが生まれてしまって……その……」

  ジークフリート様が私のたどたどしいその言葉に目を丸くする。

「……もしかして、妬いて……くれてた?」
「うぅ……は、はい、そうです……」

  私が小さく頷くとジークフリート様の顔がみるみる真っ赤になった。

  ──え!?  何で?

「リラジエから、そんな言葉が聞けるなんて……!  リラジエに嫌な想いをさせてしまっていたのに、嬉しいとか思ってしまう……!」
「ジ、ジークフリート様!?」

  ジークフリート様は一通り悶えた後、真っ直ぐ私を見つめて言った。

「……リラジエ。どうか僕の恋人になって欲しい。そして、どうか君のデビューを僕に君の婚約者としてエスコートさせてくれないか?」
「……!」

  その真剣なまなざしと言葉に息が止まりそうになった。


「で、ですが……私なんかが……………………んむっ!?」


  つい癖でが口に出てしまった、のだけど。


「リラジエ!」と、名前を呼ばれたその瞬間、また口を塞がれた。



  ───指じゃない。今度はジークフリート様の唇で。



「!?!?」

  ま、間違いなくジークフリート様の唇が、わ、わ、私の唇に!!
  ど、ど、どうして!?  どうしよう!?!?

  と、内心大パニックを起こしていたら、ジークフリート様が唇を離しながら言った。

「……お仕置」
「ふぇ!?」
「“私なんか”って言葉は使っては駄目だと言っただろう?  だからお仕置」
「!!」
「リラジエは、僕にこんなにも愛されてる事を知るべきだ」

  その言葉に私の顔がボンッとさらに真っ赤になる。
  でも……

「ど、どうしたの!?  リラジエ……あぁぁ、嫌だった!?  ごめ……」

  ちょっと私が怪訝そうな顔をしたのが分かったのか、ジークフリート様がちょっと慌て出した。

「…………お仕置、でないと、ジークフリート様はこれからもキスをしてくださらないのですか?」
「……へ?」
「そ、それは寂しいです……私はもっと……」

  私がそこまで言いかけた時、ジークフリート様が「うわぁぁぁ」と小さく叫び声を上げて天を仰いでいた。

「ちょっと待って、何それ……可愛い……可愛いすぎるんだけど!!  何これ……天然の小悪魔か何かかな!?  もしや僕は試されてる?  これ僕の方がお仕置されてないか!?」
「??」

  ジークフリート様が、物凄い早口で何かを喋ったけれど、殆ど聞き取れなかった。

「あぁぁ、今すぐ連れ帰りたい……」
「?」

  今度は聞き取れたけど、さっぱり話が分からなかった。

「リラジエ」
「はい……って、ひゃぁ!」

  ジークフリート様は、ヒョイっと私を膝の上に乗せる。
  こ、こ、この体勢は恥ずかしいわ!!

「君が好きだ!  大好きだ…………だから、お仕置じゃなくてもこうする」
「……え?」

  そう言ってジークフリート様の唇が再び私の唇に重なる。

  それはとっても甘くて幸せで……
  ジークフリート様も同じ気持ちだったのか、しばらく離してくれなかった。













  ──とっても幸せで、このままこんな時間がずっと続けばいいのに。
  そう思った。

  でも、毒薔薇と呼ばれるお姉様は。
  ジークフリート様が用意した改心の機会も無駄にしていたお姉様は。


  (このまま素直に引き下がるとは思えないわ……)


  それだけが不安だった。

  
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