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第3話 私が忘れられなかった人
しおりを挟むかつての恋人だった、フィリオに向けて微笑みを浮かべながら私は、彼との事を思い出していた。
───────……
私と、ローラン公爵家の子息、フィリオとの出会いは幼少期に遡る。
同家格の公爵家の子供同士、アラン殿下も含め私達はよく王宮で遊んだ。
だけど、8歳になった頃、フィリオが学院の初等部に入学した事で関係は疎遠となった。初等部への入学は義務では無い為、私は通わなかったから。
そんなフィリオと私が再会したのは、それから4年後の12歳の時。
私が学院の中等部に入学した事で再会した。
4年ぶりに会う幼なじみは、幼少期の面影を残しながらも、成長期そのものに差し掛かっていてドキドキした。
フィリオもフィリオで私の成長に戸惑いを覚えたのか、再会当初はちょっとお互いよそよそしかったのを今でも覚えている。
(そして……)
───
──────
そんな、ちょっと甘酸っぱい再会から1年がたった私の13歳の誕生日。
その日は、私の家で誕生日パーティーが行われていた。
公爵家の開くパーティーともなれば、招待される人物も多い。
私は来客の方々にたくさんのお祝いの言葉を貰いながらも、一向に終わらない挨拶に疲れを感じていた。
だから、少し抜け出して、庭園のベンチで1人休んでいたら、その場にフィリオ様がやって来た。
「エリーシャ嬢、探したよ。何処に行ったのかと思った」
「フィリオ様? ちょっと疲れちゃって。休みたかったの」
私がそう答えると、フィリオ様は「そうだろうね」と苦笑いしながら私の横に腰を下ろした。
「エリーシャ嬢、誕生日おめでとう」
「ありがとう。ふふ、たくさんの人に祝って貰えてとても嬉しいわ」
「……あのさ、これ」
「?」
躊躇いがちに、上着のポケットからゴソゴソと箱のような物をを取りだしたフィリオ様は、そのままその箱を私に差し出した。
「プ、プレゼント……なんだ! そ、その絶対君に似合うと思って」
「え?」
「よかったら、えっと、貰って、くれないか?」
「フィリオ様……」
私がその箱を開けると、中には髪飾りが入っていた。
赤色のバラがモチーフになっている可愛らしい髪飾りだった。
「素敵!! ありがとう! とっても嬉しいわ!」
「……つけてみてもいい?」
「もちろん!」
そう言ってフィリオ様は髪飾りを手に取ると、そっと私の髪に差してくれた。
「うん、やっぱり似合う。エリーシャ嬢の髪色に絶対似合うと思ったんだ」
「ありがとう! ……あ!」
「どうしたの?」
「赤色って、フィリオ様の瞳の色と同じね! 私、この色が大好きなの! だから似合っているのなら嬉しいわ」
私が笑顔でそう口にすると、フィリオ様の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「……? どうかしたの? フィリオ様?」
「ん、あ……いや、うん、そう……」
「??」
困ったわ。フィリオ様が急に挙動不審になってしまった。
「本当にどうかしたの?」
「……あの、さ。エリーシャ嬢」
そう言って、フィリオ様は何かを決意したかのように勢いよく顔を上げ私をまっすぐ見つめる。
そんなフィリオ様の真剣な様子に私の心臓はドキッと大きく跳ねた。
「僕は……その君が……エリーシャ嬢の事が好きなんだ!!」
「え?」
「こ、子供の頃から、可愛いなと思ってたけど……会う機会が減ってもずっと心の中に君がいた。エリーシャ嬢が僕の初恋なんだ」
まさかの愛の告白に私は驚きが隠せない。
と、同時に心臓はドキドキしていて、鳴り止む気配は一向に無い。
「……3年後、成人したら正式に婚約を申し出るから……そ、それまでは僕の恋人になってくれないかな?」
「フィリオ様……!」
この国の成人は16歳。
その時まで結婚は疎か、婚約も認めていない。
と言うのも、昔は貴族は政略結婚が当たり前で幼少期から家同士の繋がりで婚約を結ぶのが主流だったけど、一部の例外を除いて近年はそれが禁止されていた。
貴族も自由恋愛を求められるようになり、それが現在の主流となっている。
つまり、結婚相手は自分達の意思で決められるようになったのだ。
だから、大人の都合に振り回されたりしないように、男女ともに成人するまでの婚約・結婚は認められない。
よって多くの成人前の男女は16歳までは交際をし、成人したらそのまま正式に婚約するという流れがほとんど。
もちろん、家同士の繋がりが欲しくてお見合いのように出会いの場を設けてから婚約・結婚する人達もいる。
「今ここで君に交際を申し出なかったら、他の男に君をとられてしまいそうで……」
「やだ、フィリオ様ったら。そんな事ないわよ」
「エリーシャ嬢は鈍いのかな。今日だって年頃の男共は、みんな君の気を惹きたくて仕方なかったというのに」
「えー……?」
そう言われても、正直よく分からないわ。
私はうーんと首を傾げる事しか出来なかった。
「僕じゃダメだろうか?」
「まさか! むしろ……!」
「むしろ?」
「…………嬉しくて困ってるわ」
ついでに、心臓が大爆発しそうです。
恥ずかしくて顔を覆いながらそう口にすると、フィリオ様は嬉しそうに笑ってそっと腕を伸ばして私を抱き締める。
不思議と抱き締められている事に居心地の良さを感じた。
「……ねえ、それは了承の意として受け取っていいのかな?」
「……」
「エリーシャ嬢……いや、エリーシャ。うんと言って?」
「……私、も……あなたが、好き」
「エリーシャ!!」
私がそう口にした瞬間、フィリオ様が私を抱き締める腕に力がこもった。
ギュッと思いっきり抱き締められている。
それが何だかとても嬉しくて、私もそっとフィリオ様の背中に手を添え抱き締め返した。
この時の私達は13歳。
これが私達の交際の始まりだった。
──────
───
私とフィリオの交際は順調だった。
交際開始から3年が経ち、私達は16歳……成人となり、フィリオが約束していた婚約の申し出をする日も近付いて来ていた。
だけど、あの日───
その日、私達と同い年の王太子、アラン殿下が成人を迎えるにあたって婚約者候補を選定する事が発表された。
貴族が自由恋愛を推奨される中、たった一つの例外。
それが、この国の王家の婚姻だった。
王家の婚姻だけは自由恋愛では済まされない。
しかるべき家柄、教育が必要。
よって、候補者を選定し妃教育を施し、殿下が18歳の時に正式な婚約者を決定するという。
そして私は、その婚約者候補に選ばれてしまったのだ。
教養はともかく、家柄はもちろん申し分ないし、歳も殿下と同じ。
しかも幼少期は、一緒に遊んだ仲でもある。
候補者に選ばれないわけがなかった。
ただし、婚約者候補に選ばれたからと言っても、辞退する事は可能。
選ばれた令嬢の気持ちや家の事情もあるし無理強いは禁止されている。
その事から、選ばれても最初から辞退する例も少なくはないし、候補となっても途中で降りる事ももちろん可能。
妃教育は遅れてしまうけど後に候補者として追加される令嬢だっている。
自由恋愛を推奨しながら、唯一、政略的な結婚を強いる王族の婚姻に少しだけでも余地を、と制限を緩めた結果こうなっているそうだ。
その話を聞いた時、私にはもうフィリオという相手がいるので、当然、辞退するつもりだった。
正直、公爵家という地位にいる我が家だから、王家と婚姻関係にならなくても問題は無い。それに、フィリオが宰相の息子でアラン殿下の側近となっていたから、私が王家に嫁がなくても縁は作れる。
その事から王家にとっても我が家にとっても、あえて私がアラン殿下の婚約者になる必要性は無い。
だから、辞退出来る……私はそう思っていた。
──だけど。
「え? お父様、何を言って……?」
「だから、お前は王太子妃となるんだ!! これは命令だ!!」
「待って? 私には、フィリオが……」
「知ってるさ。だがな、ローラン公爵の息子とは別れろ!!」
「!?」
私は、辞退出来ると思っていた。
けれど、お父様とお母様の考えは違っていて。
2人は、私を絶対にアラン殿下に嫁がせると息巻いて、辞退を認めてくれなかった。
「嫌です! 私はフィリオと……!」
「口答えするなっ!! 命令だと言っただろう!!」
「嫌、嫌です! その命令は聞けません……」
私は頑なに殿下の婚約者候補となる事も、フィリオとの別れも拒否し続けた。
だけど、その数日後───
「今日、お前がアラン殿下の婚約者候補となる手続きを終えて来た」
「……え?」
「無事に受諾された」
「な、にを言って……?」
「これで、お前はもうアラン殿下の婚約者候補だ! 3年後、絶対に殿下の婚約者の座を射止めるんだぞ! いいな!?」
(無理強いは禁止されているのでは無かったの……?)
私の気持ちなど無視したまま、お父様の強引な手によって私はアラン殿下の婚約者候補となってしまったようだった。
つまりそれは、私とフィリオの関係が壊れる事を意味していた───……
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