7 / 18
第六話
しおりを挟む「シャロン様とは昔、お会いしたきりだったでしょう?」
「そうですね」
「歳も近そうですし……わたくし、あの時からぜひ、シャロン様と仲良くなりたいと思っておりましたのよ」
「……」
私はその言葉になんて答えたらいいのか分からず、曖昧な微笑みを浮かべた。
(私の記憶の通りなら、睨まれていたような気がするのだけど……)
でも、そんな事を口にしようものなら一瞬で両国間の関係にヒビが入ってしまう。
だから答えは一つ。
「ありがとうございます、とっても光栄ですわ」
そんな作り笑顔でお礼の言葉を伝えながら私は思う。
(どうして二人っきりのお茶会になってしまったのよ……)
アラミラ王女を出迎え、このまま皆でお茶を……という予定だったのにアラミラ王女は言った。
「わたくし、シャロン様と二人でお茶がしたいですわ!」
──と。
来賓の王女殿下たっての願いとなれば無下にも出来ない。
と、いうわけで私が一人でアラミラ王女をおもてなしする事になってしまった。
お父様たちはどこか心配そうに私を見ていたけれど、目線で“大丈夫です”と伝える事しか出来なかった。
「わたくしと同じ立場のシャロン様ならお分かり頂けると思うのですけれど……」
「?」
飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻しながら、アラミラ王女は少し寂しそうな表情を浮かべていた。
(同じ立場……?)
「王女とは孤独な存在でしょう? ですから、わたくしには国に仲が良いと呼べる令嬢がいないのです……」
「アラミラ様……」
孤独……孤独な存在?
確かに王族と貴族の線引きはあっても私はそこまで孤独を感じた事は無かった。
私には昔から友人と呼べる令嬢もいたから。
だけど、イラスラー帝国では違うのかもしれない。こうなるとこれはもう国の違いとしか言えないので余計な事は言うまいと口を噤んだ。
(それに、アラミラ様はとてもお綺麗だから、周囲も恐れ多くて容易に近付けないのかもしれないわね)
「ですから、シャロン様。ぜひ、わたくしと友人になって頂きたいのですわ!」
「友人……ですか?」
ここで“遠慮したい”などと口にしようものなら……(以下略)
「光栄です、ありがとうございます……」
なので頬を引き攣らせながら私はそう口にする事しか出来なかった。
アラミラ様はとても嬉しそうに言った。
「シャロン様! ありがとうございます、嬉しいですわ!」
それからの私達は、お茶を飲みながらお互いの話などをしながら過ごした。
そして、その時は来た。
「───そういえば、シャロン様。最近、婚約されたそうですわね?」
「……!」
私はビクッと肩を震わせる。
(き、来たわ! やはりこの話は避けて通れないのね)
アラミラ様は明らかに挙動不審になった私をクスリと笑いながら話を続ける。
「ふふ、なんでもお相手は、ランドゥーニ王国の王太子殿下だとか……」
「そ、そうなんです。ご縁がありまして」
「へぇ……そうでしたの」
何とか笑顔を作ってそう答えたのだけど、アラミラ様の紅い瞳が一瞬、私を鋭く睨んだような気がした。
「……ですけど、ランドゥーニとレヴィアタンは数年前まで戦争していたでしょう? やはり嫁ぐのは心配ではありません?」
「心配がない……と言ったら嘘になりますけれど、まだ、正式な輿入れまでは時間もありますし、エミ……ランドゥーニの王太子殿下もその辺りは色々と考えてくださっているようなので」
「……へぇ……」
やはり、他国から見てもこの婚約は心配に見えるらしい。
(まぁ、イラスラー帝国の場合はそれだけの感情では無い気もするけれど)
それよりもだ。
“婚約”の話になってからアラミラ様の雰囲気が変わったような……?
やはり、イラスラー帝国として他国のことを警戒しているから?
「……エミリオ殿下ってとてもお優しい方なのですわよね。羨ましいですわ」
「ええ、ありがとうございます」
「わたくしも、そろそろ……とは思いますけれどなかなか素敵なお相手が……」
アラミラ様にはどうやら婚約者はいないらしい。
先程の“孤独”発言もこういう面から来ているのかもしれない。
その後、何故か根掘り葉掘りエミリオ殿下の事ばかり聞かれた気がするけれど、何だかエミリオ殿下の素敵なところは私だけの宝物にしておきたくなってしまい、当たり障りのない返答になってしまった。
そんな中で「へぇ……そうですの」「羨ましいですわね」と終始、口にしていたアラミラ王女。
一見、表情は穏やかに笑っていたけれど、眼は……あの印象的な紅い瞳の奥は全然笑っていないような気がした。
何だかモヤモヤした気持ちが生まれたけれど、この時の私には、アラミラ様が何を思い何を考えていたのかなど、知る由もなく……
その後、「ふふふ。これから、ぜひよろしくお願いしますわ、仲良くして下さいませね? シャロン様」と微笑まれて、その日のお茶の時間はお開きとなった。
◇ ◇ ◇
その後もエミリオ殿下と私の文通での交流は続き、年に数回エミリオ殿下が視察に国外に出た時にレヴィアタンに寄ってくれる時だけ顔を合わせる……
そんな生活が三年続き、私が18歳の誕生日を迎えた事でいよいよランドゥーニ王国への輿入れの日が決定した。
ただし、私の希望で正式な婚姻の前に向こうで花嫁修業を行うことをお願いした為、当初の予定より少し早い旅立ちとなった。
そして、ランドゥーニ王国への出発前夜。
「いいか、シャロン。向こうの王宮は我が国とは違う! 夜にこっそり部屋を抜け出すなんて言語道断だ!」
「……分かっていますわ」
「いいか、シャロン。ちゃんとエミリオ殿下の言うことを聞いて大人しく……」
「……ですから分かっていますわ! お父様!」
出発の日が近づくにつれてお父様のお小言が増えて来た気がする。
ここのところ毎日お小言を聞いていたはずなのにまだ、言い足りないなんてどれだけあるの?
この三年で、ちゃんと私は誰もが認める淑女になったはず───
「父上は過保護だな」
「お兄様!」
「しょうがないか。シャロンだからな」
「……」
お兄様がそんな酷い事を言いながら私の頭に手を置くとちょっと強引に頭を撫でる。
そのせいで髪型が少し崩れてしまった。
「もう! お兄様!」
「お転婆だったシャロンが、ランドゥーニの王太子妃になるのか」
「……お転婆は余計です!」
「いずれお前が王妃になるなんて嘘みたいだ」
「……失礼ですよ、お兄様」
私がムスッとして応えるとお兄様は、ははっと笑う。
「だが、シャロンなら大丈夫だ。きっと皆から愛される王妃になる」
「お兄様……」
「エミリオ殿下も随分、お前に夢中のようだからな。きっと幸せにしてくれるだろう」
「……? 殿下が私に夢中? お兄様ったら何を言っているの? 夢中なのは私の方よ?」
そう言いながらお兄様を見つめたら何故かすごく困惑された。
「あー……うん。そうか……その辺は向こうに着いてから殿下と上手く話してやってくれ」
「?」
お兄様の最後の言葉は歯切れが悪くて正直よく意味が分からなかった。
それよりもどうしてもこれだけは言っておきたい。
「ねぇ、お兄様」
「なんだ?」
「お兄様がお父様の跡を継いでレヴィアタンの王となる頃……きっと私はランドゥーニの王妃になっていると思うの」
「うん? まぁ、そうだろうな」
「そうだろうなじゃなくて! あのね? だから───」
私は満面の笑顔でお兄様に向けて言う。
「その時は、レヴィアタンとランドゥーニの平和は間違い無しとなるわよね!」
「シャロン……」
「私達の手で平和の世の中にしましょうね? 約束よ、お兄様!」
お兄様は静かに笑って、もう一度私の頭を撫でると「……生意気だな」と言った。
発言とは裏腹にその声は優しかった。
「シャロン」
次に話しかけて来たのはお母様。
その声につられて私は振り返る。
「お母様?」
「向こうでも元気で頑張るのよ」
「はい!」
私が元気よく答えたら、お母様はふふっと笑った。
しまった! この返事の仕方は淑女らしくない返事だったかもしれない。
私は慌てて口を押さえたけれど、遅かったらしい。そんな私を見たお母様は、もういちどふふっと笑った。
「……シャロン。いつか、あなたの庭園を私にも見せてね?」
「ええ! もちろん! 楽しみにしていてね! お母様」
出発前夜、私は家族とそんな色々な“約束”をした。
決して果たされることの無かった“約束”を────……
24
お気に入りに追加
2,293
あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。
As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。
愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
番外編追記しました。
スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします!
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。
*元作品は都合により削除致しました。

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした
Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。
約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。
必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。
そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。
そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが…
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」
そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは
「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」
そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが…
甘く切ない異世界ラブストーリーです。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?
しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。
そんな小説みたいなことが本当に起こった。
婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。
婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。
仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。
これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。
辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる