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第15話 母親の愛情と思い出の男の子
しおりを挟む「マ、マーサおばさま……?」
「そうだよ、ライザちゃん。突然、姿を消したから驚いたよ! 無事だったんだねぇ」
そう言ってマーサおばさんは私を抱き締めた。
(温かい……)
久しぶりの人の温もりに胸が熱くなる。
「おや? その格好はどこかの貴族の使用人の格好だね? 突然、仕事を辞めて姿を消してしまったけど貴族の屋敷でお勤めしていたのかい?」
「あ、これは……」
(そうだった! 早く着替えないと。街に出てからだとこの格好は逆に目立ってしまう)
「マーサおばさま! お願いがあるんです」
「ライザちゃん?」
「着替えを……着替える場所を貸してください!!」
「へ?」
私は必死に頭を下げた。
***
「……つまり、何だい? ライザちゃんは貴族の娘さんだったのかい?」
「はい、どうやら……」
マーサおばさまは、とりあえず家においでと言ってくれたのでお邪魔させてもらう事になった。
そこで私はこれまでの事を掻い摘んで話をする事にした。
もちろん、身代わりの話は伏せて話すしかないけれど。
──ある日、父親と名乗る貴族が現れ無理やり屋敷に連れて行かれたけど、生活が合わず逃げ出した。
ざっとこんな感じ。
「それはまた、大変だったんだねぇ」
「……」
「ライザちゃんが急に居なくなるから皆、寂しがってたよ」
「みんな?」
何故か分からないけれど、私は同世代の人達にはいつも遠巻きにされていた。
お母さんと関わりのあった人はマーサおばさまのように優しくしてくれたけれど。
「特に男共は結婚でも決まったのかと皆ガックリしていたねぇ……」
「えっと……何故でしょう?」
私は首を傾げて聞き返す。
「何を首を傾げてんだい? そりゃ、ライザちゃんはこの街の男共の高嶺の花だったからさ」
「高嶺の花?」
「ライザちゃんのその鈍さと男共の互いの牽制によってこの街の均衡は保たれていたんだよ」
「はぁ……」
ますます意味が分からない。
そんな私の心を読んだのか、マーサおばさまは「相変わらずな子だねぇ」と、笑った。
「それで? ライザちゃんの父親……ルイーゼの相手はお貴族様だったんだね……」
「マーサおばさまも知らなかったの?」
「知らなかったよ」
マーサおばさまは首を横に振りながら言った。
「ルイーゼと知り合った時にはもう、すでにライザちゃんがお腹の中にいた時だからね」
「そう……」
「ただあの時のルイーゼは明らかに逃げ出して来た様子で……」
何故かそこまで言ってマーサおばさまが言い淀む。
最後まで言われなくても、何となく何を言いたいかは伝わって来た。
(侯爵ね……)
「私はいつだって逃げてばかり」
「……?」
「いつだったか、ルイーゼがそう言っていたよ」
──でも、逃げたかったの。自由が欲しかったから。
お母さんは、まず初めにどこからか逃げて来て、その後も侯爵から逃げたんだと思う。
「……お母さんは幸せだったのかな?」
思わずそんな言葉が口から出た。
「ライザちゃん?」
「私、きっと望まれてなんていなくて……お母さんは……」
「ライザちゃん!!」
黒い気持ちに支配されそうになる私にマーサおばさまが怒鳴る。
そして、私の肩を掴みながら言った。
「いいかい? それは違う!」
「……?」
「ルイーゼは、ライザちゃんが産まれてくるのをとても楽しみにしていた! 日に日に大きくなるお腹を撫でながら“私の大事な家族”なのって笑ってた!」
「お母さん……」
それなら、何故?
──何故、私の名前はエリザベスの愛称なの?
私は今回、無理やり侯爵家によってエリザベスの身代わりとなった時に“ライザ”が、“エリザベス”の愛称だと知ってしまった。偶然なの? それとも、侯爵に対する嫌味なの?
「ライザちゃんの名前をつける時もね、“女の子だったらずっとつけたい名前があったの!”そう嬉しそうに話していたんだよ?」
「……っ!」
「大好きなお祖母様の名前の愛称を使ったそうだよ?」
「っ! ……お母さん……!!」
違った! あのエリザベスは関係無かったんだ!!
思わず形見の指輪を服の上から握りしめた。
(疑ってごめんなさい……お母さん)
「病気に罹ったことが分かった時、ルイーゼはひたすらライザちゃんのこれからを心配していた。面倒な運命を背負わせる事になるかもしれない、とね」
そう言いながらマーサおばさまが私の頭を撫でる。
「面倒な……運命?」
「ライザちゃんが困った時は力になってあげて欲しい……それがルイーゼの最期の願いだった。だから、ライザちゃん! 遠慮しないで私に助けられなさい!」
そう言って笑ってくれたマーサおばさまの存在が今は涙が出そうになるほどとても嬉しく有難かった。
(侯爵はきっと今も私を探している……だから迷惑はかけられない)
それでも、少しだけ少しだけその言葉に甘えさせてもらってもいいのかな?
せめて、もう少しお金が溜まるまでは……
「マーサおばさま……ありがとうございます」
***
「髪を染めたい?」
「この髪は……なんと言うか目立つ気がするんです」
侯爵はこの髪色を頼りに“私”を探すだろう。
このままでは確実にすぐ見つかってしまう。
「その髪色は綺麗で好きだったから、いつか元に戻せるとはいえ勿体ないねぇ……」
マーサおばさまは残念そうに言う。
「仕方ないとは言え、ライザちゃんも残念だろう?」
「え?」
「おや、覚えてないかい? ルイーゼが倒れて心配したライザちゃんから、どんどん笑顔が消えて落ち込んでいった頃、ある日、久しぶりに笑顔を見せながら言ったじゃないか」
その言葉で思い出す。
「……この髪をキレイだねと言ってくれた男の子に出会ったの……と?」
「そうだよ。あの時のライザちゃんは久しぶりに笑顔を見せて嬉しそうだったね」
──テッド!
それは、テッドの事だわ。
お母さんが病気だと判明してショックを受けた私は、日に日に笑顔も無くなり笑えなくなっていった。
そんなある日、お母さんを元気づけようと思ってあの場所へ花を摘みに行って偶然出会った男の子……それが、テッドだった。
「キレイ……なんて初めて言われたから嬉しかったの」
「……あぁ、この街の男共は腑抜けだったからねぇ……」
私があの頃の事を思い出しながら笑顔を浮かべると、マーサおばさまは何故か遠い目をする。
「……?」
「腑抜け共の事は置いといて、それからのライザちゃんはどんどん元気になっていったから嬉しかったよ」
「……その男の子のおかげなんです。彼が“そんな辛気臭い顔をしていたら治るものも治らないぞ! まずは笑え!”って言ってくれたから」
「そうかい」
「えぇ、そうなんです」
懐かしいテッドとの思い出を振り返り私は微笑んだ。
そんな彼がキレイだと言ってくれた髪を染めるのに抵抗がないわけでは無いけれど……今は仕方がない。
──生きていくために。
そう自分に言い聞かせた。
***
「ライザちゃん……じゃない、リリアン。これをヒューバートの家に届けたらそのまま休憩に入っていいよ!」
「はい! ありがとうございます」
侯爵家から逃げ出して約一週間。
私はマーサおばさまの厚意に甘えて、マーサおばさまの経営するお店で働かせてもらっていた。
髪を染め眼鏡をかけ、名前も念の為に“リリアン”と偽名を名乗っている。
最初の数日は、表に出ないように裏方で仕事をしていたけれど、髪を染めると雰囲気も変わるのか“ライザ”らしさは無くなったので、少しずつお届け……外での仕事もこなすようになった。
「……せっかくなので、あそこに行ってもいいかしら……」
テッドと出会ったあの場所。
“行ってみたい”何となくそんな気持ちになった。
もう長い間、足を運んでいなかったのに。
「……大丈夫、よね? この外見だし」
そう言い聞かせて私は荷物を届け終えた後、休憩がてらあの場所に向かった。
「わぁ、相変わらず綺麗だわ」
久しぶりに足を運んだそこは昔と変わっていなかった。
(テッドも何処かで元気にしているかしら?)
“もう、ここには来れない。今日が最後なんだ”
そう言われて別れた日から一度も会っていないけれど。
(今思えば、彼はどこかの貴族だったんだろうなぁ……)
ガサッ
「……?」
そんな事を考えていたら、人の気配がしたので驚く。
ここは花しか咲いていないような場所。
人がホイホイやって来るような所では無いのだけど──……
そう思って振り向く。
「!?」
そして、私は現れた人の姿を見て驚きと共に血の気が引いていく。
「───見つけた」
その人は、私を見て確かにそう言った。
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