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第42話 陛下はお怒りです
しおりを挟む「今のお前は、一発二発殴ってやらねば目が覚めぬと思ったからな」
「ち、父上……?」
「それにアクィナス伯爵殿がとても怖っ…………コホッ、いい笑顔で“殴りたい”と主張しておったので頷いた。よって伯爵に罪は無いと私の名において断言する!」
(良かった……)
陛下……レイさんにお咎め無し宣言してくださったのは嬉しいけれど、とても怖かったって言いかけたように聞こえたの気のせいかしら?
レイさんのお顔はこんなに素敵で胸キュンなのに……何故か分かってくれる人が全然いない気がする。
「ち、父上……な、何故ですか! なぜ私を殴らせる許可などをこのような者に……」
「ウィル! お前はここまでの自分のしてきた行動を振り返ってみろ!」
「……こ、うどう?」
陛下に叱責されてウィル殿下の身体が大きく震える。
それでも陛下は攻め続けた。
「オフィーリア嬢の行方不明……黙って聞いていれば! そもそもの始まりはお前の浮気が原因ではないか!」
「そ、それは……」
「お前が、オフィーリア嬢には消えてもらおうという発言をしたと、オフィーリア嬢は口にしていた。反論はあるのか?」
「……っっ」
ウィル殿下は答えられない。
「それから! 先程、オフィーリア嬢が公爵家内で受けてきた仕打ちについて語っていたが……」
陛下はジロリとお父様……タクティケル公爵を睨む。
睨まれた公爵はビクッと身体を震わせてその場に縮こまった。
娘を……しかも王太子の婚約者だった私を虐待していたことを暴露された公爵には、先程から冷たい視線がかなり向けられている。
その前も嘲笑されていたからもうタクティケル公爵家は終わりだ。
(……当然の報いよ!)
睨みを終えた陛下は、再びウィル殿下に顔を向けた。
「そんな扱いを受けて傷ついていたオフィーリア嬢に、お前もそこの妹……コーディリア嬢と共にオフィーリア嬢を追い詰めていたんだな!? 運命の相手に……この罰当たりめ!」
「で、ですが……その時は、う、運命の……お告げの令嬢が、コ、コーディリアの可能性もあった……ので……」
「阿呆! だとしてもオフィーリア嬢を蔑んでいい理由にはならん!」
陛下の怒りは相当のようで、こちらまでピリピリ振動が伝わって来る。
「それが何だ? コーディリア嬢がお告げの令嬢でないと分かった途端の手のひら返し。そんなお前は殴られて当然だ!」
「くぅっ……」
「そもそも! 婚約者交代はならんと散々言っていただろう!」
「そ、それは……」
国王陛下はコーディリアにもお告げの令嬢の可能性がある、とは、これまでのただの一度も口にしなかった。
それはコーディリアがタクティケル公爵家の血を引いてないことを知っていたから……
だからと言って陛下が、公爵夫人の抱えて来た秘密を明かすわけにはいかない……となると、ウィル殿下にはそう言うしかなかったのだと今なら分かる。
「……ウィルよ、お前には話したはずだぞ? お告げの令嬢を蔑ろにした王の末路を」
「っ!」
「お前はあの時、オフィーリア嬢を追い出したのは自分では無いと言っていたが……違ったようだな」
陛下の言葉にウィル殿下はダラダラと汗を流し始めた。
「なぜ! 大切にしなかった!?」
「オ、オフィーリア……は、いつも笑わないし無愛想の能面で……」
「例え、感情が表情に出なかったとしても、オフィーリア嬢はお前にずっと尽くしてきただろう!? 何故、それに気付かん!?」
「オフィーリアが、尽くして……?」
ウィル殿下が愕然とした表情になる。
それだけで、殿下の中での私がどういう存在だったのかがよく分かる。
(それなのに私のことを愛せそう? バカにしないで欲しい)
「お前だけでは心許ない公務はいつだってオフィーリア嬢を横に付けていただろう!」
「心許ない……? わたし、が?」
「先程のコーディリア嬢とのダンスがいい例だ! 何だ! あの無様なダンスは!」
「無様……」
無様……という陛下の言葉に会場からは失笑が漏れる。
「あんなものダンスとも呼べん! いくらコーディリア嬢のダンスが壊滅的に下手だったとしても、お前も下手でセンスが無かったからあんな事になったのだ!」
「へ、下手でセンスが……? な、無かった?」
「……オフィーリア嬢はよほど上手くカバーしてくれておったのだな……」
「オフィーリア……が!? カバー……?」
殿下はよほどショックだったのか間抜けな顔を晒している。
「……斬新なダンスだったのは、あの会場の様子から分かっていたが、思っていたよりも酷そうだな」
「ええ」
私とレイノルド様はこっそり頷き合う。
ここまで来ると少しでもいいから見てみたかったかも……なんて気持ちが生まれた。
「しかし、リア……オフィーリアはダンスが上手いのだな」
「え?」
「下手でセンスの無かった王子のダンスを周囲にそう思わせないように見せる事が出来ていたのは、リアの腕が素晴らしかったからだろう?」
(レイさん……)
その言葉が嬉しい。誰にも褒められなかったけれど、人知れず努力してきたあの頃の“オフィーリア”が認められた。
そう思ったら自然と顔が綻んだ。
「むっ……リア、そんな可愛いらしい顔をこんな所で……!」
そう言ってレイさんが私を抱き寄せて囲うと、他の人に私の顔が見えないように隠してしまう。
「リア───オフィーリア、国に戻ったら私とダンスをしよう!」
「レイノルド様?」
「ダンスだけではない。リアがずっとしたかった事……これから、二人で色々な事をしていくぞ!」
「──はい! 楽しみです!」
私は笑顔で頷いた。
そんな私達の様子を見ていた陛下がはぁ、とため息を吐く。
「ウィル……どうやら、お前も……あぁ、そこの公爵も“お告げ”を随分と軽く考えていたようだな……」
「ち、父上……」
「ウィルよ。最近のお前の様子がおかしかったのはそのせいだったか」
陛下は、はぁ……ともう一度深くため息を吐いた。
(そういえば“お告げの令嬢を蔑ろにした王の末路”とさっき陛下は口にされた……)
私は内心で首を傾げる。
そうだったわ! 運命の令嬢以外と結ばれれば不幸になる……そんな話で……確か、昔、さらに蔑ろにして別の妃を無理やり娶った王は短命だったという話……
(もしかして、本当の話だった?)
ウィル殿下が、どこか具合悪そうな様子なのは……運命の令嬢の私を蔑ろにしたからその罰を受けている?
そして今、ウィル殿下が気持ち悪いくらい私に執着しているのはそのせい───?
「とんでもない占いだな」
「レイノルド様?」
レイノルド様もため息を吐いている。
「占いというよりもはや、呪いに近い気がする」
「呪い……」
この国の王家は“占術”だの“お告げ”だのなんて言い方をして来たけれど、本当はずっと呪われていたのかもしれない。
そんな風に感じた。
「……」
(やっぱり、この国……一回滅んだ方がいいのでは……)
そう思った時だった。
「ウィルよ。お前のせいでオフィーリア嬢は逃げることを決め、そして自分の場所を見つけて幸せを掴み取っている」
「……父上?」
「ましてや、あんなにもアクィナス伯爵の隣で幸せそうに笑うオフィーリア嬢を見せられて、こんなウィルの為に戻って来てくれとは言えん……」
「え……ま、待って下さい、父上……そ、そうなると私は……」
狼狽える殿下に向かって二本の指を立てながら陛下は言った。
「……お前の選択肢は二つだ」
「ふた、つ?」
「“短命”がどれくらいの期間を指すかは、事例が少なくて正確には分からぬ。だから少しでも長生き出来ることを願って死ぬまでこのまま過ごす」
「え……」
ウィル殿下の顔が引き攣った。
「それか今すぐ廃嫡される。そうすれば、“死ぬ”ことだけは免れるだろう」
「はい……ちゃく……」
「───どうする? ウィル」
会場内はしんっと静まり返っていた。
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