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第29話 ムキムキでなくても
しおりを挟むオフィーリア……まさか、その名をレイさんの口から聞くなんて。
「……知って……いたのですか?」
コクリとレイさんが頷く。
何で? いつから? そんな疑問が私の頭の中をぐるぐる回る。
「……リア。君が混乱するのは最もだ! だが」
「だが?」
「私は君が誰なのかも知っていて、何を背負っていたのかも知っている…………と言うより聞き出した」
(聞き出した?)
「レイさ……」
「全部分かっていて、それでも私はリアのことが愛しい。君を生涯この手で守り続けて幸せにしたい! だから、け、け、結婚してくれと申し込んでいるんだ!」
そう言って、ギューーーーッと私を抱きしめるレイさん。
だけど、そんなレイさんの身体が少し震えているのが伝わって来る。
これは、レイさんの不安? 緊張?
(あぁ、もう! そんなレイさんの全てが私も愛しいわ……)
「……だ、だから、リア」
「は、はい……」
「このプ、プロポーズをも、もしも断りたいと言うのなら、わ、私の身体がヒョロいとか、実はリアが貴族令嬢で王子の婚約者だった過去がある……とかそういう事は理由にしないでくれ!」
「……え?」
「“レイノルド”の事が、嫌悪するくらい苦手だ! それ以外の理由は……認めん!」
「!」
み、認めん! って!
その言い方が可笑しくて、自然と笑いが込み上げて来た。
「ふ、ふふ……」
「リア?」
「あは……あはは、何ですか……それ! もう! ……あはっ」
レイさんの事が、嫌悪するくらい苦手?
そんな事あるはずがないのに。
むしろ私は、私の心は────
「……リア」
レイさんは返事を急かすことはせずに、笑い転げる私の頭を撫でながら優しく静かに見守っている。
(優しい手……)
やがてどうにか笑いが落ち着いた私はそっと口を開く。
「レイさん……いえ、レイノルド様」
「むっ?」
「私……いえ、“オフィーリア”の家族だった人達は……どうでしたか?」
「……」
あの人達のことだから、きっとレイさんを困らせたに違いない。
それに……コーディリア。
───俺がいつかどこかでその君の妹とやらに会う事があったとしても、だ。俺の一番はリアだ! それは絶対に変わらない!
───俺にはそう言えるだけの自信があるぞ!
あの時、レイさんは私にそう言ってくれた。
コーディリアとも顔を合わせたはずなのに、今、レイさんは私を求めてくれている。
それは……そういう事で……いいの?
「非常識の塊のような奴らだった」
「……そうですね」
想像通りの答えが返ってきた。本当にその通り。
連絡しないで来たのもわざとだったのではないかしら?
そう言いたくなる。
「奴らと話をしていたら……リアの事を抱きしめたくなったな」
「え?」
そう口にしたレイさんが私の顔をじっと見つめる。
そして今度は頭ではなく私の頬を撫でた。ちょっとくすぐったい。
「今……もそうだが、リアはこんなにも可愛らしく笑えるのに、それを長い間、奪っていたあいつらが私は許せない」
「レイさん……」
「それから、誰もが可愛いというらしい妹だが……確かにびっくりするくらいリアとは似ていないな」
“似ていない”
その響きにドキッとした。
コーディリアと私が似ていない事は昔から言われ慣れている言葉だけれどレイさんの口から出た言葉だと思うと……
「───あれは性悪そうな雰囲気が全身から溢れ出ていたぞ」
「え? 性……悪……」
「ああ。リアの美しさの足元にも及ばない品のない女だと思う」
「……」
私が言葉を失っていると、レイさんはコツンと額を合わせてきた。
「なぁ、リアはもっと自信を持っていいと思うぞ?」
「じ、しん?」
「これまで私が何度、食堂で働くリアに見惚れて来たと思う?」
「……それ、は……」
「リアほど美しくて綺麗で……そしてこんなに可愛らしい女性を私は知らない」
「……!」
(す、すごい口説き文句……!)
レイさんの言葉はいつだって真っ直ぐで、嘘偽りが無い。
だからこそ、じわじわと私の心に入ってくる。
「オフィーリアでも、リアでも構わん! 全て引っ括めて今、目の前にいる可愛い君に変わりはない! 私は笑えなかったオフィーリアの過去ごと愛して、これから先の未来は必ず幸せにする! いや、してみせよう!」
「オフィーリア……の過去ごと?」
「あぁ。だから、私の妻になると頷いてくれ、リア」
レイさんの言葉は懇願に近かった。
そんなにも私の事を望んてくれている? そう思うだけで嬉しくて泣きそうになる。
「そして、必ず、リュウにも負けないムッキムキの男になってみせる!」
「……」
ムッキムキなレイさん。
想像するだけでもとってもとっても魅力的だわ。
でも……
「…………せん」
「むっ?」
「……ムッキムキに、ならなくても構いません……」
「なっ!?」
私がそう口にしたからかレイさんが焦りだした。
「な、何故だ!? リアはムッキムキが……」
「好きです! ムッキムキは大好きです! 憧れますしかっこいいですし胸がキュンキュンします! でも……」
私は一旦、そこで言葉を切る。
そして、一度深呼吸してからレイの目をしっかり見つめた。
「レイさんは、ムキムキしてなくても素敵でかっこいい……です」
「……え?」
「私は……レイさんと一緒にいるだけでいつも幸せでドキドキして、胸がキュンっとするんです」
「リ、リア!?」
その厳ついお顔もかっこいいとは思うけれど、大事なのはそこじゃない。
「ムッキムキにならなくてもいい、ので……これからも、わ、私のそ、そばにいてください……」
「リア……」
「レイさんと一緒に幸せに……なりたい」
「リア!」
レイさんがギューーーーっと苦しくなるくらい抱きしめてくれた。
「当たり前だ! 一緒に幸せになろう! リア!」
「……ですが、オフィーリアは……レイさんに面倒事しか運んで来ないかもしれません……」
「そんなの構わん! そんなもの全部私が吹き飛ばす! リア! 大好きだ!」
レイさんのもう何度目かも分からない愛の告白に、私は自然と笑みが溢れる。
「……私も……レイさんが好きです」
「リア……!」
言葉にしたらストンと私の胸に落ちて来た。
(あぁ……私、ずっとずっとレイさんのことが、好きだったんだわ)
「リア!」
「レイさん!」
レイさんは嬉し涙を堪えているのか、とっても厳つい顔でプルプル震えていた。
そんな姿が愛おしくて私はまた笑った。
(幸せ……こんな気持ち初めて……!)
私達はしばらくの間、そのままお互いを抱きしめ合っていたのだけど。
「…………リア」
「?」
名前を呼ばれたので、そっと顔を上げると真剣な瞳のレイさんと目が合った。
(あ……)
レイさんの顔がそっと近付いてくる。
だから私もそっと瞳を閉じた。
───チュッ
「……」
「……」
初めての唇に触れたキスはほんの一瞬だった。
何だかとても寂しくてそっと目を開けると、目の前には真っ赤になったレイさんの厳ついお顔。
その顔を見ていたら、つられて私の顔も赤くなる。
「リア……ももももう一回、いいい、いいか!?」
「────は、ははははい!」
真っ赤な顔で見つめ合う私達。
そうして、再び幸せな甘いキスが降って来た────
そして─────
私がそんな胸いっぱいの幸せを噛み締めていた頃、“あの人達”は───……
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