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第27話 愛しい人のために (レイノルド視点)
しおりを挟む(あぁ、リアの顔立ちは公爵似なのだな……)
応接間にてタクティケル公爵家の面々と向かい合った私は、ぼんやりとそんな事を考える。
一方で、先程からそんなにも私が怖いのか、目を潤ませてチラチラこちらを見てくるのが、妹のコーディリア、か。
(……似てないな)
顔立ちだけではない。雰囲気も何かもかも姉である、リア……オフィーリアとは似ても似つかない。
これが“可愛い”だと?
“あざとい”の間違いでは無いのか?
とりあえず、私が最も毛嫌いするタイプの女の匂いがする。
───リア。
一人で部屋に残して来てしまったが、大丈夫だろうか?
約束の明後日。彼らが来る前に、リアと話をしてどうするかを決めようと思っていた。
まさか、公爵ともあろう人間が連絡もせずにこんな非常識にやって来るとは思いもしなかったからな。
(王子が密入国した時点でどんな国かはお察しか……)
こんな非常識の塊のような彼らの元でリアは過ごしていたのか。
(……苦しかっただろうな)
リアは、あんなにも素直で可愛らしいのに、“笑顔が得意ではない”と口にした理由がようやく分かった気がする。
こんな奴らの元にいて、笑えるはずがない。
彼らの元から逃げ出して離れられたからこそ、リアはあのように笑えるようになったのだ。
「それで? 先程も言いましたが、到着の予定は明後日では無かったのですか?」
「は、早く着いてしまったのだ! 少しくらいいいだろう!?」
(そんなわけあるか!)
「約束は守ってもらわないと困りますね」
「ヒッ……!」
私が睨むと公爵は小さな悲鳴をあげる。
どうせ、こんな性格の男だから私のことを“爵位を継いだばかりの伯爵小僧”とでも侮っていたのだろう。
怖い……悪人……と怖がられることの多かったこの顔も案外、役に立つものだな。
「まあ、それを今更責めてもしょうがないですからね、さっさと殿下と共に帰国をお願いします。それで肝心の王太子殿下の居場所ですが──」
「そ、それなのだが!」
「……」
「すまぬが、も、もう少し、た、滞在の許可を頂きたい!」
そう頼み込む公爵の顔は必死だった。
「……何故ですか?」
(……やはりな。こう来たか)
「アクィナス伯爵殿。き、貴殿も……殿下から事情は聞いて……いるのだろう!?」
「……」
「む、娘の……上の娘が……こ、この国にいる可能性があるのだ!」
(誰が渡すか!)
私は静かにため息を吐く。
「……王太子殿下も手紙にて私に同じ事を訊ねられましたが、答えは変わりません。“そのような入国者の記録はありません”ですね」
「そ、そんなはずない! 絶対に若い女性が一人で入国しているはずだ! もう一度よく調べてくれ!」
「……」
私は嘘はついていない。
あの時期に、若い女性が一人で入国した記録は無い。
───孫のような若い女性を連れた老夫婦は居たけれどな。
(リアのことだから、念には念を入れて入国時に協力者を求めたのだろう)
王太子殿下もこの公爵も、私に聞いているのは、“若い女性が一人で入国”なので、該当者はいない。
(愚かだな……)
「その居なくなったという上の娘を見つけて、貴殿らはどうするつもりなのですか?」
「それはもちろん、殿下との結婚を……」
「それが嫌で娘は逃げたのでは?」
「……くっ」
リアの事だ。
王太子殿下がヒョロいからなんていう理由で逃げ出すはずがない。
もっと、逃げなくてはならなかった理由があるはずだ……
「申し訳ないが、滞在延長の許可は出来ない。すぐに王太子殿下を連れて帰国して頂く」
「な、何故だ!」
「ひ、酷いわ……私達は大事なお姉様の無事を確認したくてここまで来たのに!」
「そうよ! 可愛い娘なのよ!」
(あぁぁ、ピーチクパーチク煩い!)
「……それならぱ、その上の娘の好む物はなんだ?」
「…………は、い……?」
「王太子殿下からの手紙で、姿絵も同封されていたから令嬢の簡単な外見の特徴は私も知っている。だが、それだけだと手がかりが薄いだろう?」
「え……?」
「だから聞いている。その娘が好んでいる物はなんだ? 立ち寄りそうな店は? 食べ物屋か? 宝石屋か?」
「……」
「この国に知り合いはいるのか?」
「……」
私の言葉に三人が困惑した様子で顔を見合わせる。
誰一人として答えられないようだ。
「なぜ、すぐに答えられない? 大事な姉なんだろう? 可愛い娘なんだろう?」
「……ヒッ!」
(リアは……! あんなにも分かりやすいじゃないか! あれ程までにキラキラした目で筋肉を語るんだぞ!? なぜ、こいつらは家族なのに何も知らないんだ!!)
あぁ……今すぐこんな奴ら、その辺に放り出してリアの元にさっさと向かいたい。
そして、たくさん抱きしめて私がリアを大切に思っている事を伝えたい。
リアはもう一人じゃない! これからは私がいるのだと。
「…………ヒィッ」
私の決意を込めた表情がそんなにも怖かったのか、公爵達は再び悲鳴をあげる。
「ア、アクィナス伯爵殿! お、落ち着いてくれ! こ、殺さないでくれ!」
「……」
(阿呆なのか?)
「わ、私も死にたくないわ! ウィル様と幸せになるんだからぁ~」
「!」
(ウィルだと? それは王太子の名のはず……)
リアの妹……コーディリアのその言葉を聞いてようやく理解した。
リアの婚約者だったというあの弱そうな王太子は妹と浮気をしていたのか……
(だが、ここに来てリアを連れ戻そうとする理由は何だ? それだけが分からない)
王太子も浮気をしていたのなら、その妹を娶れば済む話だろう?
なぜ、リアなんだ!
「……何故だ?」
「ひ、え?」
「何故、その上の娘が王太子殿下の元に嫁がねばならんのだ?」
「そ、それは……」
「他の者では駄目な理由はなんだ?」
「……っ!」
「洗いざらい喋ってもらおうか?」
私は彼ら三人に向かってとびっきりの“笑顔”を見せた。
─────
「リア! 私だ。開けてくれ」
無事に奴らを追い返し、しかも奴らの目的までをも聞いた私は急いでリアの元に戻った。
なんと奴らは図々しくも、今夜は屋敷に泊めろなどと言い出したので、「予定に無いことは出来ませんが?」と、追い出した。
予定外のことをしておいてなんて図々しいのか。
今日は街にある宿に泊まることになるだろう。監視の者を付けておいたから何かあれば連絡が来るはずだ。
(陛下に報告をしないといけないな……)
だが。それよりもまずは愛しのリアだ!
「リア!」
ドンドンと扉を叩くけれど反応がない。
まさか、リアに何かあったのか? やはり一人にするべきでは……
そう思った時だった。
「……レイさん、ですか?」
「そうだ!」
(良かった! 居てくれた!)
「本当に……? レイさんの真似をした別人ではありませんか?」
「え? リア?」
リアが疑い深くなっている!
いや、これくらい用心深い方が安心は出来るが……
「リア!」
「……本当にレイさん? では、私の好きな」
「筋肉だ!」
私は間髪入れずに答える。
リアの好きな物=筋肉!
これ以外に無いはずだ!
カチャッ
鍵の開く音がして扉がそっと開いた。
「リア!」
「レイさん……」
むっ? リアの顔がほんのり赤いぞ?
そこで、ようやくここを出ていく時のどさくさに自分がリアに何をしたのかを思い出した。
「むっ……!」
「レイさん、お、おかえりなさい、ませ」
「リア……!」
(か、可愛い!)
照れてるリアも貴重で可愛いが、この言葉がいい……おかえり……なんていい響きなんだ……
そのせいなのか、感極まった私は気付いたらリアに向かって叫んでいた。
「す───好きだ!!」
……と。
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