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第25話 招かれざる客
しおりを挟む「レイさん、またそんなに食べるのですか?」
「ああ……沢山食べて力をつけておかないといけないんだ」
「力を……?」
アクィナス伯爵家でお世話になるようになって数日。
レイさんは私が食堂で働く時は自らお店まで送り迎えをしてくれている。
そして、食堂でも変わらず食事を摂るレイさん。
(まさか、護衛というのが“レイさん”本人という意味だったなんて……!)
ちゃんとアクィナス伯爵家にだって、護衛の方がいるのに彼らを差し置いてレイさんは、自分が私を守るのだと言い出した。
レイノルドは守られる立場だが、“レイ”は違う! で、押し切られてしまったわ。
領主様なのに何かあったらどうするのかしら、と思う。
(でも、それがレイさんなのよね……)
あれ以来、お店の付近で殿下を見かけることは無いし、今の所は何も起きてはいないけれど。
「リアちゃん、ちゃんとレイさんの所で食べさせて貰っているかい?」
「あ、奥様……」
「顔色もいいし、肌にも艶がある。レイは大事にしてくれているようだな」
「ご主人様……」
食器を下げに行ったら二人はうんうんと頷きながらそんな事を口にした。
────……
ここの住み込みを離れてレイさんの元でお世話になります、と話したあの日、二人は何故かとても喜んでくれた。
『やっと? やっとなのね!? もう、ずっとじれったかったのよぉぉぉ!』
『あぁ、レイの奴、やっとバシッと決めたのか!』
『バシッ?』
何故か興奮する二人。さらに……
『それで? 式はいつなの? リアちゃん!』
『その日は店は臨時休業だな! いつなんだ?』
『はい?』
(式に 臨時休業……? まさか……)
これは、お嫁に行くと勘違いされたのだとさすがの私にも分かったので、私は慌てて否定した。
『ち、違います! ただの居候です!』
そう告げたら「どうしてぇぇ!?」「レイのヘタレェェーー」と二人が絶望の表情を浮かべて頭を抱えて叫びだした。
ちょうどそこに呑気に「リア、挨拶は終わったか?」とレイさんが顔を出したので、「レーーイ、ちょっとこっちに来い!」「お説教よ!」と、二人にレイさんは奥の部屋まで連行されていった。
後でレイさんに二人とどんな話をしたのですか? と訊ねたのだけど、レイさんは苦笑すると私の頭を撫でながら言った。
『リアは愛されているな』
『愛……?』
家族だったはずの公爵家の人達との間には一切感じることが無かったその言葉にすごく驚いた。
『二人はリアのことを娘のように思っているじゃないか』
『娘……!』
『可愛い娘を不幸にしたら許さん! と、店主に包丁持ちながら脅されたよ』
『ほ、包丁を……!?』
レイさんの正体を知らないとはいえ、ご主人様の脅し方が物騒すぎるわ!
私が慌てていたらレイさんは私を見つめて笑いながら言った。
『いいんだ、誰よりもリアを幸せにするのが俺の役目だから』
『レイさ……』
その言葉に私の胸が盛大にときめいてしまった。
─────……
(な、何だか、プ、プロポーズみたい……なんて思ってしまったわ!)
その時の会話を思い出して赤くなる私に二人は安心したように笑う。
「リアちゃんの表情が全てを語っているわね!」
「ああ。だが、レイの食いっぷりは最近すごいな。あいつは何を目指しているんだ?」
ご主人様が今も山盛りのご飯をパクパクと食べているレイさんをチラッと見ながら言った。
「えっと、沢山食べて力をつける必要があるそうですよ」
「力を?」
「はい」
私がそう説明したら二人は首を傾げていた。
「お二人共、レイさん食べっぷりに首を傾げていましたよ?」
「むっ? ……いつもあの店で頼むのはスープばかりだったからだろうか」
「そうかもしれません」
仕事が終わり、帰りの馬車の中。
レイさんは今日もしっかりきっちり迎えに来てくれた。
「……理想というのは遠いな」
レイさんが自分の身体を見ながらため息とともにそう口にする。
「理想、ですか?」
「ああ。だが私は絶対に諦めない!」
(レイさんの言う理想が何を指しているのかはよく分からないから、私が簡単に言う事ではないかもしれない。でも……)
「レイさんなら、大丈夫だと思います!」
「リア……ありがとう」
そう言って笑ったレイさんが、そっと私の肩に頭を乗せてきたのでドキッとする。
レイさんは、二人で馬車に乗る時は向かい合わせではなく、必ず私の隣に座る。
だから、いつも距離が近いせいで、私の心臓はいつもドキドキ鳴りっぱなし。
でも、そんな時間が心地よくてこれからもこんな風に過ごせたら、なんて───
「……リア。実は明後日、客が来る」
「はい? お客様……ですか?」
──ドクンッ
何かしら? 心臓が嫌な跳ね方をした。これは……胸騒ぎ?
(お客様……まさか、レイノルド様の縁談相手……とか?)
それは嫌だと私の心が叫びそうになった。いつかは来る日だと分かっていたのに。
「えっと、わ、私はその日、屋敷にいない方が……良い、のでしょうか?」
「……」
使用人でもない女性……しかも平民の居候。
ワケありだと誤解されてレイノルド様が、縁談相手に振られてしまうかもしれない。
「……リア。訪ねて来るのは……隣国の貴族なんだ」
「え? 隣国の……? え、縁談相手ではないのですか?」
「縁談? 違う! それは前にも無いと言っただろう」
「で、では……」
隣国……という言葉に大きく動揺してしまう。
「来客は……隣国の────タクティケル公爵家の当主と、夫人、それから娘の三人だ」
「!!」
私はヒュッと息を呑んだ。
「……」
「……」
私が黙り込んだせいなのか、レイさんは何も言わずにいてくれている。
どうしてあの人達が……
(そうか……そうよね……)
殿下がここに来たから? 私がここに居るだろうと彼らもやって来るの?
いくら殿下が入国時はお忍びでやって来ていても、何日も行方不明だったら殿下の動向も探られるに決まっている。
「……リア」
「は、はい……」
どうしよう、声が震える。
「彼らは、“私の大事なもの”を奪おうとやって来る」
「え? 大事な物、ですか?」
「ああ。だから私は絶対にそれを許す事が出来ないんだ」
「レイさん……」
そう語るレイさんの目は真剣だった。
レイさんには、そんなに大事な物があるの?
それにあの人達は何を欲しがって……? 目的は私の捜索と連れ戻しでは無かったの?
「奪われない為の根回し……いや、準備もしたつもりなんだが……」
「あ……」
レイさんがそこまで口にした時、ガタンッと馬車が停車した。
屋敷に着いたみたいだ。
「……リア、詳しいことは屋敷の中で話そう」
「は、はい……」
先に馬車から降りたレイさんに差し出された手を取って、私も馬車から降りようとしたその時だった。
「───レイノルド様! 大変です!」
「ビリー? どうした?」
レイさんの姿を見つけたビリーさんが急いで駆けて来た。
「お、お客様……が」
「客?」
「つい、先程…………明後日、到着のはずのお客様がもう……」
「なに!?」
ハァハァと息を切らせながらそう説明するビリーさん。
相当困惑している。
(明後日到着するはずの……お客様って……)
レイさんがハッとして門を見る。
つられて私もそっちに視線を向けると、そこには───……
「───いつまで待たせる気だ! 私を誰だと思っている! ちょっと訪問の予定が早まっただけだろう!?」
「本当よ! いつまで、外で待たせるつもりなの!」
「も~う! 何で中に入れてくれないの~?」
お父様、お母様……そして、コーディリアの三人が門番に不満をぶつけている所だった。
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