【完結】“可愛げがない女”と蔑まれ続けた能面令嬢、逃げ出した先で幸せを見つけます ~今更、後悔ですか?~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
23 / 53

第19話 胸騒ぎ

しおりを挟む


  ───その日は、朝からおかしかった。

  いつもならリュウ様が夢に出て来てムキムキの筋肉を思う存分堪能して満足しながら目が覚めるのに、その日の朝は何の夢も見なかった。
  そして支度を終えて仕事に向かう直前、部屋を出ようとしたら……
  バサッ!
  前にも聞いた気がするその音に振り向くと、またしてもリュウ様の本が落下していた。

「……?  変なの。昨夜読んだ後、しっかりしまったはずなのに」

  そう言いながら本を拾いあげる。
  その時、ちょうど落ちた衝撃で開いてしまっていたページに目がいった。

「はっ!  これは……お姫様の“元婚約者”が復縁を迫ってくるシーンじゃないの……!」

  そう。この物語のリュウ様の大好きなお姫様には、もともと婚約者がいた。
  しかし、その婚約者はある日、身分が低い令嬢と恋に落ちてしまう。
  そして大勢の人達が集まるパーティーで、お姫様との婚約解消を宣言してしまう。

  ……まるでお姫様を悪女のように罵ってくるのよ。最低な人!  浮気したのは自分のくせに……!
  それで後から勝手な言い分で復縁を迫ってくるのよねぇ……

「何が“やっと気付いたんだ、今は 後悔している……”“俺にはやっぱりお前が必要だった”“君じゃなきゃダメなんだ”よ!  ……そんなの全部、今更でしょう!」

  復縁を嫌がるお姫様に強引に迫る元婚約者の男。
  だけど、そこに颯爽と駆け付けて守ってくれるのが…………我らがリュウ様!!  ムッキムキ!

「このシーンは何度読んでも胸キュンなのよね。助けに来たリュウ様はお姫様にこう言うのよ。“───約束しただろう?  いつもどんな時も私はこの筋肉で君を守……”」

  ────俺は……君を守るよ。

「…………ち、違っ……!  な、なんで今……その言葉が頭に浮かぶ……の」

  リュウ様のかっこいい場面とセリフを反芻していたはずなのに、何故かレイさんのくれた言葉を思い出してしまい動揺してしまう。

「もう!  なんでレイさん……」

  だけど、あんな事まで言ってくれるなんて……本当にレイさんは素敵な人だわ。
  そう思いながら本を元の場所に戻して、下の階に降りて仕事に向かった。


────


  忙しい時間が過ぎて、少しの休憩を貰った私は、窓の外を眺めていた。

  (今日はレイさん……来ないのかなぁ)

  いつも彼が来る時は忙しい時間が過ぎた後。
  でも、今日はその時間が過ぎてもレイさんは来ない。残念ながら今日は会えない日らしい。
  寂しい。そんな気持ちが生まれる。

「会えなくて、寂しい……なんて思う人は初めてだわ」

  (よく考えたら……私、レイさんの事、何も知らない)

  レイ……は明らかに偽名。なら本当の名前は?  本当はどこの貴族の人なのかも知らない。
  …………私は、レイさんがお店に来てくれなければ、自分から彼に会いに行くことすらも出来ない。

「……友達、なのに何も知らないって悲しいわね」

  だけど、それは私も同じ。
  私だって彼に言えていない事が沢山ある───
  レイさんは私が隣国から逃げて来た王子の婚約者の貴族令嬢だったと知ったらどう思うかしら?

「……仕事に戻ろう」

  ここで悩んでいても答えは出ないもの。
  そう思って仕事に戻ろうとした時だった。



「───もう、我慢出来ん!」
「いえ、ですが……」
「私はお腹が空いているんだ!  いいからさっさと───」

  (お店の入り口の前で誰かが揉めている?)

  どうやら、男性二人が揉めている。
  なんとなく聞こえてきた会話の断片だけ拾うと、お腹が空いたからこの店に入りたいと言っている人と、この店では駄目だと言っている人の意見の相違で揉めているみたいだ。

「ですが、何もこんな街の食堂でなくても……」
「こっちは長旅で疲れているんだ!  これ以上私に空腹を我慢しろというのか!」

  (────ん?)

    彼らの前を素通りして店の中に戻ろうと考えていた私は、踏み出す直前にピタリと足を止める。
    声を荒らげている方の男性の声に、どこか聞き覚えがある気が…………する。

  (気のせい……よね?  たまたま、声が似ているだけの……他人の空似……)

  だって“彼”がこんな所にいるはずが……ないわ。
  いくら、オフィーリアを捜索していたとしても本人がわざわざ来るなんて事は……ない…………でしょう?

  そう思いながら、今も言い合いをしながら揉めている二人の方へとこっそり視線を向ける。
  声を荒らげていて偉そうな態度の人は、金の髪で───……

「…………っ!!!!」

  私はヒュッと息を呑む。

  ────ウィル殿下!?
 
「ど………どうして、ここ……に?」

  あれは間違いなくウィル殿下だ。簡素な格好をしているけれど、無駄に長く一緒に過ごして来たから分かる。
  
  (まさか私を探しに……?)

  だとしても……なんで王子が自らやって来るの?
  いくら私の髪型が違うと言っても、きっと顔を合わせたら絶対にすぐにバレてしまう。

「逃げ……なきゃ……」

  幸い、まだ殿下と私の間には距離がある。こっちにも気付いていない。
  今、逃げればきっとこの場はやりすごせるはず。
  なのに!

  (どうして足……動いてくれないの?)

  足が竦んで震えてしまっていて、動けない。
  こんな状態で今、下手に動けば変な物音を立ててしまって、逆にこっちに視線を向けられてしまう気がする。
  
  (お願い、殿下……ここには来ないで……あっちに行って……あなたには見つかりたくない!)

  情けない事にそう願うことしか出来ない。
  ───見つけた!  オフィーリア!  相変わらず君は可愛げがないな!
  ───鬼ごっこはお終いだよ、オフィーリア

  前に倒れた時に見た夢を思い出す。殿下やお父様、コーディリアに捕まってしまう夢……
  もう、あんな国に戻りたくない!  私はここで……ここで幸せになりたいの!
  
「誰か……たすけ……嫌……」

  誰に聞かせるでもない、そんな言葉が私の口から漏れた──その時だった。

「─────リア?」
「!」

  (この声……は)

「そこに居るのは、リアだろう?  どうした?」
「……」

  (……レイさんの声!)

「表に回ったらリアがまだ、休憩から戻っていないと聞いた。何かあったのか?」
「……さ、ん……」

  (レイさんだ……!)

「え?  リア?  震えて……しかも、泣いて……いる?」
「レイさ……」
「どうしたんだ、リア。何があっ…………」

  レイさんの声を聞いて安心したからなのか。
  理由は分からないけれど、あんなに言うことを聞いてくれなかった足の震えが止まった。

  (動く!)

  私はレイさんの元に駆け寄り、思いっきり抱きついた。

「…………!?  リア!?」
「────助けて」
「え……?」
「わ、私を……た、助けてください……レイさん……」

  それは、これまでどんな時も顔色を変えずに、色々な事を一人で耐えて来た私が、生まれて初めて発した“助けを求める声”だった。

しおりを挟む
感想 256

あなたにおすすめの小説

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

〈完結〉【コミカライズ・取り下げ予定】思い上がりも程々に。地味令嬢アメリアの幸せな婚約

ごろごろみかん。
恋愛
「もう少し、背は高い方がいいね」 「もう少し、顔は華やかな方が好みだ」 「もう少し、肉感的な方が好きだな」 あなたがそう言うから、あなたの期待に応えれるように頑張りました。 でも、だめだったのです。 だって、あなたはお姉様が好きだから。 私は、お姉様にはなれません。 想い合うふたりの会話を聞いてしまった私は、父である公爵に婚約の解消をお願いしにいきました。 それが、どんな結末を呼ぶかも知らずに──。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...