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第19話 胸騒ぎ
しおりを挟む───その日は、朝からおかしかった。
いつもならリュウ様が夢に出て来てムキムキの筋肉を思う存分堪能して満足しながら目が覚めるのに、その日の朝は何の夢も見なかった。
そして支度を終えて仕事に向かう直前、部屋を出ようとしたら……
バサッ!
前にも聞いた気がするその音に振り向くと、またしてもリュウ様の本が落下していた。
「……? 変なの。昨夜読んだ後、しっかりしまったはずなのに」
そう言いながら本を拾いあげる。
その時、ちょうど落ちた衝撃で開いてしまっていたページに目がいった。
「はっ! これは……お姫様の“元婚約者”が復縁を迫ってくるシーンじゃないの……!」
そう。この物語のリュウ様の大好きなお姫様には、もともと婚約者がいた。
しかし、その婚約者はある日、身分が低い令嬢と恋に落ちてしまう。
そして大勢の人達が集まるパーティーで、お姫様との婚約解消を宣言してしまう。
……まるでお姫様を悪女のように罵ってくるのよ。最低な人! 浮気したのは自分のくせに……!
それで後から勝手な言い分で復縁を迫ってくるのよねぇ……
「何が“やっと気付いたんだ、今は 後悔している……”“俺にはやっぱりお前が必要だった”“君じゃなきゃダメなんだ”よ! ……そんなの全部、今更でしょう!」
復縁を嫌がるお姫様に強引に迫る元婚約者の男。
だけど、そこに颯爽と駆け付けて守ってくれるのが…………我らがリュウ様!! ムッキムキ!
「このシーンは何度読んでも胸キュンなのよね。助けに来たリュウ様はお姫様にこう言うのよ。“───約束しただろう? いつもどんな時も私はこの筋肉で君を守……”」
────俺は……君を守るよ。
「…………ち、違っ……! な、なんで今……その言葉が頭に浮かぶ……の」
リュウ様のかっこいい場面とセリフを反芻していたはずなのに、何故かレイさんのくれた言葉を思い出してしまい動揺してしまう。
「もう! なんでレイさん……」
だけど、あんな事まで言ってくれるなんて……本当にレイさんは素敵な人だわ。
そう思いながら本を元の場所に戻して、下の階に降りて仕事に向かった。
────
忙しい時間が過ぎて、少しの休憩を貰った私は、窓の外を眺めていた。
(今日はレイさん……来ないのかなぁ)
いつも彼が来る時は忙しい時間が過ぎた後。
でも、今日はその時間が過ぎてもレイさんは来ない。残念ながら今日は会えない日らしい。
寂しい。そんな気持ちが生まれる。
「会えなくて、寂しい……なんて思う人は初めてだわ」
(よく考えたら……私、レイさんの事、何も知らない)
レイ……は明らかに偽名。なら本当の名前は? 本当はどこの貴族の人なのかも知らない。
…………私は、レイさんがお店に来てくれなければ、自分から彼に会いに行くことすらも出来ない。
「……友達、なのに何も知らないって悲しいわね」
だけど、それは私も同じ。
私だって彼に言えていない事が沢山ある───
レイさんは私が隣国から逃げて来た王子の婚約者の貴族令嬢だったと知ったらどう思うかしら?
「……仕事に戻ろう」
ここで悩んでいても答えは出ないもの。
そう思って仕事に戻ろうとした時だった。
「───もう、我慢出来ん!」
「いえ、ですが……」
「私はお腹が空いているんだ! いいからさっさと───」
(お店の入り口の前で誰かが揉めている?)
どうやら、男性二人が揉めている。
なんとなく聞こえてきた会話の断片だけ拾うと、お腹が空いたからこの店に入りたいと言っている人と、この店では駄目だと言っている人の意見の相違で揉めているみたいだ。
「ですが、何もこんな街の食堂でなくても……」
「こっちは長旅で疲れているんだ! これ以上私に空腹を我慢しろというのか!」
(────ん?)
彼らの前を素通りして店の中に戻ろうと考えていた私は、踏み出す直前にピタリと足を止める。
声を荒らげている方の男性の声に、どこか聞き覚えがある気が…………する。
(気のせい……よね? たまたま、声が似ているだけの……他人の空似……)
だって“彼”がこんな所にいるはずが……ないわ。
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そう思いながら、今も言い合いをしながら揉めている二人の方へとこっそり視線を向ける。
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「…………っ!!!!」
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「…………!? リア!?」
「────助けて」
「え……?」
「わ、私を……た、助けてください……レイさん……」
それは、これまでどんな時も顔色を変えずに、色々な事を一人で耐えて来た私が、生まれて初めて発した“助けを求める声”だった。
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