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第17話 ムキムキについて考えた(レイノルド視点)
しおりを挟むまさかの自分がムキムキになりたかったなどという、リアの衝撃発言をどうにか撤回させてから、私は屋敷に戻ることになった。
そんな帰りの馬車の中で先程までのことを振り返る。
「…………リアの大好きなリュウは、とんでもなくムキムキ……だった」
リアが倒れてしまい、部屋まで運んだ後も心配でずっと傍についていた。
その結果、目を覚ましたリアが声を立てて笑うという最高のご褒美を貰ったのだが……
最大のライバルの詳細を知る事が出来た。
リアの理想とする漢!
私はリアに振り向いて貰う為にも、その男を参考にして理想の男を目指そうと思っていた……のだが!
まさかのリュウは、私が逆立ちしても敵わないとんでもなくムキムキした漢だった。
あの本を一度でも読んだことがある者なら、きっと誰もが口を揃えて「ムキムキ」という感想を述べるに違いない。それくらいリュウはムキムキだった。
チラッと自分の身体に視線を向ける。
「……どうしてだ……何で私の身体はこんなにもペラッペラなんだ!!」
あれから何度も何度も自分の全身を観察しているが……
ペラッペラの貧弱だ。笑ってしまうくらいペラペラだ。
これは、間違いなくリアの理想とは大きくかけ離れてしまっている。
(……リアの目に私は男として映っているのだろうか?)
これまで、たくさんそれとなく伝えて来たはずの好意があまり伝わっていない気がするのは……
ただ、リアが鈍いだけだと思っていたが……実は、私が男だと思われていないからではないのか?
そんな疑問までわいてくる。
だが……
「あんなにも……嬉しそうでイキイキしているリアは初めて見たかもしれん」
可愛かった……
きっと、あれも無意識なのだろう。
すごくキラキラした顔で“リュウ”の筋肉の素晴らしさを延々と語っていた。
そんなリアの愛を一身に受ける筋肉を持つ“リュウ”に嫉妬しつつも、キラキラしたリアが可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて……
「くぅ……なんで! あんなに! 可愛いんだ!」
綺麗で美しくて性格も可愛い……
微笑んだ顔はまるで女神。とても綺麗だ。そして笑顔は可愛い。ついには声を出して笑うと可愛さが倍増……
リアへの愛しさだけがどんどん募っていく……
(まぁ、リアについて……気にならない事が無いわけではないが……)
意識を失っていたリアはかなり苦しそうだった。
あの必死に伸ばしていた手は助けを求めていたようにしか見えない。
「リア……私は今すぐリュウみたいにムキムキにはなれないが、こんな貧弱な身体でも絶対に君を守ってみせる!」
リアの言っていた、リュウの素敵なところ……一途な愛。
これは自信を持って言えるぞ!
私もリアだけだ!
だが、やはり愛するリアを喜ばせる為!
何としてもムキムキの身体は手に入れなくてはならん!
私はそう決意した。
───
「……はい? ムキムキになる方法?」
「そうだ。何か知らないか?」
屋敷に戻った私は、リュウのようなムキムキになる為に何かいい方法がないかとビリーに訊ねた。
「……ムキムキ」
「出来るだけ早くムキムキになりたいのだ! だから、この貧弱な身体をムキムキにする方法を……」
「うぁぁ~~~! 今度は何を言い出したのですかーー!」
「ビリー?」
ビリーが変な叫び声を上げて頭を抱え始めた。
「……レイノルド様、一応、お聞きしますがあなたは自分の顔が怖いというご自覚は?」
「もちろんあるぞ?」
「……コホッ……では、そんなあなた様が……ムキムキの身体になる!? そんな事になれば、誰もあなた様に近寄らなくなりますよ!? ムキムキになっていったい誰が喜ぶのですか!!」
すごい捲し立ててくるなぁ……
「ははは! そんなの決まっている! 喜ぶのは私の愛する女性だ!」
「……は?」
……ビリーは、ポカンとした顔をしている。なんて鈍い反応をするんだ。
「愛する女性……つまり、それはあなた様が骨抜きにされ、絶賛片思い中だというのにも関わらず、将来夫人にするのだ、という謎の根拠を持っている平民の方……」
「……妙に長ったらしいが、そうだ! ムキムキな漢は彼女の好みなのだ!」
「ムキムキが好み!? …………た、大変、変わった趣味をお持ちのようで……」
その言葉に私は大きく頷く。
「そうだろうそうだろう? すごくキラキラした顔でムキムキした筋肉の素晴らしさを語ってくれた! 最高に可愛かった!」
「キラキラの顔をしながら、ムキムキの筋肉の素晴らしさを語る女性……」
「ああ! 筋肉が好きらしいぞ」
私が笑顔でそう口にすると、ビリーは眉を顰める。
「レイノルド様……それは、遠回しにあなた様では駄目だと言われたのではありませんか?」
「むっ?」
なんて事を言うのだ! 失礼なヤツめ!
「彼女はそんな事は言わない。それに私は“友達”だからな! 純粋に友達に対して好きな物について語りたかっただけだ!」
どうやら、筋肉が好きらしいリア。
リュウの事を語りながら、ところどころに筋肉好きがチラチラ見え隠れしていた。
いや、隠れていなかったな。
(だから、リアの好きな食べ物が肉だったのだな! 納得だ!)
リアは“理想の筋肉”に出会えていない……そう言っていた。
理想の筋肉……人生で初めて聞いた言葉だが、きっと今まで筋肉について語れる友人は近くにいなかったのだろう。すごく特別な存在になれた気がするぞ!
そして、好みにピッタリな男がこれまでリアの前に現れなくて良かったと心から思う。
「いいか! ビリー! 私は何年かけても……いや、何十年かかろうとも、彼女が好む理想の“ムキムキの身体”を手に入れてみせる!」
さぁ! その為に必要な事はなんだ?
トレーニングか? 食生活の改善か!?
愛するリアの喜ぶ顔のためなら、私はどんな事でも出来るぞ!
「え、いや……お願いですから、そ、その熱意は仕事に向けて下さい……よ」
「むっ?」
当然だ!
リアが安全にこの街で過ごせるようにする事が私の仕事だからな!
こうして、この日から私の長きに渡る“愛するリアの為のムキムキになるぞ計画”が始まったのだった。
❋❋❋❋
「ムキムキ計画も良いですが、仕事をしてください」
「分かっている!」
ビリーがチラッと横目で私の机に視線を向ける。
「本当に分かっているなら、その机の本は……なんですかね?」
「……!」
“筋肉の仕組み”“ムキムキになる方法”“筋肉がつく食事方法”“ヒョロヒョロ男がムキムキになるまで”
これらの本は、リアの話を聞いてから、先日慌てて取り寄せた。
休憩時間になる度に読み耽っている。
(なかなか、奥が深いぞ、面白い!)
リアと筋肉について語れる日もそう遠くないかもしれん!
「……それよりも、先日の話ですが」
「先日の話?」
「……隣国の失踪した王子の婚約者の話ですよ!」
「あぁ、それか」
確か名前はオフィーリア。
「国内を探すも、やはり行方は分からずじまいだそうで……ついに、来ましたよ」
「むっ」
「それらしき人物が入国していたら、引き渡すようにとの事です」
そう言ってビリーが報告書を手渡してくる。
「こちらが、件のオフィーリア嬢の特徴とプロフィール。そして“姿絵”です」
「……」
きっと、何か深い事情があって逃げ出したのではないだろうか?
無理やり連れ戻すような真似はしたくないのだが。
そう思いながらその報告書と姿絵に目を通した私は言葉を失った。
(───リア?)
髪の長さこそ違うものの、そこに描かれていた“失踪した隣国の王子の婚約者”は、とてもよくリアに似ていた───……
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