16 / 53
第13話 お礼と初めての……
しおりを挟む「二人とも大丈夫かしら?」
部屋に戻った私はそんな独り言を呟く。
店主も奥様も盛大にすっ転んでいた。あれはちょっと心配になる。
起き上がった二人は、深刻な表情で顔を見合せてうんっと頷いていたけれど。
「レイさんと友達になった事がそんなに不思議だったのかしらね?」
だけど、今日は本当に素敵な日だったわ。
誤解から始まった肉デートはドキドキしたけれど、とっても美味しかったし楽しかった。
レイさんの情報収集能力は凄い!
そして……
(友達……)
「まさか、私に友達が出来るなんて……」
やっぱり逃げ出して来て良かったわ。心からそう思う。
ここには、私に冷たい目を向けて、クスクス笑いながら可愛げがない、能面と呼ぶ人もいない。当然、コーディリアとも比較されない。
「それだけで幸せだったのに……初めての友達、嬉しい……ってそうだわ!」
私は慌てて手に持っていた紙袋を開ける。
別れ際に真っ赤なお顔をしたレイさんが、五倍増しになった素敵な厳つい表情のままくれた紙袋。
「へ、へ、部屋に戻ってから、あ、開けてくれ! 今日の記念のプ、プレゼントだ! ……と言っていたけれど?」
街を案内してくれて、あんなに美味しいお肉をたくさん食べさせてくれて、更に記念としてプレゼント?
「レイさん……素敵すぎるわ」
あんなにも素敵なのに、怖がって女性が寄ってこないだなんて……!
全く、この国のお嬢さん方はどこに目をつけているのかしら!
(レイさんの奥様になる人はきっと幸せね……)
おそらく、貴族である彼にはすでに婚約者がいるなり、政略結婚なりでそのうち誰かと結婚してしまうのだろう。
その女性がレイさんの顔を怖がったりしない素敵な人だったらいいな、と思う。
……チクッ
「……? 胸が痛い? どうして…………って、今はそれより袋の中身よ中身……」
何だか胸の奥がモヤッとしたけれど、深く考える事はやめて袋の中の物を取り出した。
「まあ! 素敵……!」
中から出て来たのは、シンプルなデザインの髪留め。アクセントについているお花が可愛いらしい!
「……レイさんったら、この短い髪の毛でも使えそうな物を選んでくれたのね?」
鏡を見ながらそっとつけてみる。
短くなってから飾り気のなかった髪の毛が少しだけ華やかになった気がする。
そう思ったら、すごく幸せが溢れてきた。
今まで手にして来た豪華なドレス、宝石、装飾品たちの中のどんな物よりも嬉しい。
「…………きっと、この髪留めが“私のため”に選んでくれた物だから……だわ」
お父様が買ってくれた物はいつだってコーディリアの“ついで”
ウィル殿下がくれた物は、流行っているから、という理由で選ばれた物が多くて、全体的にゴテゴテしていてあまり好きにはなれなかった。
それに、どちらかと言えば、コーディリアに似合いそうな物ばかりで私には似合っていなかったと思う。
(でも、この髪留めは違う……)
この髪留めをつけている所を見たレイさんはどんな反応してくれるかしら?
笑ってくれる? 照れてくれる? 何割り増しの厳つい素敵なお顔になる?
「……ふふ」
想像するだけで楽しい。
これは絶対に何かお礼をしなくては……!
そう考えていた私は、自分がこの時、自然と微笑んでいる事に全く気付いていなかった。
❋❋❋❋
「……リア!」
「レイさん! いらっしゃいませ!」
翌日、いつもの時間に変わらない様子でお店にやって来てくれたレイさん。
(いつもの時間が近付いて来る度に、来てくれるかしらってそわそわしてしまったわ……)
毎日来てくれるわけではないのに……でも、何となくだけど今日は来てくれる気がしていた。
「……くっ!」
「レイさん?」
いつものように挨拶して出迎えたら、クワッとレイさんのお顔が厳つくなった。
(え! なんで?)
そんなレイさんは、すぐに目線が私の目元に移る。
そこでようやくその表情の意味を理解した。
「リア……そ、それ!」
「はい、ありがとうございました! それで、早速……つけてみました……」
「リア……!」
(あ! 赤くなったわ!)
レイさんの顔が赤くなった。予想通りの反応が返ってきて嬉しくなる。
「き、気に入って……くれただろうか?」
「もちろんです! これはもう私の宝物です。大事にしますね!」
「そそそそそうか! よよよ良かった……ににににに似合っている!!」
「……! あ、ありがとうございます……」
店主夫妻を始めとして朝から色々な方に「それ可愛いね!」「似合ってるよ!」と、言われたけれど、今が一番嬉しい。
(吃りながらでも、レイさんがくれる言葉が……一番胸に来るわ)
「……リア」
「は、はい!」
「……俺は今、店を訪ねるのをこの時間にしておいて良かったと心から思っている」
レイさんはお店の中をキョロキョロ見回しながらそう言った。
「え? あ、はい……?」
「…………リア」
私は、よく分からないまま返事を返してしまったのにレイさんは優しく笑ってくれていた。
───
「お待たせしました。ご注文のいつもの野菜スープです」
「ありがとう」
レイさんの注文は本日も野菜スープ。
なので、私は慣れた手つきでレイさんの元にスープを運ぶ。
それと……
「そ、それから……これ、なんですけど!」
「ん?」
私はスープの横にもう一つのお皿を置いた。
「リア……これは? 俺の注文はスープだけだぞ?」
「……」
レイさんが首を傾げている。注文をしていないのだから当然だ。
胸が破裂しそうなくらいドキドキしている。だけど、言わなくちゃ!
「わ、私からのサービスです……」
「リアからの……サービス?」
レイさんの視線がお皿に向かう。
「街案内と美味しいお肉……それから、プレゼントまで頂いたお礼で……」
「リア?」
「わ、わ、私が作りました!!」
「────え!」
「初めて作ったから、へ、下手くそでちょっと、こ、焦げてしまっていますけど……あ、味は大丈夫、だと……」
(どうしよう……すごく恥ずかしい……)
私が作ったのは卵焼きだ。
公爵令嬢で王太子の婚約者だった私。当然、これまで料理なんてしたことが無い。
だけど、どうしてもレイさんにお礼がしたかった。
何かないかしらと思って、今朝、お店のご主人様に相談したら、「リアの手料理なら死ぬほど喜ぶんじゃないか?」と言われた。
そこまで? と思いつつも料理ならお礼になるかもと思って決めた。
そして、料理をした事の無い私のためにと教えてくれて作ったものが……これ。
「リアの手作り……」
「レ、レイさん、いつもここで頼むのはスープだから、ちゃんとしたお食事は家で摂られていると思うんです……ですから卵焼きくらいならお腹の邪魔にならないかと、お、思いまして!」
「……」
緊張しているせいで早口になってしまう。
「リアの初めて……」
「う、生まれて、は、初めてです……! もしも、い、嫌なら自分で食べますから無理しないでも大──」
「いただきます!!!!」
私が最後まで言う前に、レイさんは卵焼きの乗ったお皿を手に取ると、パクッと一口……
「……」
「……」
「……」
「……レイ、さん?」
(ど、どうして無言なのーー?)
ダメだった?
美味しくなかった?
そう思ってレイさんの顔を見たら……
「……! レイ、さん!?」
「……」
レイさんのお顔はいつもより五倍増しの厳つい表情になり、身体はプルプル震えている。
「う、う……」
「レイさん……」
「───美味い! 美味いぞリア! 俺はこんなに美味しい卵焼きを食べたのは生まれて初めてだ!!!!」
「!」
まさかの褒め言葉に嬉しい気持ちと照れくさい気持ちが私の中に生まれる。
「お、大袈裟ですよ……」
「大袈裟なものか! 俺は今、幸せだ! 最高に幸せだ! 幸せで涙が出そうだ!」
「レイさん!」
「……い、いい歳した男が泣くのはみっともないから、が、我慢しているが……」
(……! まさか、あの五倍増しのお顔とプルプル震えていたのは涙を堪えていた……!?)
そんなに喜んで貰えるなんて。
私でも誰かを喜ばせてこんな顔にさせる事が出来るのだと思うと、すごくすごく嬉しかった。
(私の方が泣きそう……)
涙を堪えるためにそっと下を向く。
「……ん? リア……? どうした?」
「……」
レイさんに声をかけられた私は、どうしても心からの喜びを伝えたい!
そんな気持ちで顔を上げた。
「──私、レイさんに喜んでもらえて……嬉しいです!」
「ぅあっ!? ……え、えがっおぅ!!!?」
(……え?)
何故か、もっと顔を真っ赤にさせたレイさんが椅子からずり落ちてしまった。
129
お気に入りに追加
4,558
あなたにおすすめの小説
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる