【完結】“可愛げがない女”と蔑まれ続けた能面令嬢、逃げ出した先で幸せを見つけます ~今更、後悔ですか?~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
10 / 53

第9話 初めての気持ち

しおりを挟む


  そして、翌日。

「いらっしゃいませ───……」
「……」
「っ!  ほ、本日もお越し下さりありがとうございます……」

  扉の開く音で振り返った私は、再びの“レイさん”の姿に驚き、一瞬声を詰まらせた。

(み、三日連続……?)

  そして今日も一番忙しい時間を外しての来店。
  奥様の月に一、二回ふらっとやって来る人……という話はどこに行ったのだろうと思いながらも、席に案内をした。
  案内を終えて注文を伺うと彼は即答した。
  
「野菜スープ」
「ほ、本日も……ですか?」
「ああ」
「さ……」

  ──さすがに飽きませんか?
  つい、うっかりそんな事を言いたくなってしまったけれど、彼の食事情に私が口を出す事では無いので慌てて口を噤む。

「野菜スープ……承知しました」




「……飽きないのか?  と、聞きたそうな顔をしている」
「ぅえっ!?」

  注文を厨房に伝えたあと、配膳の準備をしていた私に彼がそう話しかけて来た。
  ……飽きないのかと聞きたそうな顔をしている?  私が?
  “顔に出ている”という事実が信じられず、変な反応を返してしまった。

  (どういう事……?)

「……ここのスープが好きなんだ」
「そ、うでしたか。それはありがとうございます。それは店主も喜びます」
「それに……」

  なるほど、“レイさん”はこのスープのファンだったのね!  仲間だわ!  と、納得して勝手に脳内でお仲間認定していたら、彼が続けて言う。

「一昨日来た時、以前より更に美味くなっていて驚いた」
「!」
「何か材料を変えたのか、それとも調味料を変えたのか……自分にはよく分からんが以前より、味に深みが出て美味しいと思った」
「……!」

  それ、は──……

  (……嬉しい)

  彼の言うとおり、この野菜スープは、ここ一ヶ月の間に様々な改良を繰り返していた。
  そして、店主の旦那様に頼まれて、私はこのスープの改良を手伝っている(主に味見だけど)

  以前からずっと改良は重ねていたそうで、あの隠し味もその一つだったらしい。

  それならばと私も自分の記憶にある味から、この食材は?  とか、こちらの調味料はどうかという話をすることも。
  大元の味のペースは変えずに、でも、さらに深みやコクが増すように……時には大きな失敗もしながら、そんな事を考えるのはすごく楽しい。

  (詳しい料理の知識も経験もない小娘の私の話を真剣に聞いてくれる店主の旦那様には本当に感謝しかないわ……)

  それに、何も持たない私でも誰かの役に立てること。
  自分の居場所を見つけたような気持ちになれて、とても嬉しかった。

「……あ!」

  自分のそんな過ごしたこの一ヶ月間を思い出していたら、彼が小さく声を上げて驚いた顔で私のことを見る。

  (……?  何かしら、この反応……)

「……?  えぇと、何か私の顔についていますか?」
「…………い、いや、なんでもない………………そ、想像以上……だった」
「?」

  そう言って今度はパッと勢いよく顔を逸らしてしまう。
  そんな彼の耳はほんのりだけど赤くなっている気がした。


───


  そして、それからも謎の彼……“レイさん”は、何故か頻繁にお店にやって来るようになった。
  さすがに毎日ではないものの、だいたい二、三日に一度はお店にやってくる。

  (そんなにも野菜スープの虜になってしまったのね……)

  ファンがいると思うと、もっともっと美味しいと思ってもらいたい……俄然とやる気が湧いてくる。なので、店主のご主人様も私も張り切って改良を続けた。

  そんな穏やかな日々が続き、もう彼がお店に登場する事にも全く驚かなくなった頃。

「お客様、本日は──……」
「……レイ」
「れ?」

  いつものように(多分スープだろうけれど)注文を伺おうとした所、突然の言葉に首を傾げる。

「俺の名前だ」
「な、名前ですか?  ……レイ……さん?」

  私がそう聞き返すと、レイさんはコクリと頷く。
  頬がほんのり赤いので、照れているのかもしれない。

「き、君に…………い、いつまでも、“お客様”と呼ばれるのは……な、何だか……その……」
「……」
「と、とにかく!  これからは、わ……俺のことを呼ぶ時は“レイ”と呼んでくれ!」
「レイさん」
「!」

  間髪入れずにレイさんの名を呼んでみたら「もう呼ぶのか! こ、心の準備が……!」と何故かもっと顔を赤くしていた。

  (どうしましょう……こ、好みの顔が照れ?  て、真っ赤になっているわ……!)

  私は私で、内心では大きく動揺しながら何だか新しい世界の扉が開いてしまいそうな気がしていた。



「お、お待たせしました」
「あ、ありがとう……」

  注文のスープをテーブルにまで運ぶと、レイさんはまだ頬が赤かった。
  これで温かいスープを飲んだらますます赤くなるのでは?  ポカポカね。なんて事を考えながら下がろうとしたら「待ってくれ!」と引き止められた。

「レイさん?」
「き、き、君の……」
「?」
「君……のな……」
 
  レイさんがすごく吃り始めたので心配になってしまう。
  困った私は辺りを見回してなにか落ち着けるものはないかと探した。

「あの?  大丈夫ですか?  お水飲みます?」 
「いや、み、み、水は大丈夫だ……す、すまない」

  真っ先に目に入ったお水を勧めてみたけれど、大丈夫らしい。
  そして、数回深呼吸を繰り返したレイさんはぐっと顔を引き締めて私の顔を見る。

  (まあ!)

  なんと、いつもの二倍増しくらいには顔が怖い!
  その厳つくなったお顔に私の胸がキュンとする。

「……き、君の名、を……」
「名?  私の名前、ですか?」

  ブンブンブンブン……そんな音が聞こえそうな勢いでレイさんは頷く。

「て、て、店主の奥方……にき、君は“リア”と……よ、呼ばれていた……」
「──はい、そうですね。私は“リア”です」

  私が頷くとレイさんは、ますます吃りながら言葉を続ける。

「リ、リ、リアさん……とよ、呼んでも……い、いだろうか?」
「え?」

  私が首を傾げたので、レイさんはハッとして赤かった顔が今度はどんどん青ざめていく。

「や、やはり……迷惑だった……か。す、すまない。今のは忘れて……くれ」 
「!」

  (あぁぁ!  厳ついお顔が萎んでいくーーーー!)

  明らかに落ち込んで下を向いてしまうレイさんの様子に私は慌てた。

「どどどどうぞ!  お好きなように呼んでください……レイさん!」
「!」

  レイさんはバッと顔を上げると、嬉しそうな表情になる。私はそのあまりの変わり様に驚いた。

「リ、リアさん……」
「はい。あ、呼び捨てでも構わないですよ?」

  私がそう口にすると、レイさんは少し言葉を詰まらせた。

「っ!  リ、リア……」
「はい、レイさん」
「リア……」
「レイさん?」

  私達はそれから少しの間、「リア」と「レイさん」と何故か互いの名前を呼び続けていた。
  そんな私たちを店主夫妻は、厨房から苦笑いしながら見守ってくれていた。


   ────そんな、初めての照れ臭いという気持ちと、どこか甘酸っぱい気持ちを感じていた私はまだ、知らない。
  あの日、捨ててきたはずの家族と王子彼らが、“オフィーリア”の捜索に動き出していた事を────……

しおりを挟む
感想 256

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...