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第8話 変わったお客様
しおりを挟む───その髪、似合っているな。
(な、何なの? この方! 初対面で何を言い出したの!)
私の心は何故か大きく動揺していた。
すると、そんな私を見ていたその男性はフッと笑う。
「ん? なんだ? 照れているのか?」
「て!」
照れている? 私が?
“能面令嬢”とまで呼ばれた私が……照れる?
あまりにも結びつかない言葉すぎて頭の中が大混乱を起こしていた。
「? 正直に思った事を言っただけなのだが……」
「……」
そう言ってその男性は頭を掻きながら、もう一度じっと私を見る。
「短い髪は珍しいが、凛とした雰囲気の君によく似合っている。そう言いたかっただけだ。他意はない」
「あ……ありがとうございます……」
(り、凛とした雰囲気……? よく分からないけれど、か、変わった人……)
「えっと……そ、それでは注文をお、お伺いします……」
「ああ」
注文を取りながら、こんなにも動揺して声が上擦ったのは初めてかもしれない、と思った。
「───ああ! あの方は“レイさん”だね」
「レイさん?」
その男性が帰られた後、奥様に話を聞いてみる事にした。
「まぁ、愛称か偽名か……私も詳しくは知らないけど、月に一、二回かな? ふらっと食べに来てくれるお客様」
「そうでしたか……」
「レイさんがどうかしたの? リアちゃん」
「……いいえ! 少し印象に残ったので聞いてみただけ……です」
「そう?」
「はい」
そう言いながら、私は無意識に自分の髪を触ってしまう。
ついでに何だか自分の頬が少し熱くなっているような気もして胸の奥が変な感じがした。
❋❋❋
その次の日のことだった。
お昼時の一番忙しい時間が終わり、店の中が落ち着きを取り戻したくらいの時間。
「───いらっしゃいませーー………」
「……」
(……って!)
お店の扉が開いたので振り向いて挨拶をしたら、そこに居たのは“レイさん”だった。
(……あれ? 奥様は月に一、二回と言っていたけれど?)
連続して来るという意味だったのかしらと思いつつ、席へと案内をする。
「ご来店ありがどうございます。今日の注文は……」
「昨日と同じ物を」
彼は迷うことなく即答した。
「はい……」
(昨日と同じ? 飽きないのかしら?)
昨日の彼が頼んだ注文は、あの一ヶ月前に私が助けられた野菜スープだった。
でも、また頼みたくなる気持ちは分かる。
だって、あのスープは本当に美味しいから。
「お待たせしました。熱いのでお気を付け下さい」
「ありがとう」
そう言って彼はスプーンを手にして早速飲み始める。
私はその様子を見て思った。
(昨日も思ったけれど、この方……所作がとても綺麗だわ)
よくいらっしゃる常連客の方達のように豪快にグイッと飲み干してもおかしくないくらいの雰囲気と厳ついお顔をお持ちなのに、すごく丁寧な動き。
(……もしかしてお忍びの貴族……なのかしら?)
このお店の利用者は平民が多いけれど、たまにお忍びで貴族の方も来るとは聞いている。
そういう時は、なんとなく雰囲気で察せるのだけど……
“レイさん”もきっとそういう人。
(それなら、あまり関わらない方がいい)
隣国とはいえ、どこでどうあの国に繋がってしまうかは分からない。
きっとあの人達も殿下も用済みになった私の事なんて探していないとは思うけれど、“万が一”という事もあるから。
(ただの公爵令嬢ならまだしも、一応王太子殿下の婚約者だったわけだけから……)
そう思って、“レイさん”のいるテーブルから離れようと思った時だった。
「───所作が綺麗だな」
「!?」
思いがけない言葉に振り向いてしまう。
すると私と“レイさん”の目が合った。
「昨日も思った」
「えっと……?」
「君の動きはとても……綺麗だ」
さっき、自分が彼に対してこっそり思った事がそのまま返ってきた。
「一つ一つが丁寧だし、動きも精錬されていて……見ていてとても気持ちがいい」
「あ、ありがとう……ございます……」
私がお礼を言うと、彼は微笑んだ。
(そ、その笑顔は反則ーーーー!)
厳ついお顔なのに微笑みは優しいとか……
これで、ムキムキの筋肉があったなら私は間違いなく彼のファンになっていたに違いない。
「不快な思いをさせていなかったようで……良かったです」
「不快? 何故だ?」
「……私は“笑顔”が得意ではありませんので」
───“可愛げがない”“能面令嬢”
自分で口にしながら、ずっと言われ続けていたそ言葉が頭の中に甦る。
「……? 別に構わないだろう?」
「え?」
またしても彼は、私が想像していることと違う言葉を口にする。
「むしろ、わ……俺は無駄にヘラヘラされる方が不愉快だ」
「無駄にヘラヘラ……」
何故かしら? 頭の中にコーディリアの笑顔が……
「そういう奴はたいてい腹に一物を抱えているからな」
「……」
「それに、何でもかんでも笑えばいいというものでもないだろう?」
「それは……そうですが」
「笑顔というのは自然に浮かぶものだ。無理に作るものでは無い。君はそのままでいいと俺は思う」
(この方もだ……)
この方も“私”を否定しない。
“そのまま”でいいなんて初めて言われた気がする────
何だか胸の奥が温かい。
だけど、そんなホワホワした気持ちは次の言葉でビックリして吹き飛んでしまう。
「…………だが、君はとても綺麗だから笑った顔はもっと美しくて綺麗なのだろうな」
「……」
(────え? え、ええ!?)
内心ですっごく驚いた私が、“レイさん”を見つめる。
「何だ? 何か変な事を言ったか?」
「い、いえ…………あ、お、お下げします、ね? しょ、食器。た、食べ終わったよう、な、ので!」
自分でも変な言い方になった気がするけれど、気にしたら負けのような気がしてそのまま押し切った。
(リュウ様もよく言っているわ! 時には強引に(筋肉で)押し切り通すことも必要だって!)
「あ、ああ……ご、ご馳走様。金はここに置いておく」
「は、はい。ま、またのお越しを、お待ちしており、ます……」
「ああ、また」
そう言って“レイさん”はお店を出て行った。
(あの言葉は、な、何だったの……!)
何だか恥ずかしい気持ちで食器を厨房に運んで行くと、奥様に訊ねられた。
「随分、話し込んでいたけれどレイさんと仲良くなったみたいだね」
「! ……す、すみません!」
仕事中だったのにお客様と話し込んでしまうなんて……!
なんて事を……と思って慌てて謝ると、奥様はいやいやと首を横に振る。
「今は他にお客様が居なかったから構わないよ。それにリアちゃん、楽しそうだったし」
「楽しそう……だった、ですか?」
(……私が?)
「今もほら、ちょっと頬が赤い」
「!」
私はバッと慌てて両頬に手を当てる。
少し熱い……気がしたけれど、自分ではよく分からなかった。
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