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閑話 ① 破滅に向かう人々
しおりを挟む「オフィーリアがいない……だと!?」
「どういう事なの!」
「お姉様が!?」
コーディリアの爆弾発言に大慌てで王宮に手紙を書いたり、コーディリアから事情を聞いたりとバタバタしながら過ごしていたタクティケル公爵家の者達。気付けばあっという間に夜になっていた。
ふと周囲を見渡すと、その場にオフィーリアの姿が見えない。
(勝手に部屋に戻ったのか……! なんて可愛くない娘なんだ!)
父親である公爵は、あの邸での不審な出来事の犯人がオフィーリアだと分かったものの、“お仕置”がまだだったと思い、使用人にオフィーリアを呼びに行かせた。
───が、姿が見えないという。
「さっきまでこの場にいたではないか!」
「……ですが、いません」
「他の部屋にいるのではないの?」
「……邸中を探しましたが、いません」
「お姉様……? どういうこと……?」
公爵夫妻と言葉に青白い顔で答える使用人達。
───どうして居なくなった事に誰も気が付かなかったのか。
使用人達は皆で顔を見合せたが、オフィーリアの姿はどこにも見えない。それだけだった。
「……まさか! あの不振な出来事の犯人だとバレたから隠れているのか?」
公爵は困惑の声を上げる。
(たっぷりいたぶってやろうと思っていたのに……)
何をしても表情を変えない上の娘、オフィーリア。素直で可愛いコーディリアとは大違いだ。
常に可愛いげがなく、無表情。何を考えているのかもさっぱり分からない。
能面令嬢……言い出したのがどこの誰かも分からぬがなんてピッタリな……と思ったものだ。
「もしかしたら、私がお姉様の婚約者……ウィル様を奪ってしまったショックで隠れているのかも……ごめんなさい、お姉様……うぅ……」
「コーディリア……」
両手で顔を覆ってプルプルと身体を震わせているコーディリア。
姉の身を心配して泣くのを堪えているその健気な姿には、公爵夫妻も使用人も心打たれた。
むしろ、コーディリアをこんな風に泣かせるとは……!
と、オフィーリアへの不満がどんどん溜まっていく。
(───本当にバカなお姉様)
泣き真似をしながら両手で自分の顔を覆いながらコーディリアはそう思う。
私の妊娠疑惑を聞かせて動揺している所に、あの邸内で起きた不審な出来事の犯人として吊るしあげるつもりだったのに。
(さすがにこれだけ揃えば、泣くくらいはするでしょ? そう思ったのになんでいないのよ!)
コーディリアはずっと昔から姉であるオフィーリアが悔しがって泣く姿が見たくて見たくてしょうがなかった。
だから、いつもオフィーリアの物は何でも欲しがった。
なのに何を奪ってもいつだってオフィーリアは顔色すらも変えなかった。早くあの無駄にムカつくくらい綺麗な顔が歪む所が見たいのにこれまで一度も見れていない。
「……コーディリア。とにかくお前は部屋に戻るんだ。もし、本当にお前のお腹に……子がいるなら無理をしてはならん」
「お父様……」
「殿下も含めて話し合わなければならん事が沢山あるからな。まぁ、オフィーリアはそのうち、戻ってくるだろう」
(まぁ、その時は容赦しないが)
王太子殿下の婚約者でなければオフィーリアに価値などない。もう、遠慮も要らない。
「はぁい」
「あ…………ねぇ、コーディリア、あなた……本当に殿下の子を……?」
「お母様?」
コーディリアにそう訊ねるタクティケル公爵夫人の顔色はあまり良くなかった。
「どうしたんだ?」
「いえ……まさかの事に驚いてしまって」
「ははは。まぁ、そうだな。だが、こうなると、お告げはオフィーリアでは無かった可能性が出てくる! これは王家とも話し合って婚約者交代も考えねばならん」
「……私がお姉様の代わりに選ばれた娘……後の王妃に……?」
「そうだぞ! そうなればオフィーリアなんぞ不要だ!」
(コーディリアが本物の選ばれし娘ならオフィーリアなんぞ不要! さっさと嫁がせるか……)
公爵の頭の中には、権力やら地位はあるのに特殊な歪んだ性癖ゆえに、なかなか結婚に恵まれないとある男の顔が浮かぶ。オフィーリアにはピッタリな気がするぞ、などと考えほくそ笑む。
「ふふ、私が王妃……」
「コーディリアのお腹の中に王子の子……」
────こうして、オフィーリアの姿が見えないというのに、オフィーリアの事など心配もせず、それぞれの思いを乗せてその夜はふけていった。
❋❋❋❋
「───婚約者交代はならん! お告げの女性はオフィーリア嬢だ」
翌日。
オフィーリアの姿は相変わらず分からないものの、公爵とコーディリアは王宮を訪ねて陛下に謁見を申し出た。
陛下は既に王太子殿下から話を聞いていたのか、開口一番にそう言った。
「ち、父上……! 何度言ったら分かってくれるのですか……! 私はオフィーリアよりもコーディリアを……」
「ウィル! 何度言えば分かるのだ! お前の相手はオフィーリア嬢だ!」
言い合いを始める王と王太子。
その様子を公爵とコーディリアは唖然として見ていた。
(……何で、陛下はお姉様、お姉様って言ってるのよ……!)
王太子であるウィルとの子を身篭ってるかもしれない自分の前で陛下は、オフィーリアではないと駄目だの一点張り。
(何でよ! どうしてなのよ!)
「ウィル! 何度も言い聞かせて来ただろう? 寵妃を置くことは構わぬ。だが、お告げの令嬢以外の女性を王妃にすれば……必ず不幸になる! 跡継ぎも同じこと……そうせねば国が……」
「コーディリアだって“タクティケル公爵家の娘”です! その可能性は捨てきれません!」
「ウィル……」
王と王太子の話し合いは完全に平行線だった。
「ウィルよ。どうしてお前には分からぬのだ。オフィーリア嬢はあのお告げ以前に、まず未来の王妃としての素質を……」
「お言葉ですが、陛下。我が娘、オフィーリアはただの無愛想な娘でございます……」
そこに割って入る公爵。
「それに比べてコーディリアの愛らしさといったら。コーディリアならオフィーリアとは違い誰からも愛される王妃となるでしょう!」
「お父様ったら……ふふ」
「…………」
公爵の言葉に王はもはや絶句するしかなかった。
この男はこれまで娘達の何を見て来たのか……そして、こんなにも愚かな男だったとは……
「……タクティケル公爵。今日はオフィーリア嬢はどうしたのだ? なぜ、彼女が同席しておらん?」
「──はっ! そ、そのオフィーリアは……」
(……今朝になっても姿が見えないだと!? あの娘……どこに行ったんだ! どこまでも可愛げの無い……)
公爵は内心でオフィーリアに毒づいていた。
「ぐ、具合が悪いようで…………そ、その寝込んでおります……」
「ふむ。そうなのか。それなら良いが……一日も早い回復を願っておる」
「あ……ありがとうございます……」
(何故、陛下はオフィーリアの事ばかり…………ノコノコと戻って来たら……そうだな、とりあえず前にもやったが三日くらい食事を抜いて分からせるか……)
「オフィーリア嬢は我が国にとってなくてはならぬ存在だからな。元気になって貰わねばな」
「……は、はぁ」
「万が一にも彼女を失うような事になれば……」
陛下が何故そこまでオフィーリアを推すのかを全く分からず、公爵は首を傾げ、王太子とコーディリアはここまで来ても婚約者交代が認められない事に腹を立てていた。
───この時、すでにオフィーリアが愛読書を片手に国外脱出中などとは夢にも思わずに。
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