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第7話 新しい生活と新しい出会い
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「──リアちゃん、こっちを手伝って」
「はい!」
「……リア。皿が溜まっている。手が空いたら……」
「はい、洗っておきます!」
店の中をあっちに行ったりこっちに行ったりと目が回りそう。
(……知らなかったわ。“働く”ってこんなに大変なことだったのね……)
いつも冷たい目を向けられてばかりだったけれど、今になって使用人達が私達の為に色々な事をやってくれていたのを実感するわ。
その事は、頭では理解していたつもりだったけれど、自分が貴族でなくなり、こうして働く事でより実感する。
(あっという間だったわ)
───あの日、私が公爵家から出奔してもう一ヶ月が経つ。
逃げることを決めた日。私は最低限の荷物だけを手にしてそっと邸を抜け出した。
思った通り、コーディリアが殿下と恋仲である事や妊娠疑惑を口にしたおかげで大騒ぎとなっているので、そっちに人手が割かれている。
その隙をついたら、拍子抜けするくらい簡単に抜け出す事が出来た。
(あとは、行けるところまでいくしかない)
私は手持ちのお金を見る。
もう、この国にはいたくない。
そうなると、私が持ち出せるお金を考えても隣国に渡るのが精一杯だった。
その後の生活はどうするのか等、考えないといけない事はたくさんある。
貴族のお嬢様だった私に何が出来る?
心配は尽きないけど、まずはこの国から出ることを一番に考えた。
(そうして、色々あったものの無事に隣国に入国することまでは出来たけど……)
「まさか、空腹で倒れるなんてね……」
国境付近の街に入ってすぐ、ようやく自分がお腹を空かせている事に気付いた。
邸を抜け出してからまともな食事をとっていなかった事に気付き、何か食べなくてはと考えていた所、ちょうどいい匂いが漂って来た。
その匂いにつられてお店に足を向けた所で…………力尽きて倒れた。
(迷惑な上に情けなさすぎるわ……)
そして、店の前で倒れている私を店主の奥様が見つけてくれた。
『今は開店前なので、こんなものしかないけれど……』
そう言って出してくれたスープはとっても美味しかった。
空腹だったから……ではなく、手間暇かけて煮込まれたスープは、素材の味が活かされていて公爵家で食べていた物より美味しいと思った。
『……これ、ほんの少しだけですけど、隠し味が入っているんですね』
そのスープには身体を温める目的なのか、珍しい食材を使った隠し味が入っていた。
その事を何気なく口にしたら、奥様は目を丸くして驚いた。
『……お嬢さん、分かるの?』
『え? はい。以前一度だけこの食材を使った料理を食べた事がありまして』
『お嬢さん、すごい繊細な味覚の持ち主なんだね。他のも分かるのかい? なーんて……』
そう言われた私はもう一口スープを口に含む。
『そうですね……隠し味に使われた食材だけでなく、このスープに使われている食材ならだいたい分かります』
『え! 他の食材も!?』
『は、はい……えっと、他に使われているのは───』
私が一つ一つ食材をあげていくと、奥様は急に慌て始めてものすごい勢いで店主のご主人様を呼びに行っていた。
そして、呼ばれてやって来たご主人様は何故か私を質問攻めにして……更に、大量の試作品の味見をさせられた。
「そうして、気付けば住み込みで従業員になっているんだから驚きよね……」
色々と話しているうちに、私は、家族も仕事も住む所も失ってこの国にやって来たという話になり、「ここで働かないか?」と店主のご主人様に言われた。
私は、料理はした事がないので出来ません、とお答えしたら私を雇いたい目的は料理をしてもらう事じゃないと言われた。
それなら求められているのは接客なのかしらと思って、笑えないから接客も向いていません、と素直に言ったのだけど、「そうかな?」と、不思議そうに首を傾げられただけだった。
(会話をしていて……可愛げがない、無愛想って言われなかったの初めてかもしれない……)
そう思ったら胸の奥が少し温かくなった気がした。
そうして今、私は、ただの平民“リア”としてこの食堂で新しい生活を始めていた。
今のところ、ここで隣国の話を耳にすることは無く、夜は持ち出した愛読書のリュウ様の筋肉に癒されてキュンキュンしながら心穏やかに過ごせていた。
(どうせ、婚約者問題もコーディリアが私の代わりに殿下の婚約者となって終了……でしょうしね)
あの人達の事だから逃げ出した私の事なんて、その辺で野垂れ死にしているだろうとでも思ってすっかり忘れて過ごしているに違いない。むしろ、死んだと思ってくれて構わない。
一ヶ月、無事に過ごせた事で私は呑気にそう思っていた。
そして、ちょうどそんな頃だった。
私のこれからを大きく変える事になる“彼”と出会ったのは。
「いらっしゃいませ」
(あら? 始めて見るお顔。しかも、お若い)
このお店は常連客が多く、あまり一見のお客様は来ない。
また、年齢も高め……だいたい両親くらいの年代の方が多く、若い方はあまり来ないお店だった。
けれど、今お店にやって来たこの方はどう見ても若い。私より少し上くらい?
「……」
その彼はじっと私を見た。
目が合ってしまい何故か胸がドキッとする。それは、この方の顔のせいかもしれない。
ちょっと厳つい顔をしているのに、残念ながら身体はヒョロヒョロ。
(おしいわ!)
これで、身体がムキムキだったら私の理想そのものなのに……
「見ない顔だな」
「……一ヶ月程前からこちらでお世話になっています」
私が表情を変えずにそう答えると、彼は再びじっと私を見る。
その視線が私の髪に向いてる事に気付いて納得した。
(短い髪が珍しいのね……)
私は逃げ出す時、少しでも身軽になるようにと令嬢の証でもあった長い髪をばっさり切り落としていた。
(また、何か言われるのかしら……)
この店に辿り着くまでの間、髪が短いからというのを理由に私に絡んでくる人がいた。
「失恋かな?」「慰めてあげようか?」
全て無表情で「お断りします」と言ったら静かになったけれど。
「……その髪、似合っているな」
「え!」
だけど、その人はあっさりとした様子で思ってもみなかった一言を私に向かって言った。
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