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第6話 逃げる事にしました
しおりを挟む(ど、どうして……!)
私の癒しの場所の庭園の奥が、殿下達の密会場所だと知ってしまったから、新たな癒しの場所を求めていただけなのに……!
なぜ、こうも私は運がないの?
「ウィル様……!」
「コーディリア?」
いきなり目に飛び込んで来たのは、抱き合う二人だった。
またか……そう思って違う場所に移動しようと思ったのだけれど、聞こえて来た会話を無視する事が出来なかった。
「───ウィル様、これまで起きた我が家の不審な事件の犯人は、どうやらお姉様みたいなの」
「やっぱりそうだったのか……」
(……な、なんですって?)
「そうだったのかって……ウィル様もそう思っていたんですか?」
「ああ……」
殿下はコクリと頷いた。
「どう聞いても怪しかった。私がその話をしてもオフィーリアは顔色一つ変えることなくケロッとしていたしね」
「私、お姉様のこと信じてたのに……あんな酷いこと……」
「コーディリア!」
「オロオロする私達を影で見て笑って……いたんだわ……! 最低よ……!」
わぁぁん、と泣き出したコーディリアを抱きしめながら慰める殿下。
「…………ヒック……も、もう、私……お姉様の事、なんて…… 信じられない、わ……!」
「コーディリア……」
「お姉様なんて……お姉様なんて! 私の幸せの邪魔なのよ! 居なくなってしまえばいい!」
「居なくなればって……」
コーディリアが泣きながらそう声を荒らげる。
その言葉に殿下は慌てるけれど、コーディリアは涙目で訴える。
「……だってお姉様が居なくなっても“タクティケル公爵家の娘”は“私”がいますから……お告げは大丈夫ですよ~」
「コーディリア……」
「今はお姉様が居るから、皆、私では駄目だと言いますけど~……お姉様さえいなくなってくれれば私を認めてくれると思うんです~」
(……コーディリア! あなた……!)
……この時の私は、殿下は“言い過ぎだ”“落ち着くんだ”と言ってコーディリアの事を宥めてくれるものだと思っていた。
だけど、殿下の口から出た言葉は真逆だった。
「────確かに。そうか……オフィーリアには消えてもらえば良かったのか……」
「ウィル様!」
まさかの肯定に私は耳を疑った。
一方のコーディリアは、先程までの涙が嘘のように笑顔に変わる。
「父上も母上も重鎮たちも、皆、“オフィーリアじゃなきゃ駄目だ”と言うから、婚約者交代の話は一向に進まなかったが……」
「うふふ、そうですよ~、ウィル様! お姉様なんかより私の方がウィル様には相応しいですから!」
「コーディリア!」
「ふふ」
二人は見つめ合うとそのまま熱いキスを交わしながら、どうやって私を“消す”かの話し合いを始める。
───消えてもらえばいい。
邪魔だから……そんな理由で人一人を消そうと簡単に言える二人が恐ろしくて、私はその場からそっと離れた。
出来れば信じたくない二人の会話を聞いてしまったせいで、心ここに在らずで邸に帰った私を待っていたのは、なんと怒りの形相のお父様。
「お前が帰ってくるのを待っていたぞ、オフィーリア」
「……お父様」
その声のトーンだけで、私にとって良くない話だと分かる。
また、あの部屋に連れて行かれるのかと内心で脅えたけれど、 今日のお父様は玄関でそのまま私を怒鳴りつけ始めた。
「……今日、問い詰めた使用人が遂に証言したぞ! ここ最近の一連の不審な事件は全てお前……オフィーリアに命令されたのだ、とな!」
「……え?」
「どういう事なのか説明してもらうぞ! オフィーリア!」
(───これ、は? どういう事?)
説明? そんなの私の方が知りたい。なぜ、私が犯人になるの?
使用人の証言って何?
───ウィル様、これまで起きた我が家の不審な事件の犯人は、どうやらお姉様みたいなの。
そこで突然、コーディリアの言葉が頭の中に浮かんだ。
(……使用人とコーディリアはグルかもしれない……! つまり……)
その瞬間、ようやく私はコーディリアに嵌められていた事に気が付いた。
────
可愛げは無いし、無表情で可愛さの欠けらも無い娘だが、これまで何不自由なく育ててやった、未来の王妃の地位だって約束されていたのに何が不満だったんだ!
と、お父様は私に怒鳴った。
何度、犯人は私では無いと訴えても一切、聞いてくれず、私が犯人ならここがおかしいと矛盾点なども訴えてもみたけれど、一切聞く耳を持たれなかった。
そして、そのタイミングでなんと、コーディリアが帰宅。
私に激怒しているお父様の姿を見て一瞬、嬉しそうに笑ったと思ったら、身体をプルプル震わせて泣き出した。
「まさか……犯人がお姉様だったなんて……」
「信じてたのに……」
「お姉様はそんなに、私が嫌いだったの……? あの下剤も本当は私を狙っていたんだわ……!」
と、泣きながら訴え始めるコーディリア。
「…………ああ、分かったわ……お姉様ってずっと私に嫉妬していたのね……」
「嫉妬?」
「そうよ。だって私が……私の方がウィル様に愛されているからよ!」
「……愛されてる」
「そうよ! ウィル様はお姉様なんかより、私のことを愛してくれているんだから!」
コーディリアは遂に堂々とそう言い切った。
「本当なのか? コーディリア……」
「……本当よ、お父様……だって、もしかしたら今、私のお腹にはウィル様の……」
「なに!?」
ここで、コーディリアが待ってましたと言わんばかりに妊娠疑惑を打ち明ける。
「コーディリア……! お前……」
「ごめんなさい、お父様……でも、私……ウィル様の事を愛しているの……だから……」
コーディリアのカミングアウトにお父様は、私に怒り狂っていた事などすっかり忘れたのか、王家に報告だ、お告げはオフィーリアではなく、まさかのコーディリアの事だったのかもしれん……と言って、自分の執務室に行ってしまった。
その場には私とコーディリアが残される。騒ぎを聞き付けた使用人達は遠くから成り行きを見守っているだけ。
呆然としたままの私に、ニコニコ顔のコーディリアが近付いて来る。
「すごいわ、お姉様。これだけの話を聞いても顔色が全く変わっていないのね~」
「……」
「お姉様の悔しがる顔……見てみたかったのに…………すっごく残念」
「……」
コーディリアは更に私に近付くと、耳元でそっと囁いた。
「───今までご苦労様でした、お姉様」
「……」
「お姉様はもう“不要”ね。お姉様のいた場所は全部、私の物になるの、ふふふ」
「コーディリア……」
「だ・か・ら……私の幸せの為に“消えて”ね? お姉様」
その言葉を聞いた時、昼間の殿下とコーディリアの会話を思い出す。
───本気だわ。
本気でコーディリアは私を……
殿下の力も借りて、本気で私を“消す”つもりなんだと分かった。
───
「……このままだと殺されるかもしれない」
コーディリアの事で邸の者達が騒いでいる隙に、私はそっと部屋へ戻った。
ベッドに突っ伏しながらここまで起きた事をグルグルと頭の中で考える。
「……」
コーディリアがあそこまで口にしてしまった。
国王陛下達は何故か婚約者交代を渋っていたと言っていたけれど、ここまで来れば交代は時間の問題。
(私はもう要らない。誰からも必要とされていない……ただの邪魔者。それに犯罪者扱い……)
「だからと言って……さすがに殺されるのはゴメンよ」
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「…………それなら、きっと今がチャンスよね」
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この先の事に不安が無いわけではない。でも、殺されるよりは絶対にマシなはずだ。
「リュウ様も命と筋肉があれば何とかなるって言ってたもの!」
(残念ながら、私にはリュウ様みたいなムキムキの筋肉はないけれど……ここは気持ちだけでも!)
そうして、私は逃げ出す事を決めた───
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