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第2話 私の存在価値
しおりを挟む私の存在価値は、タクティケル公爵家の令嬢で王太子殿下の婚約者であるという事だけ。
それが無くなったら、私には何の価値も無い───
ずっとずっと物心ついた時から私はそう言われて育って来た。
「───オフィーリア! 」
「……っ!」
王太子妃教育と、結局最後まで美味しさが分からなかった紅茶を飲んだだけのお茶会を終えて、私は帰宅した。
そして部屋でゆっくり読書を楽しんでいた私の元に、お父様がやって来た。
(荒ぶっている……この表情と声は……お怒りだわ)
せっかく物語はいい所だったのに。
囚われのお姫様を救い出す格好いいヒーローが現れた場面。もう胸キュンだった。
なのに、これからお父様のお説教が始まると思うだけで気分が一気に下がる。
「来い! 話がある!」
「……」
(痛っ……)
お父様は強引に私の腕を掴むと、そのまま引き摺るようにして私を部屋から連れ出した。
───バシャッ
「……っ!」
“いつものお説教部屋”に私を押し込んだお父様は、すぐさま窓際に飾ってあった花瓶を手に取ると、お花ごと中身を私にぶち撒けた。
(綺麗なお花だったのに……勿体ない……)
冷たいという感情より先にそんな感想が頭の中に浮かんだ。
「…………相変わらず、表情を変えない娘だな」
「……」
ポタポタと私の頭から水が垂れている。
充分、驚いているつもりなのだけど、どうやら相変わらず私の表情筋は仕事を放棄しているらしい。
「聞いたぞ? 今日のお茶会もコーディリアに間に入ってもらったそうだな!」
「……それは、どなたから聞い……」
「そんな事はどうでもいい! お前がまともに会話が出来ぬからコーディリアが呼ばれたのだろう!」
───パシャッ
二つ目の花瓶の水がかけられた。
お願いだからこの部屋にはもう花を飾らないで欲しい。
(なんて……頼んだ所で聞いてくれる人なんていないけれど)
「はぁ……ここまでしてもまだ、平然としているのか」
「……」
「そんな様子だから、お前は殿下に“可愛げがない”などと言われるのだ!」
「……申し訳ございません」
「世間からもなんと呼ばれているか分かっているのか!? 能面だぞ? 能面令嬢!」
「……申し訳ございません」
この能面とやらは、どこかの国で流行っている舞台で使われる仮面のようなものだと聞いた。
その仮面に因んで私の無表情を揶揄しているらしいけれど、詳しくは知らない。
ただ、気がついたら私はそう呼ばれていた。
「泣きもしなければ笑いもしない……なんて不気味な娘だ」
「……」
「少しはコーディリアを見習ったらどうなんだ!?」
これもいつもの事だけれど、お父様まで殿下と同じことを言う。
そんなお父様は苛立ちが隠せないようで、ぐぬぅぅ……と唸っている。
(本当は殴ってやりたい……そんな顔をしている)
私が殴られない理由はただ一つ。
“王太子殿下の婚約者”だから。
こんな私でも、王宮に上がる際に身体に傷があれば嫌でもすぐに分かってしまう。
だから、私は殴られない。 お父様は私を殴りたくても殴れない。
王太子殿下の婚約者という身分は唯一、私を守ってくれるもの……だった。
(その代わり、こうして跡に残らない方法での痛めつけは防げないけれど)
───こんな時、何するんだ! ってやり返せるくらいの強い身体が欲しかったわ。
さっきまで読んでいた本のヒーローはとても身体がムキムキしていて強そうでとにかく格好良かった。ああいう男の人に憧れるわ。
(ウィル殿下はヒョロヒョロね……)
頭の中に武芸が苦手とかいう殿下の顔が浮かんだ。
「……殿下だって、婚約相手は明るくて華やかで可愛らしいコーディリアの方が良かっただろうに……」
「……」
「先走ってお前なんかと婚約させるのでは無かった……もしかしたら……だが、あの占いが指していたのはコーディリアだったかもしれなかったのに!」
「……」
「だが、きっとお前なのだろう……残念なことに」
この国の王家は占術を得意としていて、世継ぎの王子が生まれると同時に、将来の相手となる令嬢についても占われる。
そしてウィル殿下が生まれた時に指し示していたのが、タクティケル公爵家の娘だったという。
つまり、我が家だった。
当時、タクティケル公爵家に生まれていた令嬢は私のみ。コーディリアはまだ、生まれていなかった。
そんなよく分からないお告げで私の運命は決まってしまった。
(先走ったものよね……)
後に、我が家にはコーディリアが生まれたけれど、当時の令嬢は私だけだったのだから。という理由でそのまま私がこうして婚約者の立場にいる。
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「いいか、オフィーリア! お前の役目は次代の王子を産むことだけだ! それ以外の余計な事は考えるな! いいな!」
───それは、暗に浮気は目を潰れ。そう言っているのね?
歴代の王達は様々だった。
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ウィル殿下はきっと後者になるだろうとお父様は言っている。
(本当に変な国……)
これが、私の定められた運命。
ウィル殿下も私では不満なのかもしれないけれど、そこは仕方なく受け入れるのだろう。
私が次代の王子さえ産めばあとは好きに───……
そう、コーディリアを寵妃として迎える……なんて事も。
────なんて、この時は呑気に考えていた私だけれど、実はその考えが甘かった事をすぐに思い知る事になる。
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