【完結】身代わり令嬢は役目を終えたはずですが? ~あなたが選ぶのは私ではありません~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
26 / 31

26. 見苦しい子爵家の人々

しおりを挟む


 最初にヒュッと息を呑んだのは叔母だった。

「リ、リネット……セルウィン伯爵令嬢……?」

 顔を引き攣らせながら殿下に聞き返す。
 殿下は余裕の笑みで答えた。

「そうだ。夫人、あなたの双子の姉の娘だな。どうやらかなり、リネットのことを憎んでいるようだが」
「──!」

 叔母が言葉を失って黙り込む。
 そこへすかさず前に出て会話に入り込んだのは叔父。

「殿下!  た、確かにリネットは姪にあたりますし、セルウィン伯爵家の娘……ですが、あの子の家の伯爵家は……」
「ん?  ああ、リネットを身代わりにさせたことの話より、先にその話の方がいいのか」 
「え?」
「なるほど……」

 そう呟いて殿下は足を組みかえた。
 どこまでも余裕の態度を崩さない殿下に子爵夫妻は不安そうに互いの顔を見合せている。

「───そう言って嘘をつき続けて本当のことを彼女、リネット……にお前たちは告げなかったのだな?」

 殿下の言葉に二人の肩がギクッと大きく跳ねる。

「ついでに、そこの娘にも色々と黙っていたみたいだが」
「「……!」」

 ジュリエッタがその言葉に反応する。
  
「嘘?  黙っていた?  ……な、何の話?  リネットは没落した令嬢であの子の今の身分は平民……」
「───当時、セルウィン伯爵は確かに親兄弟もなく、唯一の血縁……は幼い娘、リネットのみ。伯爵が亡くなった時に伯爵位を継げる状態の者はいなかった」  

 殿下がジュリエッタの言葉を遮りながら説明する。

 ──そう。
 メイウェザー子爵家は親戚ではあるけれど、母方の親戚だから。
 お父様が亡くなった時、お父様の……セルウィン伯爵家に連なる親類縁者は誰もいなかった。
 だからセルウィン伯爵家は没落した。

(子爵家に引き取られた時、そう聞かされていた……わ)

「──だが、実際は違う。セルウィン伯爵家の爵位は王家預りとなっている」
「……え?  王家預り?」

 殿下のその言葉に驚きの声を上げたのはジュリエッタだけ。
 夫妻は黙って殿下から目を逸らした。
 つまり、メイウェザー子爵夫妻はそのことをちゃんと知っていたということになる。

「唯一の娘、跡取りのリネットが成人したら返すことが条件となっていたそうだ。しかし……なぜ、そんな大事なことをリネット本人に黙っていた?  それにリネットは成人の十八歳をすでに迎えているはずだが?」
「っ!」
「そ、れは……」

 夫妻は青白い顔のまま顔を見合わせる。

「え?  待ってよ。ど、どういうこと!?  それってつまり……リネットは」 
「平民ではなく、セルウィン伯爵家の正当な唯一の跡継ぎ───ジュリエッタ嬢、当然、君よりも身分は上だ」

 その言葉にジュリエッタの顔がカッと赤くなる。
 そして両拳を強く膝の上で握りしめて歯を食いしばっている。

「嘘……嘘よ……リネットなんかが私より……上?  ……あ、有り得ない!」 
「君は昨日、散々リネットのことをバカにしていたな?  いや、そもそも昨日だけではないか。ずっと昔からだろう?  君は伯爵家の人間に喧嘩を売っていたんだ」
「!」
「リネットがメイウェザー子爵家に引き取られてからどんな扱いを受けて来たかは全て調べがついている」

 バサッと殿下は机の上に資料を置いた。

「僕の調べたところによると、リネットはもともと“メイウェザー子爵家”ではなく、母方の実家のトリストン伯爵家が成人までの間、面倒を見る予定だったそうだね?」

(───え?  そうなの?)

 その話は初耳だった。
 セルウィン伯爵の爵位が王家預りになっていて、成人後の私の元に返されることになっていたという話は、昨夜のうちに殿下から聞いていた。

(でも、その話は初耳だわ)

 トリストン伯爵家はお母様と叔母の実家──
 つまり、母方の祖父母の家。
 領地が離れていることもあってお母様が生きていた頃もあまり交流はなかったわ。

「リネットは自分の娘のジュリエッタと歳も近く仲が良い。トリストン伯爵家より我が家の方が今の場所からも近いし、リネットも安心して暮らせるはず──当然、きちんと“貴族令嬢”として教育します──そう言って半ば強引にリネットを引き取ったらしいな?  夫人」
「……ひっ!」

 殿下に睨まれて夫人は小さな悲鳴をあげる。

(そんな約束を……)

 もちろん、真っ赤な嘘。
 メイウェザー子爵家で貴族令嬢として過ごしたことなんてない。
 あの家は私から“奪う”ばかりで“与える”ことなんてしなかった。

「この資料によると、メイウェザー子爵家の使用人リネットは、物置部屋で生活をしていた、と記述がある。はて?  最近の貴族令嬢は物置部屋で暮らすのかな?  いや、そもそも“使用人”とはなんだろう……?」
「だ、誰がそんなことを簡単にペラペラと!」
「……」

 怒る叔父に対して殿下は無言でにっこり笑う。
 王家の力をもってすればこの位調べるのは容易い。
 目がそう言っている。

「ぐっ……」
「約束を破り、そんなリネットを使用人扱いしていた君たちはある日、僕の世話係の話を聞いてどうしても娘のジュリエッタを送りたかった」

 ギクッと三人が肩を震わす。

「しかし、ジュリエッタではダメだろう、選ばれないと考えた夫妻は、ジュリエッタの性格を上手いこと誘導してリネットを身代わりにさせるように仕向けたってところか」
「え?  誘導……?」

 ジュリエッタが目を丸くしている。

「はは、さすがに実の娘に面と向かって“お前では絶対に選ばれない”とは言えないだろう?」

 首を傾げるジュリエッタに殿下は笑いながらダメージを与える。

「なっ!  私では選ばれない!?」

 それを聞いたジュリエッタが夫妻の方に慌てて顔を向けるも、夫妻はそっとジュリエッタから目を逸らす。

「お父様……お母様!?」

 ジュリエッタは両親にどう思われていたかを知り更にショックを受けていた。

「まあ、そういう経緯があってリネットが無理やり身代わりに送り込まれたわけだけど、これはもちろん、僕を……いや、王族を謀った罪となる」
「「え……」」

 叔父と叔母の驚く声が見事に重なった。

「当たり前だろう?  しかもその後、リネットとジュリエッタを入れ替えたのだから」
「「っ!」」
「そして、そこの娘は昨夜、僕の部屋に無断侵入。無理やり僕との既成事実を作ろうとした」

 ジュリエッタのその話を聞いて叔母が焦り出す。

「む、無断侵入!?  既成事実ですって?  ジュリエッタ……あなたなんてことを……」
「だ、だって殿下の様子がおかしくて……も、もうこれしか方法が!」
「なんて馬鹿なことをしたの!」

 叔母がジュリエッタの両肩を掴んで揺さぶる。

「だって、リネットが……!  殿下は明らかに私よりリネットのことを……」
「リネット?  ───ハッ!  そういえば、リネットはどこ?」 

 叔母は今になって私の姿を探し始めた。
 キョロキョロと部屋を見回す。
 私の姿が部屋にないことが確認出来た叔母は殿下に詰め寄った。

「殿下!  そこには誤解がありますわ。お世話係の件はリネットの方から、ぜひジュリエッタの代わりに行かせてくれと申し出てきたのです!  ねえ、あなた?」
「お、おう!  その通りだ」 
「あ……ダメ!  二人とも。それは……!」

 ジュリエッタが真っ青な顔で割って止めに入ろうとしたけれど、もう遅い。
 夫妻は昨夜、ジュリエッタが同じことを口にしたなんて知らないから、私……リネットに罪を着せようとした。

(同じ……親子だわ……ビックリするくらい親子だわ)

「ははっ!  なるほど、ここに来て更に嘘を重ねてくるのか。どうやらメイウェザー子爵家のあなたたちは自分の命が惜しくないらしい」
「う、嘘って」
「なんで嘘だと……」

 殿下はどんどん墓穴を掘ってくれる二人が楽しくて仕方がなさそう。

 そうして、私はそろそろ呼ばれそうね、と思い部屋へと向かう準備をした、

しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...