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26. 見苦しい子爵家の人々
しおりを挟む最初にヒュッと息を呑んだのは叔母だった。
「リ、リネット……セルウィン伯爵令嬢……?」
顔を引き攣らせながら殿下に聞き返す。
殿下は余裕の笑みで答えた。
「そうだ。夫人、あなたの双子の姉の娘だな。どうやらかなり、リネットのことを憎んでいるようだが」
「──!」
叔母が言葉を失って黙り込む。
そこへすかさず前に出て会話に入り込んだのは叔父。
「殿下! た、確かにリネットは姪にあたりますし、セルウィン伯爵家の娘……ですが、あの子の家の伯爵家は……」
「ん? ああ、リネットを身代わりにさせたことの話より、先にその話の方がいいのか」
「え?」
「なるほど……」
そう呟いて殿下は足を組みかえた。
どこまでも余裕の態度を崩さない殿下に子爵夫妻は不安そうに互いの顔を見合せている。
「───そう言って嘘をつき続けて本当のことを彼女、リネット……にお前たちは告げなかったのだな?」
殿下の言葉に二人の肩がギクッと大きく跳ねる。
「ついでに、そこの娘にも色々と黙っていたみたいだが」
「「……!」」
ジュリエッタがその言葉に反応する。
「嘘? 黙っていた? ……な、何の話? リネットは没落した令嬢であの子の今の身分は平民……」
「───当時、セルウィン伯爵は確かに親兄弟もなく、唯一の血縁……は幼い娘、リネットのみ。伯爵が亡くなった時に伯爵位を継げる状態の者はいなかった」
殿下がジュリエッタの言葉を遮りながら説明する。
──そう。
メイウェザー子爵家は親戚ではあるけれど、母方の親戚だから。
お父様が亡くなった時、お父様の……セルウィン伯爵家に連なる親類縁者は誰もいなかった。
だからセルウィン伯爵家は没落した。
(子爵家に引き取られた時、そう聞かされていた……わ)
「──だが、実際は違う。セルウィン伯爵家の爵位は王家預りとなっている」
「……え? 王家預り?」
殿下のその言葉に驚きの声を上げたのはジュリエッタだけ。
夫妻は黙って殿下から目を逸らした。
つまり、メイウェザー子爵夫妻はそのことをちゃんと知っていたということになる。
「唯一の娘、跡取りのリネットが成人したら返すことが条件となっていたそうだ。しかし……なぜ、そんな大事なことをリネット本人に黙っていた? それにリネットは成人の十八歳をすでに迎えているはずだが?」
「っ!」
「そ、れは……」
夫妻は青白い顔のまま顔を見合わせる。
「え? 待ってよ。ど、どういうこと!? それってつまり……リネットは」
「平民ではなく、セルウィン伯爵家の正当な唯一の跡継ぎ───ジュリエッタ嬢、当然、君よりも身分は上だ」
その言葉にジュリエッタの顔がカッと赤くなる。
そして両拳を強く膝の上で握りしめて歯を食いしばっている。
「嘘……嘘よ……リネットなんかが私より……上? ……あ、有り得ない!」
「君は昨日、散々リネットのことをバカにしていたな? いや、そもそも昨日だけではないか。ずっと昔からだろう? 君は伯爵家の人間に喧嘩を売っていたんだ」
「!」
「リネットがメイウェザー子爵家に引き取られてからどんな扱いを受けて来たかは全て調べがついている」
バサッと殿下は机の上に資料を置いた。
「僕の調べたところによると、リネットはもともと“メイウェザー子爵家”ではなく、母方の実家のトリストン伯爵家が成人までの間、面倒を見る予定だったそうだね?」
(───え? そうなの?)
その話は初耳だった。
セルウィン伯爵の爵位が王家預りになっていて、成人後の私の元に返されることになっていたという話は、昨夜のうちに殿下から聞いていた。
(でも、その話は初耳だわ)
トリストン伯爵家はお母様と叔母の実家──
つまり、母方の祖父母の家。
領地が離れていることもあってお母様が生きていた頃もあまり交流はなかったわ。
「リネットは自分の娘のジュリエッタと歳も近く仲が良い。トリストン伯爵家より我が家の方が今の場所からも近いし、リネットも安心して暮らせるはず──当然、きちんと“貴族令嬢”として教育します──そう言って半ば強引にリネットを引き取ったらしいな? 夫人」
「……ひっ!」
殿下に睨まれて夫人は小さな悲鳴をあげる。
(そんな約束を……)
もちろん、真っ赤な嘘。
メイウェザー子爵家で貴族令嬢として過ごしたことなんてない。
あの家は私から“奪う”ばかりで“与える”ことなんてしなかった。
「この資料によると、メイウェザー子爵家の使用人リネットは、物置部屋で生活をしていた、と記述がある。はて? 最近の貴族令嬢は物置部屋で暮らすのかな? いや、そもそも“使用人”とはなんだろう……?」
「だ、誰がそんなことを簡単にペラペラと!」
「……」
怒る叔父に対して殿下は無言でにっこり笑う。
王家の力をもってすればこの位調べるのは容易い。
目がそう言っている。
「ぐっ……」
「約束を破り、そんなリネットを使用人扱いしていた君たちはある日、僕の世話係の話を聞いてどうしても娘のジュリエッタを送りたかった」
ギクッと三人が肩を震わす。
「しかし、ジュリエッタではダメだろう、選ばれないと考えた夫妻は、ジュリエッタの性格を上手いこと誘導してリネットを身代わりにさせるように仕向けたってところか」
「え? 誘導……?」
ジュリエッタが目を丸くしている。
「はは、さすがに実の娘に面と向かって“お前では絶対に選ばれない”とは言えないだろう?」
首を傾げるジュリエッタに殿下は笑いながらダメージを与える。
「なっ! 私では選ばれない!?」
それを聞いたジュリエッタが夫妻の方に慌てて顔を向けるも、夫妻はそっとジュリエッタから目を逸らす。
「お父様……お母様!?」
ジュリエッタは両親にどう思われていたかを知り更にショックを受けていた。
「まあ、そういう経緯があってリネットが無理やり身代わりに送り込まれたわけだけど、これはもちろん、僕を……いや、王族を謀った罪となる」
「「え……」」
叔父と叔母の驚く声が見事に重なった。
「当たり前だろう? しかもその後、リネットとジュリエッタを入れ替えたのだから」
「「っ!」」
「そして、そこの娘は昨夜、僕の部屋に無断侵入。無理やり僕との既成事実を作ろうとした」
ジュリエッタのその話を聞いて叔母が焦り出す。
「む、無断侵入!? 既成事実ですって? ジュリエッタ……あなたなんてことを……」
「だ、だって殿下の様子がおかしくて……も、もうこれしか方法が!」
「なんて馬鹿なことをしたの!」
叔母がジュリエッタの両肩を掴んで揺さぶる。
「だって、リネットが……! 殿下は明らかに私よりリネットのことを……」
「リネット? ───ハッ! そういえば、リネットはどこ?」
叔母は今になって私の姿を探し始めた。
キョロキョロと部屋を見回す。
私の姿が部屋にないことが確認出来た叔母は殿下に詰め寄った。
「殿下! そこには誤解がありますわ。お世話係の件はリネットの方から、ぜひジュリエッタの代わりに行かせてくれと申し出てきたのです! ねえ、あなた?」
「お、おう! その通りだ」
「あ……ダメ! 二人とも。それは……!」
ジュリエッタが真っ青な顔で割って止めに入ろうとしたけれど、もう遅い。
夫妻は昨夜、ジュリエッタが同じことを口にしたなんて知らないから、私……リネットに罪を着せようとした。
(同じ……親子だわ……ビックリするくらい親子だわ)
「ははっ! なるほど、ここに来て更に嘘を重ねてくるのか。どうやらメイウェザー子爵家のあなたたちは自分の命が惜しくないらしい」
「う、嘘って」
「なんで嘘だと……」
殿下はどんどん墓穴を掘ってくれる二人が楽しくて仕方がなさそう。
そうして、私はそろそろ呼ばれそうね、と思い部屋へと向かう準備をした、
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