24 / 31
24. 今夜は……
しおりを挟む「……」
ジュリエッタは自信満々に私を追い詰めたような顔をしたけれど、殿下は全く動揺しなかった。
むしろ微笑んですらいる。
「な……なんで? そんな余裕な顔をする、んですか……」
「……」
思っていた反応と違ってジュリエッタの方が動揺していた。
(確かに。ジュリエッタの言うほど極端ではなくても、私は彼の妃になれるのかしら?)
やっぱりどこかの家と養子縁組?
殿下のこの余裕っぷり。もしかして既に目星はつけている?
世話係は身分問わずと言っていたけれど、さすがに結婚相手は最低でも貴族でないと認められない。
そんな疑問は告白とプロポーズされた時から私の頭の中にあるにはあった。
でも、殿下は大丈夫だ心配いらないと、はっきり言ってくれたからその言葉を信じることにしていた。
(そうよ! レジナルド様が私を愛人にするはずがないわ!)
私がチラッと殿下の顔を見ると“大丈夫だ”そんな顔を私に向ける。
(ええ───私はレジナルド様を信じるわ)
そう思って私は大きく頷くとギュッと殿下に抱きついた。
殿下も満足そうに頷き返すとすぐにジュリエッタの方に顔を向けた。
「───リネットもそうだが、君も何も知らないようだな」
「え? 知らない……?」
ジュリエッタが自信満々の顔を崩して不安そうな表情になる。
「───そうだな。その話は君の両親からも詳しく話を聞かないといけないから──……」
「お、お父様とお母様に!?」
「ああ。今夜はもう遅い。続きは明日、彼らを呼び出して話をすることにしようか」
時計を見るともうすぐ日付が変わるところだった。
さすがにこんな時間にあの人たちを呼び出すわけにはいかない。
「あ、明日って……じゃあ、今夜は」
ジュリエッタの顔が不安そうになる。
今更ながら、現在自分の置かれている状況を思い出したのかもしれない。
殿下を誘惑して既成事実を作るどころか、ただの不法侵入者となっていることを。
「今夜? そうだな。君は牢屋で頭を冷やして過ごすといい」
「ひっ! ろ、牢……!?」
小さな悲鳴をあげたジュリエッタにむけて殿下はにっこり笑う。
「当然だろう? まさか、僕の寝室に不法侵入しておいて、何事も無かったように自分の部屋に帰れるとでも?」
「~~っ……!」
ジュリエッタは真っ青になりガタガタと身体を震わせた。
そして、がっくりとその場に膝をつく。
その後、殿下に呼ばれた護衛達の手で地下にある牢へと連れて行かれる。
嫌ぁぁーーと叫んでいるけれどそれは無視されてズルズルと引きずられていった。
(たった一晩だけとはいえ、牢屋って怖いところ、よね?)
しかも、この後宮は古いもの。きっと怖さは倍増。
これで少しは頭が冷えるといいのだけど……
「……リネット」
「レジナルド様?」
ジュリエッタや護衛の皆が出ていった部屋で私たちはやっと二人きり。
殿下はギューーッと強く私を抱きしめる。
(もしかしたら、ジュリエッタに色々言われて私が嫌な思いしていないか心配してくれている……?)
「私、大丈夫ですよ?」
「リネット?」
「ジュリエッタにあれこれ言われるのは、とっくに慣れ───う?」
殿下はすかさずガシッと私の両頬を手で挟んできた。
(な、何をするのー?)
「……そんなことに慣れないでくれ」
「!」
チュッ
目が合った! と思ったら殿下はそのまま私の顔を持ち上げてキスを落とした。
「……リネットが」
「わ、私が?」
「伯爵夫妻から与えられるはずだった、十年分の愛情はこれから僕が贈るよ」
「え?」
「もちろん、この先もだ───……」
「!」
そう言われて私はこの上なく優しくて幸せな愛情に包まれた。
「……さて、今夜も遅い。お互い寝なくては」
「そうですね……」
離れるの名残惜しくてずっと抱きついていたら、殿下が私の背中を撫でながら言う。
「……だが、僕は今夜あそこに寝るのだけは勘弁だ」
「あ!」
あそこ……そう言って自分の寝室を見た。
ジュリエッタが潜んでいた寝室───おそらくベッドに彼女は隠れていたはず。
そんなベッドで眠れるかと問われたら……答えは無理! 一択だ。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん──リネットを部屋に送ってから別の部屋を用意させるよ」
「……別の……?」
殿下は力無く笑ってそう言った。
それから、手を繋いで私の部屋まで一緒に歩いた。
そして、部屋の前まで辿り着くと軽く額にキスをされる。
「おやすみ───リネットも疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」
「……」
「朝一でメイウェザー子爵夫妻に手紙を送って登城させる。その時はリネットも同……」
「あ、あの!」
私は殿下の言葉を遮った。
だって今を逃したら言えない気がする。
「リネット?」
不思議そうに私の顔を覗き込む殿下。
そんな彼に向かって真っ赤な顔になりながら顔を上げた。
(ほ、頬が熱い……でも、言え! 言うのよ……私!)
「今夜は、わ、わ、私の部屋で……眠りませんか!?」
「………………え?」
殿下はパシパシと目を瞬かせてそのまま固まった。
(は、はやまった? いえ、はしたないお誘いだった?)
口にしてからぐるぐると頭の中でそう考えたけれど、もう後には引けない。
ずっと自分の部屋に向かう途中考えていた。
殿下だってかなりお疲れのはずなのに、これから別の部屋を用意させてベッドを整えて……それではいったいあなたは何時に眠れるの? と。
「…………リネット」
「は、はい」
ようやく固まっていた殿下が覚醒したようで口を開いてくれた。
その顔は赤い。
「……僕は君のことが大好きだと告げた」
「はい」
「愛しているんだ」
「は、はい……」
改めて口にされると、とてもドキドキする。
殿下の手がそっと私の頬に触れたので、ますます胸がドキドキした。
「そんな僕を部屋に入れる? ……しかも泊まっていけ、と」
「はい。レジナルド様にも早く休んで欲しいです。それに私の部屋ってソファもあるんですよ。ですから一晩くらいなら私はソファで眠っても大丈……」
「リネット」
私の言葉を遮った殿下がさっきも見た肉食獣のような目になった……気がする。
「……えっと? レジナルド、さま?」
「……」
殿下は私の手を握ってそのまま部屋に入る。
そしてグイグイ引っ張られてベッドの前に辿り着く。
(ん?)
そうして、殿下はそのまま私をベッドに押し倒した。
(な、なんで?)
「……リネットの育った環境的に仕方がないのだろうと分かっているけど!」
「レ、レジナルド様? あ、あの……」
チュッと上からキスが降ってくる。
「──こうして君を愛してやまない男の前で、いくらなんでもそれは無防備すぎる!」
「は、はい?」
「いいか? そもそも、リネットは僕を介抱している時から距離感というものが────」
そのまま甘い雰囲気になるかと思いきや、続けて急にお説教? が始まった。
(───とりあえず……)
どうやら私には男心が分かっていない、ということは理解したわ!
でも……
「レジナルド様だって女心を理解していませんわ!」
「え? 女心?」
「そうですわ。私だって、あなたが……レジナルド様が大切なのです。ゆっくり休んで欲しいのです」
「リネット……」
涙目になりながらそう言って、下から殿下の首に腕を回して強く抱きしめる。
抱きつかれた殿下は明らかに動揺していた。
「リ、リネット! ……き、君は」
「どうしました?」
「な、なんでもない。ただ僕は一生君には叶わない気がする」
「……? なんですか、それ」
そう言われる理由が全く分からないです、と呟いたら殿下は苦笑していた。
───その夜、夢を見た。
子供の頃の夢。
まだ、お父様とお母様が生きていた頃の夢。
いつものようにピアノを弾いていたらお母様が私に言った。
『そうだわ、リネット。あのね? 私のピアノを気に入ってくれている男の子がいるのよ』
『おかあさまの? わたしもおかあさまのピアノだいすき!』
そう言ったらお母様は嬉しそうに微笑んだ。
『あらあら、それなら二人は気が合いそうね? 歳も近いし……うん、いい友達になれるかも』
『おともだち?』
私の目がキラッと輝く。
だって歳の近い知り合いなんて、いとこのジュリエッタしかいなかったから。
でも、ジュリエッタは私をよく睨んでくるから私も好きじゃない。
『それにね、その子は外国語も好きらしいわよ!』
『ほんとう!?』
ますます、いいおともだちになれるかもって思った。
いつかその男の子に会いたい!
……そう思っていたけれど。
お母様が亡くなってしまったことで、その願いは叶わなくなった────……
252
お気に入りに追加
4,365
あなたにおすすめの小説

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。
待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。
しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。
※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる