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22. 悪女
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(ほ、本当にジュリエッタがいた……)
怒鳴りながら殿下の寝室から飛び出して来たジュリエッタ。
ジュリエッタはガウンを羽織っている。
けれど、本人は気付いていないようだけれど、少しはだけていて中の格好がチラッと見えていた。
その姿にギョッとさせられる。
(す、透けているわ!)
もう、これだけでジュリエッタは寝室に忍び込んで、そのスケスケのはしたない格好で殿下を誘惑する気だったと分かる。
モヤッとした気持ちと、ここまでするなんて許せないという気持ちが私の中に湧き上がってきた。
───
殿下の発言が寝室に向けられていた気がする。
そう感じていたら殿下は次に古代語を使って話しかけて来た。
《───リネット。落ち着いて聞いて欲しい》
「?」
《今、僕の寝室にジュリエッタが潜んでいる》
「!?」
私は目を大きく見開いて殿下の顔を見返す。
でも彼は無言で頷くだけ。
潜んでいる? 嘘でしょう!?
そう思ったけれどそのまま殿下は真剣な表情を崩さずに言った。
《さっきの使用人の報告はこれなんだ。ジュリエッタが夜の支度を済ませて部屋から姿を消した。向かった行先は僕の部屋の前だった》
《……なっ!》
《そんな彼女は、もうこの後は眠るだけのはず……なのに、なかなか刺激の強い格好を本日は求めていたそうなんだ》
《え! し、刺激……?》
それってまさか……と思った。
目が合った殿下は、小さく頷くとチュッと私の額にキスをする。
《でも部屋に入っても姿がない。となると、十中八九、寝室だろうなと思っていたら案の定、あっちから人の気配がする》
《分かるのですか? す、凄いですね……》
感心したら殿下はフッと微笑んだ。
《三ヶ月間、視力を失っていたせいで、人の気配とか感覚に鋭くなったんだと思うよ》
《なるほど……》
殿下にとって目が見えなかった三ヶ月は色々と彼の中に変化をもたらせたらしい。
《このまま今すぐ寝室に乗り込んでもいいのだけど》
《けど?》
私が聞き直すと目が合った殿下はにっこり笑った。
《せっかくだから、見せつけてみようかなって》
《え? 見せつける……?》
殿下はそう言うと、そっと私の頬に触れる。
そして、優しく撫でられた。
それだけで私の胸がキュンとなる。
《そうだ。だって僕が愛しているのはジュリエッタじゃなくて君だよ? リネット》
《レジナルド……さま》
チュッと甘いキスが唇に降ってくる。
《そうすれば僕が誰を愛しているのかは一目瞭然だし、耐え切れずに飛び出してくる》
《で! ですけど、わ、私、演技なんて出来ません》
そんなわざとらしくジュリエッタが嫉妬するような見せつけなんて出来る気がしない。
《大丈夫だよ、演技なんて必要ない》
《え?》
《僕だって演技なんかしないよ? ただ、このまま愛しいリネットに伝えたいと思う気持ちを言葉にして触れるだけだから───》
──それであとは勝手に嫉妬してくれるよ!
殿下のあっけらかんとした言葉の後は、古代語ではなく現代語での会話に戻った。
そして、再び蕩けそうなくらいの甘い時間がやって来た。
───
そうして、目論見通り? この雰囲気に耐え切れなかったらしいジュリエッタは本当に寝室から飛び出して来た。
殿下は私を抱きしめたまま離さずにジュリエッタに視線を向けた。
「ようやくお出まし、か……思っていた以上に辛抱強くて驚いたよ」
「え……」
「こっちは早く、本当にリネットと二人きりになって、もっともっと思う存分触れ合いたいと思っていたのに」
(え! もっと!?)
ジュリエッタに対して“待っていた”とかっこよく出迎え宣言している殿下の言葉を聞きながら私は内心で狼狽えていた。
(もっとって……)
もう、充分すぎるほど頭の中がデロデロに蕩けそうなくらい愛された気がするのに!
もっと触れ合いたいですって?
まさか、さっきの今夜は帰したくない発言も……ほ、本気だった!?
そう思って殿下の顔をおそるおそる覗き込んだら、にこっと微笑まれた。
(この目! ……ほ、本気だわ……)
殿下の目は肉食獣を思わせた。
「リネット? 誤解しないで欲しいが、さっきまでのこと……確かにそこの嘘つき女のジュリエッタに見せつけるとは言ったけど」
「?」
「言葉にした気持ちに全て偽りはないし、ただただ僕は君にたくさん触れたかっただけだよ?」
「!」
ボンッと私の顔が赤くなる。
そのままお互い見つめ合っていると、当然のようにジュリエッタが怒鳴った。
「み、見せつけたですって!? やっぱりわざと……いえ、それよりリネット! あんたは、どういうつもりなのよ! 裏切ったわね!?」
(裏切ったって……)
王子の部屋……しかも寝室に、スケスケしたはしたない格好で無断侵入しておいてジュリエッタはとんでもなく強気だった。
よくこの状況でそんなことが言える……と思ったけれど、目が血走っているから単純に嵌められていたことが分かって頭の中が混乱しているだけなのかもしれない。
(これはもう明らかに罪なのに……)
「っっっ! どきなさいよ、リネットのくせに! そこは私! 私の居場所になるのよ!」
そう言って私と殿下を引き離そうとまでして来た。
もう全部バレていることは分かっているはずなのに往生際が悪すぎる。
「違う。僕の隣に必要なのはリネットだ。“ジュリエッタ”ではない」
「っっ!」
「……君は、いや、メイウェザー子爵家は共謀してリネットのことをジュリエッタと偽らせて僕の元に送り込んだ──」
「いいえ! そうではありません、違うのです。殿下!」
この期に及んでジュリエッタはそのことまでも否定した。
そして殿下に縋りつこうと手を伸ばす。
その伸ばされた手を振り払った殿下は眉をひそめる。
「確かに……わ、私ではなく、そこのリネットが三ヶ月間、殿下のお傍にいたのは、じ、事実ですわ」
「……」
「ですが、これは仕方がなくて……私も被害者、なのです」
「被害者?」
「そうです。殿下はそこのリネットに騙されています!」
ジュリエッタは、そこと言って私に指さすとお得意の目をウルウルさせながら殿下への訴えを始めた。
「ええ。本当は私……本物のジュリエッタがあなた様のお傍には行くはずでした……ですが、それをそこのリネットが無理やり私から奪ったのです……!」
「へぇ……奪った。それは、なぜ?」
「!」
殿下が否定せずに相槌を打ったからか、ジュリエッタの顔がパッと華やぐ。
「そんなのもちろん! 殿下に見初められるためですわ!」
「僕に?」
「ええ! 付きっきりであなた様のお世話をする──それはもう花嫁に選ばれたも同然! ですからそこの卑しい性格のリネットはそれを狙って私からお世話係の座を奪って飛びついたのです!」
「……へぇ」
「そして遅くなりましたが、今になって、ようやく私がその座を奪い返せました。ですから殿下! 騙されてはいけません! とても巧妙に隠していますけどリネットは……そこの女の本性はとんでもない悪女なのです……」
(えーーーー)
「私はその警告のためにここにいるのです!」
ジュリエッタはかなり無茶苦茶な話をでっち上げると、泣き落としで私のことを悪女に仕立てあげようとしてきた。
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