20 / 31
20. 二人で過ごす時間
しおりを挟むそうして無事(?)にどうにか夕食を終え、お茶とデザートも堪能して少し休んだ後はリクエストのピアノを弾くことに。
私たちは手を繋ぎながら殿下の部屋へと向かう。
(見ているだけで分かる。殿下がすごいご機嫌だわ)
好きな人が嬉しいと私も嬉しい。
そんな浮かれた気分で部屋に向かったのだけど───……
(ふ、二人きり!)
食事の時と違ってここでは殿下と二人きりなのだと部屋の入口に着いた時に意識した。
「どうした? リネット」
「いえ……あの、部屋の前に護衛などは……」
「ん? あぁ、ここは王宮と違って人の少ない離宮だから特に部屋の前には配置していない」
「特に……配置していない」
ますます、二人きりじゃない!
いえ、落ち着くのよ、リネット。
私のお役目は久しぶりに殿下の為にピアノを弾くこと、よ!
それ以上もそれ以下もないわ。
そうしてスーハースーハー深呼吸をしていると……
「───殿下、申し訳ございません。少しよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「いえ、ちょっと……気になることが」
使用人がやって来て殿下に声をかけた。
急用かしら? 私が聞かない方がいい話かもしれない。
そう思って少し二人から距離をとった。
(もしかすると……ピアノはお預けかしら。仕方がないわね)
でも、きっとまた機会はある。
そう思いながら殿下と使用人が会話しているのを離れた所から見ていた。
「──リネット、ごめん。お待たせ」
「いえ……」
「それじゃ、部屋に行こうか」
話を終えた殿下が私の元にやって来た。訪ねて来た使用人はそのまま去って行く。
私は慌てて訊ねた。
「よ、用事は? 用事は大丈夫なのですか!?」
「用事? ──あぁ、もしかして今の? あれは用事と言うよりも……」
「?」
殿下はそこまで言いかけて優しく微笑むとそっと私の頭を撫でた。
「ちょっとした報告を受けただけだ。大丈夫」
「そう、ですか」
「うん、だから早くリネットのピアノが聞きたい───」
そう言われて私たちは殿下の部屋へと入った。
「お、お邪魔します……」
久しぶりに入る殿下の部屋には少しだけ緊張した。
当たり前だけど何も変わっていない。
──そして向こうが寝室。
殿下はいつもあの部屋のベッドに横になっていて……
「……」
そんな懐かしい気持ちで寝室の方に視線を向けると、殿下も同じように黙って寝室を見ていた。
(殿下も思い出しているのかしら?)
そして、私はピアノの前に立ってポツリと言う。
「何だか変な感じです」
「リネット?」
「まさか、またレジナルド様の前でピアノを弾く機会があるなんて」
全てジュリエッタのもの──……そう思ったのに。
「……リネット」
「ひゃっ!」
殿下がそっと私の腰を抱いて自分の方に引き寄せた。
そしてもう片方の手で私の手を取ると、手の甲にチュッと口付けを落とす。
「僕は君の……リネットの奏でるピアノが大好きなんだ」
「レジナルド様……」
「優しくて温かい音色。まるでリネットそのもの」
「そ、それは……」
(買い被りすぎ!)
その言葉に恥ずかしさを覚え、キスをされている手が震えてしまう。
「あ、リネット。顔が赤くなっている?」
「な、なっていません!」
「ふっ……」
とっさに反論すると殿下がクツクツと笑う。
反論したところで殿下の希望で、あの分厚い眼鏡は外しているから全部バレバレのようだけど。
「本当に可愛い……」
「か、可愛くなんてないです!」
「うーん、そうだな。素直じゃないリネットの唇は塞いでしまおうか?」
「……え?」
そう言って殿下は顔を寄せてチュッと私の唇を塞ぐ。
(ん……)
その甘さに頭の中が蕩けそうになった。
「リネット……」
チュッ……
唇以外にもキスが降ってくる。
「……レジナルド……さま」
「うん、好きだ───リネット」
チュッ
(お、おかしい……私はピアノを弾きに来たはずなのに……!)
殿下のキスは、なかなか止まってくれなかった。
そうして、しばらくの間キスに酔いしれた私たちだったけど、ようやく互いの気持ちも落ち着いてピアノの前に座る。
「……」
「どうしたの? リネット」
私が黙ってしまったので殿下が心配そうに声をかけてくれた。
「いえ……ほんの少し前まで三ヶ月間、毎日のように弾いていたので」
「うん」
「少し寂しかったんです」
私がそう言うと殿下は静かに微笑んで優しく頭を撫でてくれる。
「僕も三ヶ月間、ずっと癒してくれたリネットのピアノが恋しかった」
「レジナルド様……」
チュッ……
殿下が私の額にそっとキスを落としたあと、私たちは顔を見合せて微笑み合う。
そうして、久しぶりに私は殿下のためにピアノを弾いた。
「不思議だ」
「え? 不思議?」
弾き終えた後、殿下がじっと私の手を見ていた。
「いや。そんな小さな手でよくそんなに弾けるなと」
「ふふ……」
初めて外に連れ出した時も、そう言っていたわね、と懐かしく思う。
「あの時は触って小さな手だと思ったけど、こうして自分の目で見てみても小さな手だと思う」
そう言いながら殿下が私の手を取ってギュッと握る。
前に握られた時とは違って指を絡めて来たのでドキッとした。
(こ、恋人っぽい……!)
「これからも……弾いてくれる?」
「もちろんです!」
私は笑顔で答えると、ギュッと握りしめた。
リクエストのピアノを弾き終えた後、私たちは移動してソファに腰を下ろす。
隣に座った殿下はそっと肩に腕を回して私を抱き寄せた。
(近っ……! ド、ドキドキする!)
その密着ぷりが恥ずかしくて耐えられず私は気を紛らわすために話を切り出すことにした。
「そ、そそそ───そういえば! 殿下はお母様のことをご存知だったのですね!?」
「うん」
「えっと、私が弾いた曲を懐かしい気がすると言ったのは、お母様が弾いていたところを聞いたのですか?」
「そうだよ」
そうして殿下はお母様の話をしてくれた。
「───お母様のピアノが王妃様のお気に入りだったなんて知りませんでした」
「そういえば、リネットは当時、付き添って王宮に来ることはなかったね?」
「お父様やお母様が出かけている時の私は、使用人たちといつも留守番していました」
当時、くっついて王宮に私も行っていたら、レジナルド様とは違う出会いが待っていたのかしら?
幼い殿下を見ることが出来たかもしれないのに──
「……小さい頃のリネットにも会ってみたかったな」
「!」
「ん? どうしたの? その顔」
「い……え……」
同じことを考えていたと分かって嬉しくなって思わず口元が緩んでしまう。
「───リネットはその頃から可愛かったんだろうなぁ」
「っ!」
殿下はそういう恥ずかしいことを平気でサラッと口にする。
そんな照れくささを誤魔化すために私の口からは可愛くない言葉が出てしまう。
「み、見た目だけならジュリエッタともよく似ていますよ」
「……」
私がそう口にしたら殿下は一瞬ポカンという顔をした。
そしてすぐに笑い出す。
「ははは、まさか! リネットと? 全然似ていないよ」
「え?」
そんなはずはない。
母親同士が双子の従姉妹同士なのに?
「こうして素顔のリネットと過ごしていればその差は一目瞭然だ」
「レジナルド様……」
そう言った殿下の顔が近づいて来てチュッと軽いキスをする。
「性格っていうのは顔や行動、言動にとてもよく現れるからね」
「……」
「──だから、どんなにパーツが似ていても僕が彼女……ジュリエッタに心惹かれることは絶対にないよ」
(レジナルド様……)
───でも、気のせいかしら?
殿下は最後の言葉を私に……ではなく、その奥の寝室の方に向けて言った気がした。
171
お気に入りに追加
4,365
あなたにおすすめの小説

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた--
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は--
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー

愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる