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20. 二人で過ごす時間
しおりを挟むそうして無事(?)にどうにか夕食を終え、お茶とデザートも堪能して少し休んだ後はリクエストのピアノを弾くことに。
私たちは手を繋ぎながら殿下の部屋へと向かう。
(見ているだけで分かる。殿下がすごいご機嫌だわ)
好きな人が嬉しいと私も嬉しい。
そんな浮かれた気分で部屋に向かったのだけど───……
(ふ、二人きり!)
食事の時と違ってここでは殿下と二人きりなのだと部屋の入口に着いた時に意識した。
「どうした? リネット」
「いえ……あの、部屋の前に護衛などは……」
「ん? あぁ、ここは王宮と違って人の少ない離宮だから特に部屋の前には配置していない」
「特に……配置していない」
ますます、二人きりじゃない!
いえ、落ち着くのよ、リネット。
私のお役目は久しぶりに殿下の為にピアノを弾くこと、よ!
それ以上もそれ以下もないわ。
そうしてスーハースーハー深呼吸をしていると……
「───殿下、申し訳ございません。少しよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「いえ、ちょっと……気になることが」
使用人がやって来て殿下に声をかけた。
急用かしら? 私が聞かない方がいい話かもしれない。
そう思って少し二人から距離をとった。
(もしかすると……ピアノはお預けかしら。仕方がないわね)
でも、きっとまた機会はある。
そう思いながら殿下と使用人が会話しているのを離れた所から見ていた。
「──リネット、ごめん。お待たせ」
「いえ……」
「それじゃ、部屋に行こうか」
話を終えた殿下が私の元にやって来た。訪ねて来た使用人はそのまま去って行く。
私は慌てて訊ねた。
「よ、用事は? 用事は大丈夫なのですか!?」
「用事? ──あぁ、もしかして今の? あれは用事と言うよりも……」
「?」
殿下はそこまで言いかけて優しく微笑むとそっと私の頭を撫でた。
「ちょっとした報告を受けただけだ。大丈夫」
「そう、ですか」
「うん、だから早くリネットのピアノが聞きたい───」
そう言われて私たちは殿下の部屋へと入った。
「お、お邪魔します……」
久しぶりに入る殿下の部屋には少しだけ緊張した。
当たり前だけど何も変わっていない。
──そして向こうが寝室。
殿下はいつもあの部屋のベッドに横になっていて……
「……」
そんな懐かしい気持ちで寝室の方に視線を向けると、殿下も同じように黙って寝室を見ていた。
(殿下も思い出しているのかしら?)
そして、私はピアノの前に立ってポツリと言う。
「何だか変な感じです」
「リネット?」
「まさか、またレジナルド様の前でピアノを弾く機会があるなんて」
全てジュリエッタのもの──……そう思ったのに。
「……リネット」
「ひゃっ!」
殿下がそっと私の腰を抱いて自分の方に引き寄せた。
そしてもう片方の手で私の手を取ると、手の甲にチュッと口付けを落とす。
「僕は君の……リネットの奏でるピアノが大好きなんだ」
「レジナルド様……」
「優しくて温かい音色。まるでリネットそのもの」
「そ、それは……」
(買い被りすぎ!)
その言葉に恥ずかしさを覚え、キスをされている手が震えてしまう。
「あ、リネット。顔が赤くなっている?」
「な、なっていません!」
「ふっ……」
とっさに反論すると殿下がクツクツと笑う。
反論したところで殿下の希望で、あの分厚い眼鏡は外しているから全部バレバレのようだけど。
「本当に可愛い……」
「か、可愛くなんてないです!」
「うーん、そうだな。素直じゃないリネットの唇は塞いでしまおうか?」
「……え?」
そう言って殿下は顔を寄せてチュッと私の唇を塞ぐ。
(ん……)
その甘さに頭の中が蕩けそうになった。
「リネット……」
チュッ……
唇以外にもキスが降ってくる。
「……レジナルド……さま」
「うん、好きだ───リネット」
チュッ
(お、おかしい……私はピアノを弾きに来たはずなのに……!)
殿下のキスは、なかなか止まってくれなかった。
そうして、しばらくの間キスに酔いしれた私たちだったけど、ようやく互いの気持ちも落ち着いてピアノの前に座る。
「……」
「どうしたの? リネット」
私が黙ってしまったので殿下が心配そうに声をかけてくれた。
「いえ……ほんの少し前まで三ヶ月間、毎日のように弾いていたので」
「うん」
「少し寂しかったんです」
私がそう言うと殿下は静かに微笑んで優しく頭を撫でてくれる。
「僕も三ヶ月間、ずっと癒してくれたリネットのピアノが恋しかった」
「レジナルド様……」
チュッ……
殿下が私の額にそっとキスを落としたあと、私たちは顔を見合せて微笑み合う。
そうして、久しぶりに私は殿下のためにピアノを弾いた。
「不思議だ」
「え? 不思議?」
弾き終えた後、殿下がじっと私の手を見ていた。
「いや。そんな小さな手でよくそんなに弾けるなと」
「ふふ……」
初めて外に連れ出した時も、そう言っていたわね、と懐かしく思う。
「あの時は触って小さな手だと思ったけど、こうして自分の目で見てみても小さな手だと思う」
そう言いながら殿下が私の手を取ってギュッと握る。
前に握られた時とは違って指を絡めて来たのでドキッとした。
(こ、恋人っぽい……!)
「これからも……弾いてくれる?」
「もちろんです!」
私は笑顔で答えると、ギュッと握りしめた。
リクエストのピアノを弾き終えた後、私たちは移動してソファに腰を下ろす。
隣に座った殿下はそっと肩に腕を回して私を抱き寄せた。
(近っ……! ド、ドキドキする!)
その密着ぷりが恥ずかしくて耐えられず私は気を紛らわすために話を切り出すことにした。
「そ、そそそ───そういえば! 殿下はお母様のことをご存知だったのですね!?」
「うん」
「えっと、私が弾いた曲を懐かしい気がすると言ったのは、お母様が弾いていたところを聞いたのですか?」
「そうだよ」
そうして殿下はお母様の話をしてくれた。
「───お母様のピアノが王妃様のお気に入りだったなんて知りませんでした」
「そういえば、リネットは当時、付き添って王宮に来ることはなかったね?」
「お父様やお母様が出かけている時の私は、使用人たちといつも留守番していました」
当時、くっついて王宮に私も行っていたら、レジナルド様とは違う出会いが待っていたのかしら?
幼い殿下を見ることが出来たかもしれないのに──
「……小さい頃のリネットにも会ってみたかったな」
「!」
「ん? どうしたの? その顔」
「い……え……」
同じことを考えていたと分かって嬉しくなって思わず口元が緩んでしまう。
「───リネットはその頃から可愛かったんだろうなぁ」
「っ!」
殿下はそういう恥ずかしいことを平気でサラッと口にする。
そんな照れくささを誤魔化すために私の口からは可愛くない言葉が出てしまう。
「み、見た目だけならジュリエッタともよく似ていますよ」
「……」
私がそう口にしたら殿下は一瞬ポカンという顔をした。
そしてすぐに笑い出す。
「ははは、まさか! リネットと? 全然似ていないよ」
「え?」
そんなはずはない。
母親同士が双子の従姉妹同士なのに?
「こうして素顔のリネットと過ごしていればその差は一目瞭然だ」
「レジナルド様……」
そう言った殿下の顔が近づいて来てチュッと軽いキスをする。
「性格っていうのは顔や行動、言動にとてもよく現れるからね」
「……」
「──だから、どんなにパーツが似ていても僕が彼女……ジュリエッタに心惹かれることは絶対にないよ」
(レジナルド様……)
───でも、気のせいかしら?
殿下は最後の言葉を私に……ではなく、その奥の寝室の方に向けて言った気がした。
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