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17. 殿下は心配性?
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(なんでリネットは顔を見せないのよーーーー!)
あれから数日。
なぜか私、ジュリエッタの日々の世話は、リネットではなく王宮の侍女たちがすることになった。
「おはようございます、ジュリエッタ様」
「お、おはよう……」
「もう起きてらしたのですね」
「え、ええ……」
王宮の侍女たちに世話をされるのは悪くないけれど、彼女たちの前だと大人しくしないといけないからすごく疲れる。
やっぱりリネットに当たり散らさないと気分も晴れないしやってられない。
「あの……リネットは? さすがにずっと顔を見せないのは主としても心配で」
さり気なくリネットの情報を入手したくて話題をふってみるけれど……
「リネットさん? 元気にしていますよ。ね?」
「ええ、とっても。毎日どこかしらで走り回っています」
「そ、そう……」
(どこかしらってどこよ!)
結局、具体的に何をしているのか分からないような返答しかもらえない。
「さあさあ、ジュリエッタ様。早く朝の準備しないと!」
「そうそう殿下がお待ちですよ」
「そ、そう……ね」
促されて朝の支度を始める。
(殿下との朝食……)
殿下の目が覚めてリネットと入れ替わった当初は殿下と朝食と夕食を必ず共にしていた。
恩人のジュリエッタをとても大切にしてくれているわ。そう感じていた。
だけど、日が経つと夕食は仕事が忙しくなって時間が合わないという理由で一緒にとってくれなくなり、今はかろうじて朝だけが続いている。
けれど……
「おはようございます、殿下」
「ああ、おはよう」
朝の挨拶を交わして同じテーブルに着くけれどそれ以降の会話は……無い。
「……」
「……」
黙々と食べ終えた後は、それで終わり。
前みたいにピアノを弾いて欲しいと頼まれることもなくなった。
(どうして? どうしてなの?)
「──あの! 食後に今日は……ピアノどうですか?」
「……え?」
殿下が顔を上げて、じっと私の顔を見つめる。
その目には最初の頃のような嬉しそうな様子が一切感じられない。
私は慌てて補足する。
「さ、最近、弾いて欲しいとリクエストが無いものですから……」
「……ああ」
殿下は一瞬考える様子を見せたあと、「そこまで言うなら……お願いしようかな」と言った。
その言葉は素っ気なかったけれど、きっと照れているだけだったに違いないと思った。
(やったわ! アピールチャンス!)
私はウキウキで得意曲を披露する。
ほら見て! 聞いて? 凄いでしょう? 私、上手いでしょう?
家族の前で弾いたら大絶賛してもらえる曲なのに、殿下は全然喜んでくれている様子がなかった。
「……私の演奏、下手ですか?」
「え?」
「殿下のために前よりたくさん練習していたのですけど……」
ここはもう思い切って聞いてみることにした。
なぜなら、この私がリネットなんかに劣るはずがないから!
すると、殿下は優しく笑って言った。
「そんなことはない。以前とは比べるまでもなく、まるで機械のように正確で素晴らしい演奏だと思っているよ」
「!」
───やったわ!
やっぱり私の方がリネットよりも優れているわ!
殿下も今は笑顔を見せてくれているし……ちょっと私に冷たいかもなんて気にしすぎ、よね?
よし、ここは一気に距離を縮めるチャンスよ!
だって殿下ったらこれまで一度も私の手すら握ろうとしないんだもの。
焦れったいわ!
「ありがとうございます。コホンッ……それで、レジナルド殿下。そろそろ私と……」
「───ん? あ、すまない。僕はもう行かないと」
「え!」
殿下に向かって手を伸ばそうとしたのに、殿下は時計を見て慌てて立ち上がってしまう。
(……もうっ! どうしていつもこうなるのよ!)
「では、失礼する」
「あ……」
引き止める間もなく殿下はさっさと部屋を出て行ってしまう。
そうして私はポツンと部屋に一人取り残された。
私はギリッと唇を噛む。
(どうしよう、このままじゃ……)
プロポーズされて王子妃になれる気がしない。
このままだと恩人の私を差し置いてどっかの令嬢と婚約してしまうかも……
「駄目よ───そんなことは絶対にさせない。選ばれるのは私……ハッ! そうよ!」
私はいいことを思いついた。
なかなか選んでくれないなら、多少強引でも“私”を選ばざるを得ない状況を作ればいいのでは? と。
✣
───まさか、ジュリエッタがおかしな企みを考えているとは思ってもいなかったその頃の私。
「今日のリネットは庭師の手伝いなのか。しかもそれ本宮の庭師の手伝いだろう?」
「……」
「なるほど。探しても探しても見つからないはずだ」
「!」
「リネット、君の仕事の幅は広すぎる!」
本宮と離宮のちょうど間にある庭の花たちに水やりをしていたら、殿下がやって来た。
これは本宮の庭師に頼まれた仕事で、たまたま近くにいた私が請け負うことになっただけ。
それより……
(探しても探しても……?)
まさか、殿下は私を探し回っていた?
そんなことないわよね……と思いたいけれど、殿下は肩で息をしているし、なんなら額には薄ら汗までかいている。
(えーー?)
あの日、書斎で素顔を見られてしまった日から殿下の様子がおかしい気がする。
──君は何者なんだ?
あの質問の意図が分からなくて、そして答えようがなくて固まっていたら、ちょうどクリフさんが訪ねて来た。
殿下がそっちに気を取られた隙に眼鏡を拾って装着し、今後もジュリエッタには会わないようにと厳命され、そのまま仕事に戻ったので結局質問には答えないままとなってしまった。
そして。
それからも毎日、必ず私の前に殿下は現れる。
抱きついてしまったことを責めるわけでもなく、質問に答えていないことを追及することもなく。
ただ、毎日私の前に現れては少し話をして帰っていく……
(おそらくジュリエッタに変なことをされていないかを心配してくれているのだと思うけれど───)
私が世話を焼いてきた王子様は実はとんでもなく心配性だったみたい。
そして私も考えた。
素顔は見られてしまった。ジュリエッタと似ているとも言われた。
それなら……ジュリエッタの身代わりをしていたことは絶対に話せないけれど、私がジュリエッタと従姉妹同士だということまでなら説明してもいいのかも、と。
だって下手に隠す方が何かあると疑われてしまうかもしれない。
(問題はどうやって伝えるか……よね)
手紙でも書くべき? それも唐突過ぎて怪しいかしら?
そう思った時だった。
「リネット……」
「?」
どうしたのかしら? 殿下の顔が赤いわ。
「……手」
「?」
「き、君の……手に触れても……いい、だろうか?」
「!?」
その言葉の破壊力に持っていたバケツを落としてしまう。
溢れた水が足元に広がっていくけれど、正直、それどころじゃない!
驚いた私がパチパチと瞬きしながら殿下の顔を見ると、顔を真っ赤にしながらも真剣な瞳で見つめ返された。
(な、なぜ!?)
私が戸惑っていると殿下はフッと小さく笑った。
「ここ数日、ずっと考えていた……それで、どうしても確かめたいことがあるんだ」
「……?」
(それが、手に触れること?)
全くもってどういうことなのか分からない。
「……リネット、駄目か?」
「……」
ジュリエッタになっていた時、初めて殿下を外に連れ出した日から何度も手を繋ぐようになった。
手って触れたら分かるもの?
そう心配になった私は自分の手を見る。
(あ! でも……)
そう考えたけれど、あの頃の私の手はクリームで手荒れの保護をしていた。
けれど、身代わり生活の終了と共にクリームは取り上げられたので、今の私の手はカサカサで荒れ放題。
ここで触れたからといって同じ手かも……という認識にはならないわよね。
「……リネット!」
そう結論づけた私が手を差し出すと殿下は嬉しそうに私の手を取って優しく握りしめた。
その仕草に胸がドキッとすると同時に、荒れていることが恥ずかしくなる。
けれど、殿下は嬉しそうに私の手を握り続ける。
そして……
「ああ…………だ」
「?」
(──今、なんて……?)
私の心臓がドクンッと鳴った。
気のせい?
だって今、聞き間違いでなければ……
───ああ、この手だ。
そう聞こえた。
「──リネット」
「……」
再び、名前を呼ばれたと思ったら殿下は握っていた手を離した。
そのまま今度は私の腰に腕を回してそっと抱き寄せる。
(な、なに……!?)
そして殿下は私の耳元へ口を寄せるとこう言った。
「───見つけた。僕の恩人の“ジュリエッタ”はリネット……君なんだろう?」
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