15 / 31
15. 仕事を頼まれて……
しおりを挟む(突然、執務室に来いって何ごと? と思ったけれど)
洗濯の仕事が終わったら執務室に来るようにとのことだったので、言われた通りに向かったところ、殿下は私に仕事を与えると言った。
けれど、私はジュリエッタの所に行かないといけない。
確かその話はしたはずなのに、なぜ?
そう伝えようとしたら……
「いや、君は行かなくていい。代わりにこちらの侍女二人をジュリエッタの元に向かわせる」
「?」
そう言って殿下は侍女のお仕着せを来た二人の女性を私に紹介してくれた。
(……あ!)
驚いてしまい、思わず声を出しそうになり慌てて口を押さえる。
侍女? この二人は侍女じゃないわ。
女性騎士のはずよ?
(そうよ。私がジュリエッタの身代わりの時にお世話になったことのある二人だわ)
私がジュリエッタの身代わりを演じていた三ヶ月。
お休みをもらって街に出かける日もあった。
その時に殿下が必ず付けてくれて護衛してくれていた女性騎士さんたちよ!
「さっき話した通りだ──こちらはリネット。ジュリエッタの侍女として離宮に招かれたけど、離宮の使用人としても働いてくれている。それから病気で声が出せないそうだ」
「……」
私は頭の中が混乱していたけれど、紹介を受けたので静かに頭を下げる。
(……大丈夫、よね?)
顔はこの眼鏡で見えない。髪色だって違う。喋っていないから声だって聞かれていない。
ここまでしているのだから私、リネットがあの時のジュリエッタだと見抜かれたりしない……わよね?
そう思ってドキドキしながら顔を上げた。
「……」
二人は私のことを見ていたけれど、何も言われなかったのでホッとする。
そんな私に殿下が声をかける。
「リネット。君をこのまま彼女の……ジュリエッタの元に向かわせるわけにはいかない」
「!」
「でも、安心して欲しい。この二人なら多少、何かあっても大丈夫だから」
(何かって……──ああ! そういうことね?)
ジュリエッタは絶対に機嫌が悪く、怒っていて私に何をしてくるか分からない。
殿下はそれを危惧したんだわ。
そして、代わりに騎士である二人を侍女にして私の代わりにジュリエッタの元に送ろうとしている……
……それってつまり、殿下は私のことを守ろうとしてくれている?
(何それ、優しすぎるわ……!)
私は大いに戸惑った。
「だから、君はここで僕の仕事を手伝って欲しいんだ」
「……!」
殿下のその優しさに胸がキュンとさせられながら、私はコクリと頷いた。
そして、行ってきますと言って厳しい顔付きで部屋を出ていった二人を見送ると、殿下は私に言った。
「字は読める?」
「……」
「じゃぁ、こっち」
頷くと殿下は私を書斎へと案内した。
「すまないんだが、今すごく散らかっていて……」
「!」
そう言われて書斎を覗き込むとかなり本が乱雑に散らばっていた。
なるほど、私に頼みたいのは片付けということね!
片付けは得意。だって子爵家にいる時はジュリエッタの部屋の片付けをするのはいつだって私の仕事だったから。
よーし、やるわよ! と、気合を入れた私は腕をまくる。
「す……すごいやる気満々だな……でも、ありがとう」
「……」
その動作でやる気が伝わったらしく、殿下にお礼を言われながら笑われた。
そうして私は殿下の書斎の部屋にある本の整理を始めたのだけど───
(あら? これって別の国の……本?)
どうやら殿下の蔵書はこの国の本だけではない様子。
ジュリエッタだった私に意地悪で各国の言葉で話しかけてきた時から思っていたけれど、殿下は随分と語学に興味を持っているみたい。
(そういえば、外交関連が第二王子の主な仕事って話を聞いた気がする)
なるほど……と思いながら手にした本を、同じ言語の本が収められている棚に押し込んだ時だった。
「あ、そうだ。申し訳ないけど散らばっている本の中には、他国の言葉で書かれた本もあるんだ」
「!」
まさにピッタリのタイミングで殿下がその話を始めた。
「一冊や二冊の話ではないから、そういうのがあったら避けておいてくれて構わな───ん? あれ?」
「……」
「え? リネット?」
まさにちょうど私がその本を棚に押し込んでいる姿を見てビックリしている。
「……もしかして君は他国の文字も読めるの?」
「……」
私はジェスチャーで少しだけと答えた。
実際、私は話す方が好きなので、文字はそこまで得意かと言われると何とも言い難い。
「そうなのか……珍しいな」
「……」
「…………それなら会話をしてみたかったな」
(───!)
殿下が小さな声でそう呟いたのが聞こえて来て、申し訳ない気持ちになる。
私が“ジュリエッタ”だったら、また各国の言語であなたと会話が出来るのに───……
そんなことを思いながら、私は作業を進めた。
しばらくすると、侍女に扮した女性騎士の二人が戻って来たらしい。
殿下はちょっと話を聞いてくる、と言って書斎を出て行った。
「……」
私は作業を続けながら考えてしまう。
(二人は大丈夫だったかしら?)
ジュリエッタは私の前では激しい性格をそのまま出すけれど、他の人の前なら一生懸命取り繕うはず。
だから、酷い目にはあっていないとは思うのだけど。
(今日は助けられたけれど明日からはどうしよう……)
そんなことを考えながら黙々と作業を進めていると、気付くと最後の一冊になっていた。
そしてその本を棚に収めようと思って気付いた。
(……と、届かない!)
困ったことに私の背では届かない位置にしまう本だった。
キョロキョロと部屋の中を見回すと踏み台があったのでそれを使うことにする。
これに乗って背伸びすれば……そう思って踏み台に昇ったけれど、背伸びをしても残念ながら難しそうだった。
ここは素直に殿下が戻って来るのを待ってからお願いしようと思った時、ズルッと足を滑らせてしまう。
(───ひっ!?)
「え? リネット!?」
どうやら話を終えて書斎に戻ってきたらしい殿下の驚いた様子の声が聞こえた……と思った瞬間、私はグラッとバランスを崩す。
そして、そのまま落下───
(……あれ? 痛くない?)
目を瞑って落下の衝撃を覚悟したのになぜか身体が痛くない。
むしろこれは……人の温もりのような───……
「……リネット、大丈夫か!?」
「……!!」
その声で私は自分が殿下に抱き止められていることに気付いた。
(なんてこと!)
「……!」
私が慌てて殿下から離れようとしたその時。
───カシャーーンッ
(……ん?)
何の音?
何かが落ちる音だったような──……そう思って殿下に抱き止められたままの体勢で下を見ると……
「……!!!!?」
「え? リネット……?」
私の顔から眼鏡が落下していた。
189
お気に入りに追加
4,365
あなたにおすすめの小説

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。
待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。
しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。
※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる