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15. 仕事を頼まれて……
しおりを挟む(突然、執務室に来いって何ごと? と思ったけれど)
洗濯の仕事が終わったら執務室に来るようにとのことだったので、言われた通りに向かったところ、殿下は私に仕事を与えると言った。
けれど、私はジュリエッタの所に行かないといけない。
確かその話はしたはずなのに、なぜ?
そう伝えようとしたら……
「いや、君は行かなくていい。代わりにこちらの侍女二人をジュリエッタの元に向かわせる」
「?」
そう言って殿下は侍女のお仕着せを来た二人の女性を私に紹介してくれた。
(……あ!)
驚いてしまい、思わず声を出しそうになり慌てて口を押さえる。
侍女? この二人は侍女じゃないわ。
女性騎士のはずよ?
(そうよ。私がジュリエッタの身代わりの時にお世話になったことのある二人だわ)
私がジュリエッタの身代わりを演じていた三ヶ月。
お休みをもらって街に出かける日もあった。
その時に殿下が必ず付けてくれて護衛してくれていた女性騎士さんたちよ!
「さっき話した通りだ──こちらはリネット。ジュリエッタの侍女として離宮に招かれたけど、離宮の使用人としても働いてくれている。それから病気で声が出せないそうだ」
「……」
私は頭の中が混乱していたけれど、紹介を受けたので静かに頭を下げる。
(……大丈夫、よね?)
顔はこの眼鏡で見えない。髪色だって違う。喋っていないから声だって聞かれていない。
ここまでしているのだから私、リネットがあの時のジュリエッタだと見抜かれたりしない……わよね?
そう思ってドキドキしながら顔を上げた。
「……」
二人は私のことを見ていたけれど、何も言われなかったのでホッとする。
そんな私に殿下が声をかける。
「リネット。君をこのまま彼女の……ジュリエッタの元に向かわせるわけにはいかない」
「!」
「でも、安心して欲しい。この二人なら多少、何かあっても大丈夫だから」
(何かって……──ああ! そういうことね?)
ジュリエッタは絶対に機嫌が悪く、怒っていて私に何をしてくるか分からない。
殿下はそれを危惧したんだわ。
そして、代わりに騎士である二人を侍女にして私の代わりにジュリエッタの元に送ろうとしている……
……それってつまり、殿下は私のことを守ろうとしてくれている?
(何それ、優しすぎるわ……!)
私は大いに戸惑った。
「だから、君はここで僕の仕事を手伝って欲しいんだ」
「……!」
殿下のその優しさに胸がキュンとさせられながら、私はコクリと頷いた。
そして、行ってきますと言って厳しい顔付きで部屋を出ていった二人を見送ると、殿下は私に言った。
「字は読める?」
「……」
「じゃぁ、こっち」
頷くと殿下は私を書斎へと案内した。
「すまないんだが、今すごく散らかっていて……」
「!」
そう言われて書斎を覗き込むとかなり本が乱雑に散らばっていた。
なるほど、私に頼みたいのは片付けということね!
片付けは得意。だって子爵家にいる時はジュリエッタの部屋の片付けをするのはいつだって私の仕事だったから。
よーし、やるわよ! と、気合を入れた私は腕をまくる。
「す……すごいやる気満々だな……でも、ありがとう」
「……」
その動作でやる気が伝わったらしく、殿下にお礼を言われながら笑われた。
そうして私は殿下の書斎の部屋にある本の整理を始めたのだけど───
(あら? これって別の国の……本?)
どうやら殿下の蔵書はこの国の本だけではない様子。
ジュリエッタだった私に意地悪で各国の言葉で話しかけてきた時から思っていたけれど、殿下は随分と語学に興味を持っているみたい。
(そういえば、外交関連が第二王子の主な仕事って話を聞いた気がする)
なるほど……と思いながら手にした本を、同じ言語の本が収められている棚に押し込んだ時だった。
「あ、そうだ。申し訳ないけど散らばっている本の中には、他国の言葉で書かれた本もあるんだ」
「!」
まさにピッタリのタイミングで殿下がその話を始めた。
「一冊や二冊の話ではないから、そういうのがあったら避けておいてくれて構わな───ん? あれ?」
「……」
「え? リネット?」
まさにちょうど私がその本を棚に押し込んでいる姿を見てビックリしている。
「……もしかして君は他国の文字も読めるの?」
「……」
私はジェスチャーで少しだけと答えた。
実際、私は話す方が好きなので、文字はそこまで得意かと言われると何とも言い難い。
「そうなのか……珍しいな」
「……」
「…………それなら会話をしてみたかったな」
(───!)
殿下が小さな声でそう呟いたのが聞こえて来て、申し訳ない気持ちになる。
私が“ジュリエッタ”だったら、また各国の言語であなたと会話が出来るのに───……
そんなことを思いながら、私は作業を進めた。
しばらくすると、侍女に扮した女性騎士の二人が戻って来たらしい。
殿下はちょっと話を聞いてくる、と言って書斎を出て行った。
「……」
私は作業を続けながら考えてしまう。
(二人は大丈夫だったかしら?)
ジュリエッタは私の前では激しい性格をそのまま出すけれど、他の人の前なら一生懸命取り繕うはず。
だから、酷い目にはあっていないとは思うのだけど。
(今日は助けられたけれど明日からはどうしよう……)
そんなことを考えながら黙々と作業を進めていると、気付くと最後の一冊になっていた。
そしてその本を棚に収めようと思って気付いた。
(……と、届かない!)
困ったことに私の背では届かない位置にしまう本だった。
キョロキョロと部屋の中を見回すと踏み台があったのでそれを使うことにする。
これに乗って背伸びすれば……そう思って踏み台に昇ったけれど、背伸びをしても残念ながら難しそうだった。
ここは素直に殿下が戻って来るのを待ってからお願いしようと思った時、ズルッと足を滑らせてしまう。
(───ひっ!?)
「え? リネット!?」
どうやら話を終えて書斎に戻ってきたらしい殿下の驚いた様子の声が聞こえた……と思った瞬間、私はグラッとバランスを崩す。
そして、そのまま落下───
(……あれ? 痛くない?)
目を瞑って落下の衝撃を覚悟したのになぜか身体が痛くない。
むしろこれは……人の温もりのような───……
「……リネット、大丈夫か!?」
「……!!」
その声で私は自分が殿下に抱き止められていることに気付いた。
(なんてこと!)
「……!」
私が慌てて殿下から離れようとしたその時。
───カシャーーンッ
(……ん?)
何の音?
何かが落ちる音だったような──……そう思って殿下に抱き止められたままの体勢で下を見ると……
「……!!!!?」
「え? リネット……?」
私の顔から眼鏡が落下していた。
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