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13. 失敗
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包帯で覆われていた時には分からなかった殿下の瞳。
眼鏡のせいで私の顔は見えていないはずなのに、その瞳に見つめられると何もかも見透かされてしまうのではという気持ちになってしまう。
(あなたにドキドキしているなんて知られたくないのに)
私は、殿下の顔が真っ直ぐ見れずに恥ずかしくなってしまい下を向く。
すると、殿下が小さく笑った気配がした。
(勝手に触れて頭を撫でたこと……やっぱり怒ってないんだわ)
試験の時もそうだったけれど、ついつい手が出てしまったのに優しい。
「……」
「……」
「……ありがとう」
(え?)
そして互いに言葉を発さず無言の時間が流れたと思ったら、殿下が小さな声でお礼を言った。
私が顔を上げるとまだ優しく微笑んでいた。
その微笑みに思わず息を呑む。
「っ!」
「ありがとう。君のその優しい手で元気が出た」
「……」
「だから…………うん。少し……考えてみるよ」
(考える?)
何を? と思って私は首を傾げた。
けれど、殿下はそれ以上を語ろうとはしなかった。
「さて、これ以上話し込んで、また君の仕事の邪魔をするわけにはいかないな」
「……」
「邪魔をしてすまなかった」
「……」
私は大丈夫です、という思いで首を横に振る。
そんな私を見ながら殿下はもう一度優しく笑った後、真面目な顔付きになる。
「だが最後に一つ。もしも、このあと彼女に……ジュリエッタに何か言われたりされたりしたら、すぐに僕を呼んでくれ」
「!」
思いがけない言葉に驚いた。
殿下を……呼ぶ、ですって!?
「機嫌が悪くなっていると思うから、もしかしたら君に辛くあたるかもしれないだろう?」
その言葉にギクッとした。
その通りだ。
正直、この後ジュリエッタと顔を合わせるのは憂鬱だった。
同時にこの言い方……殿下はジュリエッタのことを疑って怪しんでいる? そんな気がした。
「……その反応。もしかして不機嫌になった彼女のこういう行動は初めてではない?」
「!」
どうやらギクッと、身体を震わせたところをバッチリ見られていたらしい。
見抜かれてしまっている。
「……」
「もしかして、これまでも機嫌が悪くなると君にあたることが……あった?」
「……」
「っっ! まさかとは思うが暴力的な……」
「……」
どう反応するのが正解なのか分からず戸惑ってると、殿下は答えを察したようで顔色が悪くなってしまった。
「なんてことだ……」
「……」
私は俯く。
子爵家にいる間、主に私を叩いていたのは叔父だけど、ジュリエッタも水をかけたり、物を投げたり……時にはポットごと投げて来たのでなかなか攻撃的だ。
「……リネット」
「……」
私の名前を呼ぶ殿下の声色が少し怖い。
私はおそるおそる顔を上げた。そして殿下の顔を見た。
(険しい表情……)
眉間に皺を寄せていて明らかに怒っている。
その怒りの矛先は───ジュリエッタ。
殿下は怖い顔のまま私に訊ねる。
「確認だけど、この後の君の予定にはジュリエッタの侍女としての仕事があるのか?」
「……」
私は素直に頷いた。
このあとはジュリエッタに軽食を用意してお茶を淹れることになっている。
ジェスチャーでそのことを伝えると殿下は「お菓子とお茶か……」と呟いた。
そしてそのまま何かを考え込んだ後、顔を上げた殿下は私に向かってとんでもないことを言った。
「──リネット。この洗濯の仕事が終わったら、ジュリエッタの部屋には行かずに僕の執務室に来てくれないか?」
──と。
✣
その頃のジュリエッタは───
背を向けて立ち去る殿下の後ろ姿を呆然として見送った後、我に返り怒り心頭のまま部屋に戻っていた。
そして……
「ふっざけんじゃないわよーーーー!」
ガッシャーーン
部屋で一人怒鳴り散らしながら!部屋に飾ってあった花瓶を壁に叩きつけていた。
───有り得ない、有り得ない、有り得ない!!
なんでこんなことになったわけ?
どうして、殿下はリネットなんかを気にしているのよ!
“ジュリエッタ”は私なのに───!
ギリッと唇を噛む。
「完全に失敗した……リネットなんか手元に置いておくべきじゃなかった……」
リネットが殿下のお世話係となって過ごしていた三ヶ月。
どうやら随分と殿下との仲を深めているようだった。だから、それらが全て私の物になる所を間近で見せてやろうと思った。
そのために、家に帰さずにわざわざ私の侍女に召し上げたのに。
「リネットの絶望顔を見たくて……」
とにかく楽しみにしていた。
なのに……
「っっっ! こんなことならさっさと家に帰すべきだったわ」
はぁぁ、と深いため息を吐きながら部屋の中をウロウロと動き回る。どうにも落ち着かない。
このムシャクシャした気分をすっきり晴らすには、リネットに強く当たるしかない。
(早く戻って来なさいよ……!)
今の仕事……確か、洗濯だったかしら?
それらが終わる頃には私のお茶の時間だから部屋に戻ってくるはず。
(どうしてやろうかしら?)
また、頭から思いっ切り水をかけてあげようかしら? あ、お湯の方がいい?
顔を引っぱたいてあげてもいいれど、見て分かるところに傷をつけると、あとあと誰かが騒ぐかもしれない……
それで殿下まで話がいってしまったらまた冷たい目で睨まれてしまう……それは駄目。
「チッ……面倒ね。人の目が多すぎるわ」
この離宮で、リネットに使用人の仕事をするように命じたのは失敗だったかもしれない。
リネットには休む間もなくたくさん働かせておきながら、一方の私は、殿下に愛されてのんびり優雅に過ごしているところを見せつけて、あんたとは住む世界が違うのよ……って分からせるつもりだった。
それで使用人の仕事もするよう命じたのに!
「イライラするーー!」
とりあえず、この鬱憤を全部リネットにぶつけてやらないと気が済まない!
いつもいつも、私が何を言っても何をしてもすました顔のリネット。
滅多に喋らないから泣きもしないし笑いもしない。
あの子の顔が苦痛で歪むところを私は絶対に見てやるんだから!
───しかし。
ここでも何故か私の思った通りには進まなかった。
「え? あ、ら? リネット……は?」
「リネットさんには、急遽別の仕事が入ってしまいまして、それで代わりに私たちがジュリエッタ様のお世話をしに参りました」
「そ……そ、そうなの? あ、ありがとうございます」
扉がノックされたから、遂にリネットが戻って来たわーーと勢いよく扉を開けて出迎えたら全然違う女性たちが立っていた。
(は? リネットの代わり? どういうことよ……なんでリネットじゃないのよ!?)
ますます私の苛立ちが募る。
「あら? ジュリエッタ様……花瓶が割れていますよ?」
ギクッ!
リネットの代わりにやって来たという侍女の一人が目ざとく割れた花瓶を見つけてしまう。
(いけない! リネットに片付けさせるつもりだったから、そのままにしていたわ……)
私はチッと舌打ちをする。
まさか、ムシャクシャして壁に叩きつけて割ったと言うわけにもいかない。
私は内心で冷や汗を流しながら笑顔で説明する。
「そ、そうなの。えっと、て、手をね! 滑らせて落としてしまったの」
「それは大変でしたね? 怪我はありませんか?」
どうやらこの侍女たちは騙されてくれたようだ。
よしよし! いい感じ。
「だ、大丈夫ですわ、ほら」
「まあ!」
「綺麗な手!」
そう言って私は綺麗に手入れしている自慢の手を見せる。
侍女たちはその手を見て頷き合う。
そして笑顔で私に言った。
「良かったです。レジナルド殿下の恩人でもあるジュリエッタ様が怪我なんてされたと知ったら……殿下が心配してしまいますから」
「……!」
その言葉にやっぱりそうよね! と思う。
私は殿下の恩人のジュリエッタなのよ。皆もちゃんとそう認識してくれているわ。
(大丈夫……殿下が選ぶのはリネットじゃない……私よ!)
とりあえず、リネットは戻って来たら思う存分痛めつけて自分の立場を分からせてやらないとね──……
──そう意気込んだけれど。
なぜか、その後もリネットは急な仕事が入ったとか言い出して、代わりの侍女を寄越して全然、私の前に顔を見せなくなった。
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