11 / 31
11. 殿下と鉢合わせ
しおりを挟む✣
(また、ピアノの音が聞こえる……)
私はチラッと時計を見た。
時間的に朝食を終えて殿下がピアノを弾いてと欲しいとジュリエッタにリクエストしたってところかなと想像した。
(……朝から激しい曲を弾いているわね)
そう思いながら私は今日の仕事に向かった。
「リネットさん、外に干しに行くのでしょう? こっちもお願い」
「ああ、ちょっと待って。ついでにこれも!」
「!」
わぁ、と思わず声が出そうになった。
私の目の前にどんどん洗濯物が積まれていく。
(こ、これは干すだけでかなり重労働ね)
そんなことを考えて苦笑する。
「……」
「よろしくねー」
私はペコリとお辞儀をすると、大量の洗濯物を抱えて部屋を出た。
これらを干すのが私に与えられた仕事。
なので、そのまま外に向かって不安定な足取りで歩く。
(さすがに前が……)
身代わりの役目を終えて、屋敷にも戻れずにジュリエッタの専属侍女となった私だけど、ジュリエッタは“主の命令”として“皆の役に立つように”と言って、普段は離宮の使用人として働くようにと命じた。
私への嫌がらせのために侍女として召し上げたものの、実際は私と二人っきりで部屋で過ごすのが嫌だったのだと思う。
(私もジュリエッタと過ごすくらいなら、こうして働いている方がいいわ)
そういうわけで、殿下の相手をしなくなったことと、ジュリエッタの世話が増えたこと以外は、これまでとあまり変わらない日々を送っている。
(今日はこの洗濯物を干したあとは、侍女の仕事に戻ってジュリエッタのお茶の準備をして──……うーん、やることは沢山だわ)
歩きながらそんなことを頭の中で考え、ふと窓の外を見上げた。
(今日もいい天気──)
殿下はこの後、ピアノを弾き終えたジュリエッタと散歩するのかしら?
私としていたみたいに手を繋いで……
思わず想像してしまう。
(って、駄目駄目! ……もう二人のことは考えないって決めたでしょう!)
ブンブンと私は首を思いっきり横に降って自分に喝を入れた。
考えごとしていたせいで、ただでさえよく見えないのに全く前を見ておらず、角から人が現れたことにも気付かないで、抱えていた洗濯物ごと人にぶつかってしまった。
──ドンッ
突然の衝撃に驚いて運んでいた洗濯物を落としてしまう。
「───っ!?」
「痛た……びっくりした。ん? 何だこれ。洗濯物?」
「……!」
(こ、この声は───)
胸が跳ねると同時に私の背中に冷たい汗が流れた。
「……」
だって私がこの声を聞き間違えるはずがないもの。
どうして? ピアノは? 散歩は?
混乱しながら顔を上げるとそこに居たのは───
「あれ? 君は確か……」
「……!」
思った通りレジナルド殿下だった。
「……」
「なんで君が洗濯物をって、あぁ、そういえば侍女兼使用人として働いてくれているんだっけ」
「……」
コクコクと私は頷く。
そして、やっぱり真っ直ぐ殿下の顔が見れない。
素顔がかっこいいというのもあるけれど、身代わりの件がバレやしないかとヒヤヒヤしたり、ドキドキしたりと心臓も騒がしくて破裂しそうだから。
「そうか。お疲れ様、ありがとう」
「……」
殿下が優しい笑顔を見せる。
その笑顔を見て、いつも包帯の下でもこんな目で笑っていたのかな、と思った。
「でも、これ、もしかして洗い直し……か?」
だけど殿下は散らばった洗濯物を見てハッとし表情を曇らせると、申し訳ないといった様子を見せる。
私は、“大丈夫です! 気になさらないでください”と身振り手振りで必死に伝えた。
そもそも前を見ていなかったのは私の方なのだから殿下が気に病むのは違う。
「大丈夫ならいいのだが……本当にごめん───……ところで、君、さ」
「……?」
納得してそのまますぐに立ち去るかと思われた殿下だったけれど、何故かその場に留まり更にじっと私のことを見てくる。
(な、なに?)
「実はさ、この間会った時も思ったのだけど、初めて会った気がしない。なんでだろう?」
「───!!」
思いっきり身体が跳ねそうになるのを必死に堪えた。
(落ち着け! 落ち着くのよ、私!)
大丈夫。
今、顔にはこの表情を隠せるくらいの分厚い眼鏡があるし髪色だって違う。
今の私からはジュリエッタ要素は一切感じないはず!
ずっと見えていなかった殿下に“私”は分からないわ!
「……えっと、確か君の名前はリ……」
「───リネット!! 」
殿下が私の名前を呼ぼうとした、まさにその時、今度は後ろからジュリエッタの声が聞こえた。
私は慌てて振り返る。
「!!」
「ちょっと! リネットよね? あなたったらこんな所で何をしているの!?」
ジュリエッタが、不機嫌な様子でこっちに近付いて来る。
(お、怒っている……)
「リネット。こんな所で、使用人のあなたが殿下と立ち話だなんて。全く何をしているの?」
「……」
ジュリエッタは殿下の前だからなんとか笑顔を保っているけれど、明らかにオーラが怒っている。
これは、後で二人っきりになったら平手打ちくらいなら飛んでくるかもしれない。
「分かっているかしら? 殿下はね、とてもお忙しい方なのよ?」
「……」
私が困惑していると殿下が慌てて間に入って止めてくれた。
「待ってくれ。そこまで彼女を責めなくてもいいだろう?」
「殿下……ですが」
「ちょっとそこの角で偶然、鉢合わせしてしまっただけだ。彼女は洗濯物を干しに行こうと運んでいて……」
「洗濯ですって?」
ジュリエッタの目が、殿下に見えないところでジロリと私を睨む。
その目がそれならさっさとここから立ち去って干しに行きなさいよと言っている。
でも……
ジュリエッタはニコッと私に笑いかけた。
「まあ! ……そうだったのね? でもね、リネット。それなら早く仕事に戻らないと皆に迷惑をかけてしまうわよ?」
「……」
ジュリエッタが優しい笑顔、優しい口調で私に向かってそう言った。
殿下の前だから怒り狂いたいのを我慢して、どうにか取り繕っているのが分かる。
(もうここから離れたい!)
私は大きく頷いて散らばった洗濯物を集めて再び手に抱える。
落としてしまった物は洗い直してもらわないといけない。急がないと!
殿下とジュリエッタに深くお辞儀をしてその場から駆け出した。
その場を離れて、ちょうど角を曲がる時にこそっと二人の方を見てみると、何だか揉めているようにも見えた。
✣
(ふふ、あはは! 惨めね~)
目障りなリネットが逃げ出した所を内心でバカにして笑っていたら、殿下が少し怖い顔で私のことを見ていた。
「っ!?」
(は? やだ。殿下ったらなんでそんなに怒っているの?)
そんな顔をされる理由が私にはさっぱり分からない。
どうして?
そう思っていると殿下が口を開く。
「最初、なんで彼女にあんな高圧的な言い方をしたんだ?」
「え?」
嫌だわ。まさか、リネットへの態度のことで怒っているの?
あんな子のことで?
「仕事中の彼女とぶつかってしまったのは僕の方なんだ。彼女は悪くない」
「……っっ」
さらに殿下はリネットを庇い出したので咄嗟に口を開いた。
「……殿下、違うのです! あの子……リネットは昔から私の見ていない所では仕事をサボろうとする癖があるのです! ですから、今ももしかしたらと思って、それでちょっときつめな言い方に……」
私は瞳を潤ませて適当な嘘をでっち上げて誤魔化し、殿下に縋り付こうと手を伸ばす。
(どうせ殿下はリネットのことなんて知らないもの。バレることはないわ!)
そう思ったのに……
「……いや? それは嘘だろう?」
「え?」
なんと殿下はそう言って否定すると、私の手を振り払った。
私は意味が分からず、呆然と殿下の顔を見上げた。
183
お気に入りに追加
4,365
あなたにおすすめの小説

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。

【完結】婚約破棄された私が惨めだと笑われている?馬鹿にされているのは本当に私ですか?
なか
恋愛
「俺は愛する人を見つけた、だからお前とは婚約破棄する!」
ソフィア・クラリスの婚約者である
デイモンドが大勢の貴族達の前で宣言すると
周囲の雰囲気は大笑いに包まれた
彼を賞賛する声と共に
「みろ、お前の惨めな姿を馬鹿にされているぞ!!」
周囲の反応に喜んだデイモンドだったが
対するソフィアは彼に1つだけ忠告をした
「あなたはもう少し考えて人の話を聞くべきだと思います」
彼女の言葉の意味を
彼はその時は分からないままであった
お気に入りして頂けると嬉しいです
何より読んでくださる事に感謝を!

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた--
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は--
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー

笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる