【完結】身代わり令嬢は役目を終えたはずですが? ~あなたが選ぶのは私ではありません~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
9 / 31

9. あなたの“見たいもの”

しおりを挟む


「え?  外に?」
「そうです!  お医者様に聞きました。殿下が事故の際に負った身体の怪我はもう回復したそうですね?」
「……」

 私の言葉に殿下が黙り込む。
 少し強引すぎたかしら、と思いつつそれでも提案してみた。

「動けるようになったなら、身体を動かして外に出て陽の光を浴びるのもいいと思ったのですけど」
「……君は、ここに来たばかりの時もそう言ってこの部屋の窓のカーテンを開けさせなかったか?」
「だって、離宮全体が薄暗くてジメッとしていましたから。あれは衛生的にも環境的にも療養にもよくありません!」

 面接でこの部屋に入った時、かなり薄暗い部屋だと思った。
 なのでお世話係に採用されてすぐに私は、窓のカーテンを開けませんか?  と、提案した。
「どうせ、見えないのだから関係ないじゃないか」
 そう言って投げやりな様子の殿下を私はなんとか説き伏せた。
 おかげで今、部屋は明るくなっている。

「──君はどうして…………」
「どうして?」
「……クリフが言っていた。この部屋に花を飾ったらどうかと提案したのも君だと」
「ええ、そうですわ。今朝も私が本宮に出向いて庭師さんからわけてもらいました!」

 部屋は薄暗いし、殺風景だし。
 華やかさが足りないわと思ってこれもまた提案させていただいた。

「……僕には見えないんだぞ?  そんなことをしても無駄だと思わないのか?」
「無駄?  どうしてですか?」
「え……?」

 私の否定の言葉に殿下の声が震える。

「庭師さんにお願いして、少々香りのあるお花を選んでもらっていますの」
「香り……?」
「確かに殿下の目にお花は見えていませんけど、でも香りは感じるでしょう?」

 食事の時に匂いが……と言っていた殿下だから、ちゃんと匂いは感じているはず。

「クリフさんや他の使用人の方に聞きました。本宮の殿下のお部屋にはいつも花が飾られていた、と」
「それは……」
「見えなくても“感じる”って大事だと思いますわ。私の部屋なんて───……あ、何でもありません……」

 私は慌てて口を噤む。
 子爵家での私の部屋なんて、机と硬いベッドしか置かれておらず、殺風景で窓もない物置なんですよ?
 思わずそう口にしてしまいそうになった。
 ジュリエッタは明るい陽射しのいい部屋で、毎晩ふかふかのベッドで眠っているのだから。

「私の部屋なんて?」
「……な、何でもありません!  ですが、ここ……離宮に比べると我が家は狭いなぁと思っただけですわ!」

 とりあえずどうにか誤魔化した。
 不謹慎だけどこういう時、顔を見られないのは助かると思う。

「……一応、これでも王子様だからな」
「それ、自分で言います?」
「……うっ」

 私が突っ込むと殿下が恥ずかしそうに押し黙る。
 その様子がおかしくて私は笑いが堪えられなかった。

「ふふ」
「…………くっ、笑うな!」
「無理です……だって、ふふ、ふふふ」

 私はそのまま笑ってしまう。 
 殿下は何か言いたそうな様子だったけれど何も言わなかった。

「……」

 そうして私の笑いが落ち着いた頃、殿下は少し不貞腐れた声でポソリと言った。

「…………外、行ってみても……いい」
「!」

 その言葉が嬉しくて、思わず笑顔がこぼれた。


────


「では、私に掴まって……そう、大丈夫ですか?」
「……」
「歩きにくくないですか?  痛いところは……」

 久しぶりにベッドから起き上がった殿下は怖々とした様子だった。
 それでもなんとか歩き出す。

(やっぱり見えないって不安……よね)

「……だ、大丈夫、だ!」

 言葉では強がっているけれど、どこか不安そうな殿下を私はそっと手引きした。




「……風が気持ちいい」

 ゆっくりだけど、どうにか外まで出れた瞬間、殿下はそう呟いた。

「今日は雲一つない青空が広がっていて、とてもいい天気なんですよ?」
「青空……か」

 私がそう説明すると殿下は空を見上げた。

「……目が見えないと、言われないとそんなことも分からないんだな」
「仕方がないですよ」

 殿下は、見えていた頃の当たり前が当たり前でなくなったことを実感しているのだと思う。
 そんなことを思っていたら空を見上げたままの殿下が私に訊ねる。

「なぁ……君はこの一ヶ月、僕のそばにいながら一度も“手術を受けろ”とは言わない。なぜだ?」
「え?」
「お世話係──そうは言うけれど、要するに君は僕が目の手術を受ける気になるように元気付けたり、励ましたりする為に雇われたのだろう?」
「そうですね」

 私は頷く。
 “ジュリエッタ”たちの狙いはその先もあるけれど。

「…………君は確かに僕を元気づけるという意味では、その役目を果たしている……」
「そうですか?  良かったですわ」
「そうして、強引な君に振り回されて、こうして外にまで出て来てしまった」
「気持ちいいでしょう?」

 殿下はコクリと頷く。
 やっぱり素直な人なのだなと思った。

「だが。君はこの一ヶ月、ここまで僕を振り回してきたのに“手術を受ける気はないのか?”と僕に一度も言わない。それが仕事なのに、だ」
「殿下……」

 なるほど。
 クリフさんや他の使用人たちは殿下に何度もその話を持ちかけては断られた、と言っていた。
 だから、私が何も言わないのを不思議に思っていたらしい。

「そんなことはないですよ?」
「え?」
「今日、こうして外に連れ出したのも、健康のためという理由の他に殿下に自然を感じてもらって“また自分の目で見たい”そう思わせるという目的も含んでいますわ」
「な、に?」

 殿下は驚いているみたいだった。
 空を見上げていたのをやめて、私の方に顔を向ける。
 私はそのまま続けた。

「殿下は今、見えないけれど空を見上げていました。それは、私が今日は雲一つない青空だと言ったからですよね?」
「あ、ああ……」
「空を見上げながら……自分の目で見たいな。そう思いませんでしたか?」
「!」

 殿下がハッとした様子を見せる。
 私は静かに微笑んだ。

「言葉で“手術を受けてください”と言うのはとても簡単です」
「……」
「でも、私は“言われたから”ではなくて、“見たいものがあるから”という気持ちで、殿下には手術を受ける気になって欲しいのですわ」
「……」

 一ヶ月、殿下の傍で過ごして彼を見てきて思った。
 手術を受けることを嫌がる理由の中に、万が一失敗したら?
 そんな怖さもあるのではと私は思っている。
 だって、この世に“絶対”なんてないから。

 それなら、自然とまた自分の目で見てみたいと思えることの方が重要じゃない?  
 そう思った。

「……それ、明かしちゃうんだ?」
「ええ。このまま黙っていても殿下ならそのうち気付かれると思いますし」
「それは……買いかぶりすぎだ」

 殿下は顔を逸らすと小さな声でそう言った。

「では質問ですわ!  ───殿下は目が元のように見えるようになったらまず何が見たいですか?」
「え?」

 そんな質問されると思っていなかったのか、殿下はすごく間抜けな声を上げた。
 そしてそのまま黙り込む。

(それでいい。たくさん考えて?)

 そうしてあなたの“見たいもの”が増えた時、手術を受ける気になってくれればそれでいい……
 そう思っていたら、突然殿下が私の手を取って握りしめた。

「──!?」
「……あんなに色んな曲を弾きこなすから、どんな手かと思っていたが」
「え……」
「…………思っていたより小さい手、なんだな」
「~~~っっ!?」

 こんな行動は予想していなくて、私の方が大きく動揺してしまう。
 それが伝わったのか、殿下の口角がニヤリと上がる。

「たまには逆転もいいな。僕はいつも君に驚かされてばかりだったからな」
「よ、よくないですわ!」

 私が反論すると殿下は今度は声を上げて笑った。
 そして、そのまま何故か手で私の顔に触れてくる。

(こ、これはなにごとーーーー!?)

「……そうだな。目が見えるようになったら、君の顔が見たいな」
「え!?」
「毎回毎回、いったいどんな顔して僕のことを振り回しているのか……」 
「……!」
「そして、今みたいに動揺して赤くなっているであろう顔も見たいかな」

(み、見抜かれているーー!)

「あ、赤くなんてなっていませんわ!」
「ははは、そうかなぁ?」

 私がプイッと顔を逸らすと殿下は楽しそうに笑った。
 そして、そのまま私の顔中に触れてくる。

「そうですわ!  ああ!  もう、そんなペタペタ顔を触らないで下さいませ!!」
「いや?  だってこれは見えないからこそ手で確かめている……仕方がないことなんだ!」
「な、何をキリッと格好つけた風な発言しているんです!?」
「ははは!」

 気まぐれな殿下の行動に私の胸が破裂しそうなほどドキドキさせられた。 
 同時にまた胸がチクリと痛む。

 ───たとえ、あなたがこの先、手術を受けて目が見えるようになったとしても、その時に見る顔は私じゃない。
 本物のジュリエッタの顔なのだと───……

しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...