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7. 意外な反応
しおりを挟むどうして自分が選ばれてしまったのか全く理解出来ないまま、私はジュリエッタとして、レジナルド殿下の元へと行くことになってしまった。
「余計なことは言うな……完璧なジュリエッタを演じろ。万が一、偽者だとバレたら即連れ戻して売り飛ばしてやる……か」
出発の日、叔父はそう言って私を脅した。
万が一、バレてしまったら身代わりをしていた理由も、私が無理やりジュリエッタを押し退けたなどと言って、リネットに全ての責任を押し付けるつもりなのだと思う。
(これは絶対にバレるわけにはいかない……)
私がジュリエッタの身代わりとなって過ごす期間は、殿下が気持ちを切り替えて眼の手術を受けるまで。
ようするに殿下の目が見えない大変な間の時だけをいいように利用するつもり満々なのが透けて見える。
しかも、叔父には程々に殿下を誘惑しておけとまで言われた。
(程々の誘惑ってなに!?)
ちなみに、ジュリエッタには、
───あんたなんかに出来て私に出来ないことなんてないけど、くれぐれも余計なことしたら承知しないわよ!
と、キツく睨まれて言われた。
これはあの盛り盛りプロフィールのことを指していると思われる。
「はぁぁぁ、でも無理。絶対に無理よ。どこかでボロが出るに決まっているわ」
大きなため息を吐き、頭を抱えながら私は再び王宮へと向かった。
────
「レジナルド殿下。改めて、ジュリエッタ・メイウェザーです。本日よりよろしくお願いします」
王宮に到着するとクリフさんが待っていてくれて、そのままレジナルド殿下のいる離宮へと連れていかれた。
そして、再び殿下に挨拶をする。
「……ああ」
だけど殿下はチラッとこちらを見ただけで一言返すのみ。
そして、相変わらず包帯のせいで表情は分からないけれど、やっぱり疲れていると感じた。
「……」
いやいや選んだのかしら? と思いつつ殿下の反応に困っていたら私の横にいるクリフさんが説明してくれた。
「すみません。殿下は、我々が半ば無理やりメイウェザー子爵令嬢にしましょうと押し進めてしまったので不機嫌なんですよ」
「は、い? 押し進めた?」
「クリフ! 何を余計なことを言っているんだ!」
クリフさんの言葉を聞き取った殿下がぐるりとこちらに顔を向ける。
見えていないせいで若干向いている方向がズレているけれど。
不機嫌?
……つまり、殿下としては、自分はこんな女の世話になるつもりなんか無いぜ!
という気持ち?
「いえいえ、殿下が誤解されてはいけませんからね。言わせていただきますとも」
「──クリフ!」
「誤解?」
制止しようとする殿下を無視してクリフさんは話を続けた。
「プロフィールによるとメイウェザー子爵令嬢は、今、十八歳でしょう?」
「はい……」
「殿下は、ようやく夜会にも参加出来る年齢になったばかりで、これから友人たちと交流を深めたり、恋や結婚をしたり……そんなお年頃の令嬢を、ご自分の看病という身勝手な理由で縛りつけてしまうことが嫌なのですよ」
「!」
「だから、貴族令嬢なのに家事が得意で……などと変な条件をつけて、それを断る理由にしたりしていたのですが」
「───クリフ……! お前っ!」
殿下の頬が赤い。そしてこの慌て方……きっと図星なんだわ。
私はレジナルド殿下が不器用な人なのだと分かった。
「ですが、我々使用人としては、ぜひ、あなたの力を借りたいのです。メイウェザー子爵令嬢」
「……なぜ、私を?」
聞き返すとクリフさんが静かに笑った。
「それは殿下が、珍しくあなたにだけ興味を示したからですよ」
「っっ! クリフ! お前そろそろいい加減に……」
「興味……を?」
私は顔をしかめた。
それはやっぱり……
プロフィールでは得意ですなんて顔をしていたくせに実は下手だったピアノのせい?
なんであれ、やっぱり印象に残ってしまうほど変に悪目立ちをしていたらしいということは分かった。
「……お気遣いをありがとうございます。ですけど私…………」
確かに十八歳にはなりましたが、夜会に参加する資格はありませんし、友達もいませんし、恋する予定も結婚する相手もいませんから大丈夫です!
と言いかけて、それは私──リネットのことだったと思い出す。
(あ、危なっ……!)
私はジュリエッタ、私はジュリエッタ……
「……のことはお気になさらなくても、大丈夫ですわ。自分のことより殿下のお役に立てることの方が嬉しいと思っていますから」
とりあえず、ジュリエッタならここで殿下を持ち上げるようなことを口にするはず。
そう思ってどうにか誤魔化した。
それから、クリフさんは仕事があると言って席を外してしまい、殿下と二人っきりになってしまう。
「……」
「……」
部屋の中に気まずい空気が流れる。
この空気はいけない。
なぜなら、世話係として採用されてしまったので、今度は殿下に気に入られなくてはならない。
とにかく話、話をするのよ!
「殿下! きょ、今日はいい天気ですわね!」
「……見えない」
「…………あ」
程々の誘惑とかはよく分からないけれど、ジュリエッタらしく話しかけてみようと思ったけれど大失敗。
選ぶ話題を盛大に間違えた。
(やっぱり、向かないことはするべきではないのね)
もう、これは大人しくしていよう。
そう思った時だった。
「メイウェザー子爵令嬢」
「は、はい?」
なんと、殿下の方から声をかけてくれた。
「ピアノ……」
「ピ!」
驚きで私の声が裏返る。
だって、ここでまさかのピアノの話!
もしかして、すごく下手だった、聞くに耐えない演奏だったとでも言うつもり!?
そう身構えたけれど───……
「あ……あれ……良かった」
「……え?」
(良かった? 何が? まさかビアノが──?)
「……目が見えないせいなのかは分からない……が、そのなんというか、君の弾いてくれたピアノの音色はここに直接響いてきて……心地よかった、と思う」
殿下はここと言って自分の胸を指した。
私はびっくりして言葉を失う。
「それで、だ。だから! 出来れば、ま、また聞きたい……」
「えっ!?」
「も、もちろん。君が嫌でなければ……なのだが」
「……!」
(び、びっくりした)
さっきから予想外なことばかり言われている。
もしかしてピアノを弾き終えた後のあの変な反応は、下手だったから……ではなく演奏を気に入ってくれたからだったの?
「……」
そう思うと嬉しくて思わず顔がニヤけてしまう。
「メイウェザー子爵令嬢? す、すまない。やはりこの申し出は迷惑……」
「え? あ、すみません、違いますわ。大丈夫です。その……ご、ご所望なら喜んで!」
どうやら殿下は私が黙ってしまったので気を悪くしたのかと心配したらしい。
私は慌ててそうではないと否定した。
(そっか。目が見えないっていうのは、表情が分からないから、目の前にいるはずの会話相手に突然黙られると不安になってしまうものなんだわ……)
これから気をつけなくては、と思った。
「それではピアノ、お借りしますね」
そう言って椅子から立ち上がった私はこの間と同じようにピアノの元に向かう。
すると、殿下からもう一つ質問が飛んで来た。
「この間弾いてくれた曲は……なんていう曲なんだ?」
「え?」
私は振り返る。
「昔、どこかで聞いた覚えのある曲のような気がしたんだが……どうしても思い出せなかった」
「え? そうなのですか? ……あれは。あの曲は……」
私のお母様が作曲した曲───
よく子供の頃一緒に弾いた曲。
だから、ピアノに触れるのが久しぶりだったのに自然と身体に馴染んでいた。
「お…………伯母様の作った曲なんです」
「……おば?」
「は、母の姉です」
ジュリエッタからすると、私のお母様との関係はそういう関係になってしまう。
口にすると何だか悲しい気分になった。
「───そうなのか。いい曲だな」
「!」
そう言って貰えたことが、嬉しい。
落ち込んでいた気分がたちまち元気になる。
「ありがとうございます……」
その後、お母様の曲が褒められたことが嬉しくて思い出せる限りの曲を披露した。
弾くのに夢中になってしまい、先ほど殿下が口にしていた、
“昔、どこかで聞いた覚えのある曲”
という言葉はすっかり私の頭の中から消えていた。
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