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6. こんなはずでは……
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「───ピアノの音がする……」
ジュリエッタの命令でお茶を淹れる準備をしていたところ、ピアノの音が聞こえて来た。
おそらく弾いているのはジュリエッタ。
というか他にいない。
(……すごいタイミング)
三ヶ月前。
ジュリエッタの身代わりとして、この離宮でレジナルド殿下のお世話係として働くきっかけになったとも言えるピアノ。
今、まさにちょうどその時のことを思い出していた所に、ピアノの音を聞くなんて。
(きっとジュリエッタが殿下に頼まれて弾いているのね──……)
「……」
───チクリと胸が痛む。
(ついこの間まで、あそこに居たのは“私”だったのに……)
……なんて、考えてはダメ!
“身代わり”のお役目は終わったのだと、何度自分に言い聞かせてもこの離宮にいる限りはどうしても三ヶ月の日々を思い出してしまう。
「でも……これからもこんな日がずっと続くのよね」
殿下に手術を受けさせることに成功し、身代わりの役目を終えてジュリエッタと交代した私、リネットは、てっきりこのままメイウェザー子爵家に戻るのだと思っていた。
しかし……
術後の殿下が包帯を取ることになった日の前日。
ジュリエッタと交代するために、私は少しだけ時間を貰ってメイウェザー子爵家に戻った。
そして、私はこのまま子爵家に残り、本物のジュリエッタだけが離宮に戻れば無事に交代は完了。
そう思ったのに。
『は? このままリネットは子爵家に戻るですって? 嫌だわ。何を言っているの?』
『……?』
意味が分からないという表情をした私に向かってジュリエッタは妖しくニタリと微笑んだ。
『お父様がね? お願いしてくれていたのよ』
『……お願い?』
『ふふふふふ、そうよ! ジュリエッタが寂しそうだから家から一人、仲の良い使用人を連れて来て、ジュリエッタ専用の侍女として雇ってもいいですか? って』
『!?』
ジュリエッタは最高に嬉しそうな顔でそう口にした。
私はまさか……と思った。
(それって……つまりジュリエッタは私、リネットを───)
『だからね、リネット。あなたは子爵家に戻るのではなくて、この私……未来の王子妃となるジュリエッタの専属侍女としてこれから働くのよ』
『……!』
『ああ……もちろん、そっくりな顔が二人も存在するわけにはいかないから、リネットには昔と同じように眼鏡と髪色もまた染めてもらうわよ』
そう言ってジュリエッタは今となっては懐かしい、あの分厚い眼鏡を渡して来た。
『そうそう。それから似ている“声”の問題もあるでしょう? だからリネット。あなた病気で“喋れない”ことにするから』
『え……?』
『は? なぁに、その顔。リネットは黙るの得意だから何も問題ないでしょう?』
ジュリエッタは再びニタリと微笑んだ。
『……っ』
頭がクラっとした。
身代わりの役目を終えたはずなのに子爵家には戻るのではなく、以前の格好でジュリエッタの専属侍女として働く?
しかも、口がきけない?
『ふふふふふ。三ヶ月間お疲れ様、リネット。これからは“本物の私”が殿下のお相手をするから、リネットは、私のそばでずーーーーっと見守っていてね?』
『!』
当然、私に拒否権は無かった。
こうして、リネットに戻ったはずの私は未だにこの離宮にいる。
今の私はジュリエッタの専属侍女のリネット。
殿下が目に光を取り戻してから数日経ったけれど、クリフさんを始めとして誰も入れ替わりに気付いていない。
──そう。
もちろん、レジナルド殿下も。
「気付かれてはいけない……だから、これで良かったはずなのになんでこんなに胸が痛いの?」
私はチクチク痛む胸を押さえた。
───
(やっぱり……)
お茶を運んで行くと、思った通りジュリエッタがピアノを弾いていた。
その傍らに居るのはもちろん、レジナルド殿下。
───そうだな。目が見えるようになったら、ピアノを弾いている姿も見て見たいな。
手術を受けることに前向きになった殿下はそう言っていた。
だから早速、お願いしたのかもしれない。
「───あら? リネット。ご苦労様」
「……」
私は運んで来たお茶をテーブルに置いて殿下とジュリエッタに頭を下げる。
「今ね、殿下のためにピアノを弾いていたのよ。聞こえていた?」
「……」
私が頷くとジュリエッタは満足そうに微笑んだ。
「ふふ、リネットも今は色々慣れなくて大変だと思うけど、これからも私のためによろしくね!」
「……」
私はもう一度静かに頭を下げる。
(……ん?)
そこで妙な視線を感じると思って顔を上げると、レジナルド殿下が無言でじっと私を見ていた。
「……っ」
(ダメだわ。包帯を巻かれた顔に慣れすぎていたから素顔を直視出来ない)
殿下の素顔に胸がドキッとしてしまい、慌ててもう一度頭を下げてその視線から目を逸らす。
表情を隠せるこの分厚い眼鏡があって良かったと初めて思った。
「……彼女が君の?」
「ええ、お願いしていた私の専属侍女ですわ。リネットと言います」
「……確か口が」
「そうですわ。なので失礼な侍女だと叱らないであげてくださいませね?」
ジュリエッタの言葉に殿下は、そうか……とだけ呟いた。
再び視線を感じたけれど、顔を上げることは出来なかった。
その後、私は二人分のお茶をセットしてそのまま部屋を出た。
(泣きそうになっていてもバレないなんて。この分厚い眼鏡……本当に便利だわ)
思わず苦笑してしまう。
───二人の姿を見ても何とも思わなくなるくらいには、一日も早く慣れなくちゃ。
そう思って歩き続けた。
そのまま仕事に戻ることにして、ふと窓から空を見上げた。
──あの日も私の気分とは反対にこんな感じのいい天気だったなと思い出す。
そう。
あの何故か、レジナルド殿下のお世話係採用の通知が届いた日────
❈❈❈❈
ジュリエッタの盛り盛りプロフィールのせいで、私はピアノを披露した。
そこで、この試験のようなものは終わりとなり帰ることになった。
(あの反応はなんだったの?)
メイウェザー子爵家に戻る馬車の中で先程のピアノ演奏について振り返っていた。
──なんて酷い演奏なんだ! 馬鹿にしているのか!
そう罵倒される覚悟で弾いたのに、弾き終えた後の殿下とクリフさんは放心した様子で私を見ているだけだった。
「……あの? 終わりましたけど」
「……」
「ハッ……し、失礼しました。メイウェザー子爵令嬢、ありがとう、ございました……えっと、殿下からは何か……あります、か?」
「……い、いや……ありがとう……」
(──?)
とにかく二人の反応がおかしかったので、やっぱり酷い演奏だったと思われていることだけは理解した。
そして、その後は何だかギクシャクした変な空気を抱えたまま終了。
「……あの変な反応は気になったけれど、これで不合格は間違いなしよ!」
許可なく勝手に触れたあげく頭を撫でてしまい、盛り盛りの嘘だらけのスーパープロフィールを提出し、書かれた内容が本当かと確かめてみれば案の定、下手くそなピアノを披露。
───受かる要素なんてどこにもない!!
だから、私がジュリエッタになるのはこれっきり───
そう満足して戻った数日後。
王宮から届いた手紙には、
レジナルド殿下の世話係として、ジュリエッタ・メイウェザー子爵令嬢を採用したい。
と書かれていた。
(────は?)
「はっはっは! ただの厄介者としか思っていなかったが……まさか本当にやってくれるとはな」
叔父が鼻高々にふんぞり返って笑う。
「夢みたい……厄介者もたまには役に立つこともあるのね?」
ジュリエッタが喜びで全身を震わせている。
「いいえ。リネットはおまけよ。あのプロフィールだけでジュリエッタの素晴らしさが伝わっていたのよ! さすが私の娘!」
「お母様……!」
「そうだな! 私の娘は最高だ!」
手紙を読んではしゃぎ喜び合う三人。
そんな三人を見ながら私はひたすら困惑していた。
(なんで? どうして? どう考えても落ちる要素しかなかったでしょう!?)
本格的に私によるジュリエッタの“身代わり”生活が確定した瞬間だった。
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