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5. 盛られたプロフィール
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すぐに「帰れ!」そんな言葉が飛んで来ると思ったのに何故か飛んでこない。
むしろ、殿下は私が挨拶を終えるとそのまま黙り込んでしまった。
そして何かを考え込んでいるように見える。
挨拶がおかしかった?
でも私、ちゃんとジュリエッタと名乗ったわよね?
不合格を言い渡されるのは大歓迎だけどジュリエッタのフリをした偽者だとこの場でバレてしまうことだけはさすがに困る。
そんなことを思いながら私はベッドの傍らの椅子に腰を下ろす。
殿下が何を考えているのか探りたくて、そこから殿下の横顔をじっと見つめた。
けれど、残念ながらさっぱり分からない。
「……」
「……」
殿下はその後も口を開かず無言をつらぬいた。
おかげで部屋の中は、気まずい沈黙の時間が続いてしまっている。
(気まずい……)
それでも私はその間もずっと殿下の横顔を見つめていた。
そしてふと思った。
(もしかして疲れている?)
よくよく考えれば、殿下は療養中の身。頭以外の怪我だってしていたはず。
そんな状態で人に会うのってかなり疲れるわよね?
ましてや、失明の危機を知らされて気落ちもしているのだから。
「……」
そういえば、子供の頃に私が疲れて元気がない時はお母様がいつも──……
ぼんやりした懐かしい記憶を思い出した私は無意識に手を伸ばしてレジナルド殿下の頭をそっと撫でる。
「───ッ!?」
私に頭を撫でられた殿下が慌てた様子でこちらに顔を向けた。
「あ!」
そこで私はようやく我に返った。
しまった!
許可なく王子様に勝手に触れてしまった!
これは色々問題だし、何より現在、目が見えていない人にすることではなかった。
「も、申し訳ご……」
「───今、何をした?」
謝罪を言い終わる前に質問が飛んでくる。
「あ、頭を」
「……」
「……っ!」
無言、無言の圧力が怖いわ!
表情が分からないからさらに怖い!
「───殿下の頭を撫でました!」
「……」
私が正直に口にすると、殿下はふぅ……と静かに息を吐いて訊ねてくる。
「なぜ、頭を撫でたんだ?」
その訊ねてきた口調は怒っていると言うよりも、何故そんなことをしたのかが知りたい。
そう言っているように聞こえた。
「殿下が……お疲れのご様子だと思ったからです」
「疲れ……? 落ち込んでいる、ではなく? 疲れ?」
私の言葉に殿下は不思議そうに訊ね返して来た。
「はい、疲れ……です。上手く言えませんが私にはそう感じました」
「……」
「……」
「落ち込むではなく疲れ? ………………何だそれ、調子が狂う」
「え?」
殿下は何やら小さな声で呟くと顔を上げて、扉の入口の方に顔を向ける。
「……クリフ。メイウェザー子爵令嬢のプロフィールを読み上げてくれ」
「え!?」
(な、なんでプロフィール!?)
殿下は扉の入口付近で静かに控えていた案内役の男性に向かってそう呼びかけた。
どうやら、あの男性はクリフという名前らしい。
「承知しました」
声をかけられたクリフさんは、待っていましたと言わんばかりに手元に持っていた紙を広げる。
「───名前はジュリエッタ。メイウェザー子爵家の娘で年齢は十八……」
そしてクリフさんはその手元の紙を見ながら、淡々とした様子でジュリエッタのプロフィールを読み上げていく。
私はそれを他人事のように聞きながら、最初こそはへぇ……と軽く流していた。
しかし、途中から自分の耳を疑うことになった。
(ちょっと!? プロフィール……すごい盛っているわ!? モッリモリじゃないの!)
趣味は、読書にダンス、野菜や花を育てる園芸、歌に楽器演奏、果ては裁縫から刺繍まで?
(…………どれもやっている所、見たことがない!)
更に勉強が好きで語学も完璧。近隣の国の言葉なら読み書きばっちり、なんなら古代語も得意です!?
(…………どれも喋っているのを聞いたことがない!)
私は内心で頭を抱える。
ジュリエッタ……どうしてこんなにスペックを盛り盛りにしてしまったの!?
そう嘆かずにはいられなかった。
「それから───」
(まだ、続くの!?)
そんな、“これ本当にジュリエッタのことですかプロフィール”はまだ続きがあるようで、引き続きクリフさんの口から淡々と述べられていく。
きっとこれ、今この場にいるのが本人だったら恥ずかしくて赤面ものだったと思う。
「……随分と多趣味だな」
「え、ええ……はい」
だって盛っていますから!
本音はそう言いたいけれどここは素直に頷いておく。
「──それで最近は家事にも興味を持つようになり、特に掃除と洗濯は大得意……とのことですよ、殿下」
「へぇ……」
「……」
(どうしましょう……)
明らかにレジナルド殿下の口元が笑っているんだけど!?
これ、盛り過ぎて逆に興味を持たれてしまうパターンなのでは?
もしかして、ジュリエッタたちはそれを狙ってこんなプロフィールにした?
変に興味なんて持って欲しくなかったのに……!
やがて、ようやくジュリエッタのプロフィールの全てを聞き終えた殿下が、ポツリと言った
「ここまで凄いと、いっそこの場でどれか一つくらい披露してもらいたくなる……」
(……ええっ!?)
そんな小さな殿下の独り言をクリフさんはすかさず拾った。
「おやおや、殿下が興味を持たれるなんて初めてのことですね? まぁ、ここまで凄いとなると実は私も興味津々ですが」
「クリフもか?」
「はい」
───でしょうね!?
二人の会話を聞いていてそう突っ込まずにはいられない。
「しかし、この場でメイウェザー子爵令嬢が今の殿下に披露出来るものとなると……」
クリフさんがうーんと考えている。
そう。レジナルド殿下は今、目が見えていない。
そうなると必然的に披露するものは“聞く”ものに限られてしまう。
嫌な予感がした。
クリフさんがそうだ! と、手を叩く。
「メイウェザー子爵令嬢。楽器演奏というのはピアノも含まれますか?」
「……!」
「実はちょうどですね、この部屋にはピアノがあるんですよ」
そう言ってクリフさんは部屋の隅を指さした。
視線を追ってみると、非常に残念ながら私の目にもピアノにしか見えない。
「……」
「メイウェザー子爵令嬢。せっかくですのでこの場で何か一曲お願い出来ますか?」
クリフさんが想像した通りのことを言って来た。
「───最近はあまり弾いておりませんので。さすがに殿下の前で披露するとなると、時間を頂けないと……」
「いや? そのままで構わない」
殿下がサラリとそんなことを口にする。
(……くっ! そこは構ってよ!)
どうにかして逃れようと思ったのに駄目だった。
「……」
(いえ、待って?)
これはもう、どうせあのプロフィールが盛り盛りなのは完全にバレている。
だからこそ私の腕前を試そうという魂胆なわけで……
(よーく考えれば、これは不合格になるチャンスなのでは?)
このままここで下手なピアノを披露すればきっと不合格になれるわ!
そんな気がする。
(──よし。それなら気負う必要なんてないわよね!)
私は覚悟を決めた。
「わ……分かりました。それでは一曲だけ」
「お願いします」
クリフさんが大きく頷いたのを見て、私は椅子から立ち上がるとピアノの前に移動する。
「……」
(私が弾ける曲……)
そして、殿下とクリフさんが見守る中、ドキドキしながら私は指を動かした。
なんて酷い演奏だ、嘘つきめ!
二度と顔を見せるな! と責められると信じて。
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